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<東京怪談ノベル(シングル)>


ヴィルトカッツェは闇を駆ける


 水晶の女人像が、ガタゴトと震えている。
 何度目の絶頂であろうか。
 様々な体液を、大量に採取する事は出来た。
 判明したのは、それらが『賢者の石』や『エリクシル』の原料とは成り得ない、という事実のみである。
「駄目ね……まあ、そこそこ強いホムンクルスくらいなら作れるかも知れないけれど。男の精液使うよりは、まし?」
「鏡幻龍の戦巫女が産み落としたホムンクルス、という事になるわけね。見てみたくはあるけれど」
 錬金術の最終目的は、高性能のホムンクルスを造り出す事ではない。
 究極至高の物質『賢者の石』と、不老不死をもたらす秘薬『エリクシル』を、この世に現出せしめる事である。
「見込み違い、だったのかしら? あの忌々しい魔女結社を壊滅同然にまで追い込んでくれた『鏡幻龍の戦巫女』なら、あるいはと思ったのだけど」
「結論を出すにはまだ早いわ。せっかく最高の素材が手に入ったのだから」
「そう……じっくりと時間をかけて、着実に研究を進めないとねえ」
 女錬金術師たちが、そんな事を言いながら水晶像に繊手を這わせてゆく。
 水着のような甲冑をまとっていた、勇ましい女戦士の水晶像。
 甲冑のみ水晶化を解除し、取り外して部屋の隅に放置してある。
 鏡幻龍の力の一部が物質化したものである甲冑。これはこれで、何かの役には立つかも知れない。
 都内の、目立たぬ区画。
 教養のある金持ちしか興味を示さないような古美術品を扱う店の、地下である。
 魔女結社は、こういう商売に重きを置くあまり黒魔術の探究・鍛錬を怠っていた。だから滅びたのだ。
 正確に言うと、まだ完全に滅びたわけではない。だが彼女たちは愚かにも、魔法の鍛錬を怠りながら『鏡幻龍の戦巫女』に手を出した。結果、虚無の境界とIO2双方を敵に回し、害虫の如く駆除されつつある。この世から消えて失せるのも、時間の問題であろう。
「あの愚か者たちと、同じ轍は踏まない……私たちは錬金術師。技術と知識の探究を、決して怠りはしないわ」
 金持ち相手の商売は、隠れ蓑に過ぎない。
「体液では駄目、となれば……」
「裸足の王女……この美しい肉体そのものを、材料とするしか」
「それは少し待って。失敗したら取り返しがつかない……イアル・ミラールは、この世に1人しかいないのだから」
 イアル・ミラール。裸足の王女。鏡幻龍の戦巫女。
 賢者の石あるいは霊薬エリクシルの原材料として、現時点では最も可能性を感じさせる人材である。
 代わりはいない。
 水晶化した、この美麗な肉体そのものを実験に用いるとなれば、とにかく慎重を期す必要がある。
 その貴重な実験材料が、女錬金術師たちの愛撫を受け、激しく振動していた。
 水晶像と化したイアルの肉体に、快楽を受け取る感覚だけは残してある。体液採取のためだ。
 激しく震える水晶像から、キラキラしたものが飛び散った。
 水晶化した髪の一部が、振動に耐えられず砕けたのだ。
「おやおや……また天国へ行っちゃったみたいだねえ」
「欲しがりな身体してるよ、まったく。私らが男だったら、もっと気持ち良くしてやれるのにねえ」
「あら……これって」
 錬金術師の1人が、水晶の髪の欠片を拾い上げる。
「体液が駄目なら……ねえ、これ使えないかしら」


 筋骨隆々でありながら青白く不健康そうな、それでいて邪な活力を漲らせた大男たちが、全方向から茂枝萌に襲いかかる。
 その包囲と襲撃の輪の中で、萌は身を翻した。いくらか凹凸に乏しい小柄な細身が、柔らかく高速で捻転する。まるで竜巻のように。
 少女の左手に握られたサブマシンガンが、火を噴いた。
 それは銃撃を撒き散らす、死の竜巻であった。
 青白い巨漢たちが、全身に弾丸を撃ち込まれて動きを止める。怯んでいる。
 人間相手であれば1人残らず射殺しているところだが、この大男たちは、掃射を浴びせても怯ませる事しか出来ない。
 一瞬でも怯んでくれれば、しかし萌としては充分であった。
「はっ!」
 踏み込んで行く。右手で、高周波振動ブレードを閃かせながら。
 青白い大男が1体、真っ二つになった。
 2体目、3体目が、銃撃に怯んだ状態のまま叩き斬られ、赤い鮮血ではない体液を大量にぶちまける。
 人間ではない巨漢たちを、草刈りの如く片っ端から斬り倒しながら、萌は見回した。
 郊外に建つ、かつては豪邸であったのだろう巨大な廃屋である。
 ここにもイアル・ミラールはいなかった。彼女を水晶像に変えて拉致した者たちもだ。
 代わりに、このホムンクルスの群れが潜んでいて、萌に攻撃を仕掛けてきた。
 IO2エージェントを偽情報で誘い出し、始末する。
 イアルを拉致した者たちの、その意図だけは感じられた。
 萌は動きを止めた。
 ホムンクルスたちは皆、切断・寸断・両断された肉塊に変わり、倒れ伏したり散らばったりしている。
 最後の1体を除いて、である。
 青白い大男。その筋骨たくましく不健康そうな全身あちこちから、肉を食い破った寄生虫のような触手が無数、生え伸びている。嫌らしく凶暴にうねり、高速で伸びて来る。
 牙を備えた触手たちに襲われ群がられながら、萌の小柄な細身が旋風の如く躍動し、舞った。
 高周波振動ブレードが、いくつもの斬撃の弧を描く。
 牙を剥く触手の群れが、全て斬り落とされて地面で跳ねた。
 それらを片足で踏みにじりながら萌は、
「チャージ……サイキックアロー!」
 ホムンクルスに左手のサブマシンガンを向け、攻撃を念じ、引き金を引いた。
 銃口から、白い光の矢が迸る。
 触手をニョロニョロと再生させつつあったホムンクルスの巨体が、その光の矢に穿たれ、切り裂かれ、粉砕されて飛び散った。
 萌は1つ、息をついた。
「イアル……」
 あの時、即座に彼女を助けて取り戻す事は出来た。萌は、そう思う。
 だが、あの時のイアルは水晶と化していた。うかつに戦闘を行えば、破損する恐れがあったのだ。
 それに。これは萌の根拠なき直感だが、この度の相手は魔女結社でも虚無の境界でもないような気がする。第3の勢力。
 そうであるならば、正体を掴まなければならない。本拠地を、探り当てなければならない。
 そこでイアルの出番である。
 彼女自身、言った通りだ。IO2上層部はイアル・ミラールに、囮捜査官としての役割を期待している。
 イアルには、大人しく拉致されてもらう。それが、最も正しい道なのだ。
「……なんていうのは全部、ただの言い訳……! 私は、イアルを助けられなかった……助けてもらったくせに、見殺しにした……!」
 萌は呻き、唇を噛みながら、光学迷彩服の腰に備え付けてあったものを手に取った。
 5匹の龍によって縁取られた手鏡。
 鏡幻龍からの連絡が、あれば大いに助かる。
 なければないで、萌が自分の足で探すまでだ。
「イアル……絶対に、助けて見せる。貴女のためじゃない、私のため……貴女を見殺しにしたままじゃ私、1歩も進めないから」