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満ち足りた器(3)
美女が舞うたびにナイフは踊る。まるで天女の羽衣のように、その切っ先は優雅でありしなやかな動きで周囲の敵を切り刻む。
あの後到着した十数人の邪教団が始めたのは、召喚の儀式であった。廃工場の外の敷地に魔法陣を刻み始めた彼等を見て、瞬時にそれが悪魔を呼ぶためのものだと気付いた琴美は、召喚が完了する前に敵をせん滅する必要があると判断し戦場へと躍り出た。
突然現れた美しき女性の姿に、邪教団達の動きが止まる。それは乱入者に対する驚きもあったが、見目麗しい彼女に思わず見惚れてしまったせいもあった。そして、一人の信者が彼女に蹴り飛ばされた時に、ようやく彼等は我に返ったのだ。
邪教団の口から、歪な呪文がこぼれ始める。一斉に呪文を口ずさむその様は、ひどく不気味だ。
やがて放たれる、魔術。それは、魔術というよりは呪いであった。悪魔を信仰する彼等らしい、どろどろと濁った漆黒の魔法弾が琴美の方へと向かい放たれる。
しかし、その悪しき弾丸は琴美の体に触れる事は叶わなかった。彼女はあろう事か、手にしたナイフでその全ての魔法弾を弾き落としたのだ。自らへと襲いかかっていた十を超える魔の手を凌いだ琴美は、瞬時に疾駆。一息でとある信者との間にあった距離を詰めると、その長くすらりとした美脚を振り上げる。まるで芸術作品のような脚線美を見せつけながらも、少女の足が相手の体へと叩き込まれた。武闘であり舞踏。ステップを刻んでいるかのような華麗な彼女の足技に、また一人の信者が地へと倒れ伏す。
(しかし、彼等の召喚の儀式にあのアンドロイド達は関係がなかったようですけれど……なら、どうしてあのアンドロイド達はこんな場所にいるのかしら?)
夜を溶かしたかのような美しい漆黒の瞳が、訝しげに細められる。思案しながらも、少女の攻撃が止まる事はない。琴美の強さを悟り、急いで儀式を終えようとした信者に気づけば、彼女は冷静に相手へと狙いを定めナイフを放った。矢のように空を駆けるナイフは、見事標的の急所へと突き刺さり鮮血の花を咲かせる。
次いで、黒の髪は宙へと舞う。跳躍した彼女は、先程倒れ伏した相手からナイフを抜き取ると、その勢いのまま背後へと忍び寄っていた敵へと振り返る事もなくナイフを突き刺した。また一人の信者が、苦悶の声と共に崩れ落ちる。
(この分なら、すぐに戦闘は終わりそうですわね)
思っていたよりもずっと手応えがない相手に、琴美が少しだけ残念そうにそう思った時だ。突然、邪教団の者達が驚愕の声をあげた。
「――っ!?」
突如動き出したアンドロイド達が、背後から邪教団へと襲いかかったのだ。ふらふらとゆったりとした足取りで、それでも迷う事なく信者達の方へと歩いていったアンドロイドは、背後から彼等を羽交い締めにし信者達の自由を奪う。
その姿は、まるで肉を求めるゾンビ。機械というよりは、動く死人だ。
(アンドロイド達は邪教団が利用しようとしていたわけではなく、別の何者かが用意したものだったのですわね)
それにしても、先程までぴくりとも動かなかったというのに、突然動き始めたアンドロイドには違和感を覚える。
(何者かが、恐らく私達が戦っている間に廃工場へと侵入し、彼等に何かしらの細工をしたに違いありませんわ)
目的は分からない。邪教団がくる事を知って、彼等を倒すために仕掛けた罠だろうか。
「なんであれ、危険な存在を見過ごすわけにはいきませんわ! 覚悟はよろしくて?」
いくら相手が悪しき者であったとしても、不意打ちで倒そうなどという卑怯な真似は許せない。琴美はそのナイフの切っ先を、邪教団を襲ったアンドロイドに向ける。
このアンドロイド達を操っている者こそが、恐らく近頃街を騒がせている事件の真の黒幕なのだろう。
後から追加し奇襲を狙う予定なのか、一度に動かせる数に限りがあるのかは分からないが、廃工場にいた全てのアンドロイドが起き上がってきたわけではなく一部の者は依然として倒れたままだ。けれど、それでも今琴美の目の前に立ち塞がるアンドロイドの数は十体を超えている。対して、こちらの味方はおらず、琴美はたった一人で無機質な敵へと立ち向かわなければならない。
それでも、彼女の顔には笑みが浮かんでいた。自信に満ちたその横顔に、憂いはない。ナイフを構え直し、琴美は再び戦場を駆ける。琴美のその魅惑的な肢体を求めるかのように、アンドロイド達は一斉に彼女へと群がった。
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