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『真冬の曇り空』
冷たい風が吹いた。
正月休み、そして学生たちの冬休みも終わり、街には日常が戻っていた。
空は厚い雲で覆われていて、街中には若者達の姿が少なく、少し寂しさを感じる日だった。
そんな街の中を、黒い服を纏った2人が歩いて行く。
アレスディア・ヴォルフリートとディラ・ビラジス。
明るく賑やかな日よりも、こんな日の方がこの2人の姿には合っているのかもしれない。
「ディラ……」
名前を呼ばれて、ディラがアレスディアに顔を向ける。
「殿」
と、続けて、アレスディアは眉間に皺を寄せて「むぅ……」と小さく唸る。
何度目だろうか。
年末からずっとこんな調子だ。
ディラも諦めのようなため息を漏らした。
『殿』をつけるのをやめてほしい。
そう伝えてからもう数週間経っている。
こうしてゆっくり出かける機会はずっと持てなかったので、頻繁に名を呼ばれることはなかったのだが。
「見下げられてもいないが、対等にも見られてないのか、俺は」
ディラのそんな呟きに、目を伏せてアレスディアは首を左右に振る。
「そういうわけではない。だがすまないが、これでは会話もままならぬ。今日は今まで通り呼ばせてもらおう」
「呼び捨てがダメなら、まずはさんでも君でもいい。他人とか顔見知り程度の奴らとは違う呼び方をしてほしいんだが」
「……ディラ…………」
再び眉間に皺を寄せるアレスディア……。
「ど、殿」
「なんでだよ!」
なんだかおかしくなってディラは噴きだし、つられてアレスディアも微笑する。
それからは普通に雑談しながら目的の場所へと向かっていく。
尤も……。
「高齢者の独り歩きが多いな。最近は若者による高齢者をターゲットとした犯罪が増えているようで……」
という感じで、アレスディアの頭の中は普通に他人を護ることばかりなのだが。
「折角の休みだ。もっと自分が楽しむことを、少しは考えろよ。普通の幸せを求めてないにしても」
ディラが苦笑交じりに言う。
そういえば、彼はアレスディアが何故普通の人々のような幸せを求めないのか。
その理由を突き止めたいと言っていたことを、アレスディアは思い出した。
「普通の幸せを求めぬ理由、か。別に隠すようなことではないが……」
「やっぱり『理由』があるのか」
目を向けられて、アレスディアは困ったような顔になる。
「話すとなると少々長くなる。……日を改めても良いか?」
「別に急いじゃいない。ただ、アンタのこと、もっと理解したいと思う」
「そうか」
人を理解したいだなんて、強さだけを求め戦いに明け暮れていた頃の彼ならば、絶対に思わなかっただろう。
また少し彼の変化を知って、アレスディアは嬉しく思う。
「そのときは、話せる限り話そう。約束だ」
「ああ」
ごく軽く笑みを浮かべたディラに、表情を改めてアレスディアは真っ直ぐに彼を見つめる。
「その代わり……私もディラ殿のことを知りたい。何故、人との関わりを拒むのか。話すと約束、してくれるか?」
アレスディアの言葉は、ディラを軽く戸惑わせた。
「そんなふうに見えてるとしたら、それは無意識だ。話せることなら、話す、が」
彼は軽く目を逸らした。
彼は人との接し方を知らないのかもしれない。
(ただ、それだけではないようにも見えるが……)
「着いたぞ、ここだろ」
話をしているうちに、目的の場所であるアクセサリーショップに着いていた。
先にディラが入る。彼の入店に気づいた女性店員が、ビクッと震えたのが見えた。
ヤクザのように見えたらしい。
「いらしゃいませ。き、今日はどのようなものをお探しでしょうか」
続いてアレスディアが入ると、緊張した面持ちで女性店員が話しかけてきた。
「お守りになるようなもので、彼に似合いそうなものを」
「ええっと、そうですね……それでは、こちらのコーナーの品などは」
アレスディアは店員に案内され、男性用の装飾品を見て回る。
ネクタイピン、カフスボタン……は、ディラは使わなそうだ。
ブレスレット、チョーカー、指輪と見て回り。
「うむ……これを試着しても構わぬか?」
「はい、どうぞ」
その中から、彼女が選んだのは――。
「ディラ殿」
「ん?」
振り向いたディラの首に、ペンダントがかけられた。
「うむ、悪くないと思うが、どうだろう?」
アレスディアは鏡を持ち、ディラに向けた。
彼の首には、短剣をモチーフにしたシルバーのペンダントがかけられている。
「ああ、いいデザインだ」
短剣にはお守り、シルバーには魔除けの効果があると言われているそうだ。
「俺からはこれを」
ディラはおもむろにアレスディアの右手をとり、中指にシルバーのリングを嵌めた。
細く、シンプルなデザインで、どんな服にも合いそうであり、邪魔になることもなさそうだった。
「指輪を右手の中指にすると、邪気をはらい霊感や直感力を高めてくれるんだそうだ」
他に、自身の魅力を高めるという意味もあり、恋人募集時にもつけると良いそうな。
それはディラとしては嬉しくないのだが……自分本位ではなく、彼女のことを考えるのならば、この指が良いと思ったのだ。
指輪の意味については、この店で説明されたわけでもなく、彼が元々知っていたとも思えない。
多分、事前にアレスディアに贈るために調べてあったのだろう。
物自体ではなくて、彼が色々考えて贈ってくれたということが、何より嬉しくて。
アレスディアは穏やかな表情で自らの指と、リングを見詰める。
「護るべきものが一つ、増えたな。心遣い、感謝する。ありがとう」
そして、ディラに一礼する。
「そういうのやめろって、礼を言うのはこっちの方だ。俺が選んだものの方が多分安いし。仕方ないだろ、首には他のものを提げてるし、腕輪なんかは邪魔になるからと使ってくれそうにない」
アレスディアが顔を上げると、そこにはディラの真剣な眼があった。
「それから、それはアンタを護るためのモノだから。アンタが護る必要はない」
「だが……」
「だがじゃない! それはアレスの代わりに、傷つき、壊れていいものだ。俺が側にいるかぎり、いつでもまた贈れるんだから」
「そうか、それならよりディラ殿を護らねばな」
ふっと笑みを見せたアレスディアにディラは何か言いたそうな顔をするが、自分を落ち着かせるかのように深いため息をつくと、先に会計をすませる。
外はとても寒かった。
「雪が降りそうだ」
空を見上げた彼女を、抱きしめたい衝動に駆られる。
代わりに、彼女からもらったペンダントを片手で包み込む、大切に。
言えないことがある。
彼女に拒否されないために――側にいるために、言えないことがある。
はっきり言葉にさえしなければ、彼女は気付くことはない。
彼女を護りたいと思っていること。
彼女を護って果てることが、自分にとって一番の幸せなのだろうと思っていること。
幸せな生き方を望めない自分。
だが、幸せな死に方は譲りたくはない。
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