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<東京怪談ノベル(シングル)>


新たなる魔性の影


 1度死んで、生まれ変わったようなものだ。
 イアル・ミラールは自分の状態を今、そのように認識している。
「ずいぶん長い間、石になっていたみたいだね。百年? 二、三百年くらい?」
「……千年……は、超えてると思うわ……」
 茂枝萌の問いにそう答えながら、イアルは軽く、己の頭を押さえた。
「あんなに長い間……石になっていたのは、初めて……」
「イアルがいなくなっていたのは、1ヶ月と少しだよ。私たちから見れば、ね」
 その1ヶ月少々の間、イアルは千年を超える時を過ごしていたのだ。虚無の境界・盟主の、私的空間において。
「その、せいぜい1ヶ月の間……本当に、心配していたわよ? あの2人」
「私だって会いたい。あの2人に、1日も早く」
 言いつつイアルは軽く、萌を睨んだ。
「だけどね……貴女たちIO2が、なかなか私を解放してくれないから」
 夜。とある港湾施設である。
 一緒に来て欲しいと萌が言うので、イアルはここまで来た。見覚えのある場所、ではない。
 萌は、何やら懐かしそうにしているようだが。
「勘弁して。何しろイアルはね……虚無の境界の盟主に、囚われていたんだから。いろいろと調べなきゃいけない事があったわけ」
 まずは徹底的に、身体を洗浄してもらった。その後、様々な検査に数日を費やした。
 発信器の類。あるいは呪い、毒物、石化の後遺症。
 結果、問題無しという事で解放され、今は萌と2人きりで、このような場所にいる。
「あの2人……それぞれと、デートでもしてあげるといい。とことん付き合ってあげるといい」
 萌が、月を見上げた。
「だけど、その前に……私にも、ちょっと付き合ってよね」
「ここは、どこなの」
 イアルは見回した。ありふれた埠頭である。大型船が、いくつか停泊している。
「貴女が言うから、一緒に来たけど」
「イアルは……やっぱり、覚えていない?」
 萌は、少しだけ笑ったようだ。
「……船首像だったものね。あの時、イアルは」
「ああ……そういう事」
 石像に変えられ、船首に飾られた。そんな経験は確かにある。
 イアルを船首像とした船が、かつてこの港に泊まったのだろうか。
 イアル自身は、何も覚えてはいない。身も心も、船首像と化していたのだ。
「あの時イアルを……私物として、持ち帰っておくべきだった。私のものに、してしまえば良かった」
 萌が言う。
「あれから自分でね、『裸足の王女』の事いろいろ調べたりしてみたの。そうしているうちに、何でだろう……貴女を、助けてあげたい。生身に戻してあげたい。そんなふうに思うようになって」
 月を見つめていた萌が、その目をちらりとイアルに向けてくる。
「私が勝手に、そう思っていただけ。実際こうやって貴女を元に戻す事は出来たけど、恩を着せるつもりはないから」
「……恩には、着ておくわ」
 イアルは苦笑した。
「萌には私、助けられてばかり……ねえ、正直に言って。IO2は私に、魔女結社や虚無の境界に対する囮捜査みたいな事をさせたがっているんでしょう?」
「……まあ、ね」
「私、囮捜査でも何でもやるわ。貴女に恩を返さないと」
「恩返しなんて、して欲しいわけじゃないから」
 萌が、じっとイアルを見つめてくる。
「私……ただ、イアルの事……」
 何かを言おうとする萌に、イアルは背を向けた。
 萌を、背後に庇った。
 不穏な気配が、2人を取り囲んでいる。
 いくつもの大柄な人影が、夜闇の中に生じていた。
 筋肉の塊、としか表現しようのない、巨体の男たち。人数は、正確には把握出来ない。
 チンピラやゴロツキの類であれば、叩きのめすだけだ。鏡幻龍の力を借りるまでもない。
 だがイアルは、叫んでいた。
「ミラール・ドラゴン!」
 チンピラやゴロツキではない、どころか人間ですらない。
 全方向から猛然と襲いかかって来る男たちに関して、今のところ直感出来るのは、それだけだ。


 イアルの全身から、衣服が全て消えて失せた。
 そう見えた時には、彼女は新たな装束を身にまとっていた。
 甲冑である。と言っても、防御力など無きに等しい。
 豊麗な胸の膨らみを閉じ込め、安産型の尻周りを覆うだけの、甲冑と言うよりは金属製のビキニである。
 胸の深い谷間。綺麗に引き締まった二の腕。愛らしく凹んだ臍に、うっすらと浮かんだ腹筋。格好良くくびれた脇腹、むっちりと活力溢れる太股。
 全てが、夜闇の中にあって目に眩しい。萌は、そう感じるしかなかった。
 女戦士の装いをしたイアルに、男たちが激しく群がって行く。
 ステロイドを打ちまくったかの如く全身、筋肉で膨れ上がった男たち。皮膚は青白く、筋骨たくましいながら実に不健康そうである。だが両眼はイアルの太股や胸の谷間に向かってギラギラと輝き血走り、元気が漲っていると言えなくもない。
 そんな男たちをイアルは、右手に握った長剣でことごとく撫で斬り、左腕に装着した楯で容赦なく叩き潰した。
 男たちの肉片が、体液の飛沫が、びちゃびちゃと飛散する。赤い鮮血、ではない。何だかよくわからぬ色をした体液である。
 この男たちは、どうやら人間ではない。
 人間ではない者たちが切り刻まれ、粉砕されて飛び散る中、イアルの艶やかな金髪が舞い、豊かな胸が鎧もろとも揺れ、しなやかな腹筋が柔軟に捻れ、形良い太股が攻撃的に躍動し続ける。
 萌は目を、心を、奪われていた。
(イアル……貴女、やっぱり……素敵……)
 そんな事を思っている場合ではない。
 仮にもIO2エージェントたる自分が、少なくとも立場的には民間人である女性に戦闘を押し付けて一体、何をやっているのか。
 萌は、高周波振動ブレードを抜き構えた。
 その時。視界の隅で、何かが光った。
 光が、襲いかかって来る。敵意に満ちた、魔力の光。
「萌、危ない!」
 イアルが、眼前に飛び込んで来て楯を構える。楯で、光を受けている。
 その格好のまま、イアルは硬直した。
 楯を構えた、女戦士の像。石像ではない、水晶の像である。
 そんなものが今、萌の眼前に立っている。
 声がした。
「鏡幻龍の戦巫女……噂以上の力よ。たった1人で、ホムンクルスの群れをここまで圧倒するとは」
 姿は見えない。夜闇のどこかに、その何者かは身を潜めている。男か女かは判然としない。
「だが我らの錬金術をもってすれば造作もない……と言うほど容易くはいかなかったが、まあ手に入った。もらってゆく、邪魔をするなよIO2」
 どうやらホムンクルスであるらしい、筋骨たくましく青白い男たち。その1体が、水晶と化したイアルの身体を担ぎ上げる。運び去ろうとしている。
「させない……!」
 萌は斬りかかった。
 いや。踏み込もうとしたところへ、横合いからの襲撃を受けた。別のホムンクルスが、青白い剛腕で掴みかかって来る。
 その場で萌は、振動ブレードを一閃させた。
 両断されたホムンクルスの屍が、コンクリート上に様々なものをぶちまける。
 その時には、水晶像となったイアルの姿はどこにもなかった。まだ何体か生き残っていたホムンクルスたちも、夜闇に溶け込んだかのように消え失せている。
 彼らの統率者である何者かの気配も、すでにない。
 深夜の埠頭に、萌1人が残されていた。
「イアル……頼みもしないのに、私を守ってくれて……」
 1人、萌は呟いていた。
「言ったはずだよ……恩返しなんて、求めていない……って……」