|
いたずら妖精にご用心
●
そこは巨大ではないが、格式高さを感じさせる場所。まるで秘密の隠れ家のように人目をはばかるように建ってはいるが、手入れは行き届いていて。聞けばそこは特別な『お客様』をおもてなしするためのホテルであるとか。
ティレイラはなんとなく場違い感を抱きつつも、ホテル内へと足を踏み入れた。このホテルの総支配人から依頼を受けているのだから、堂々としていればいいのだ、と自分に言い聞かせながら。
――どこからか迷い込んだいたずら妖精をなんとかしてもらいたい――。
それが依頼の内容。ティレイラは自由にホテル内を動き回る許可を得て、ホテルの見取り図を片手に妖精を探して歩き回る。さすがに営業を休止するわけには行かなかったらしく、ところどころに宿泊客の姿を見ることができた。
(お客様の邪魔にならないようにしないと……)
ホテルで休息を取っていたり商談をしていたりするお客様の邪魔をしないように、また、そのお客様にいたずらが及ぶ前になんとかしないと、ティレイラは白い指先をギュッと握り込んで拳を作り、気合を入れる。
(まずは上階に行って、非常階段を使って降りて、1階ずつ見ていこうかな)
エレベーターに乗り、最上階で降りると、足首まで埋まってしまいそうなふわふわな絨毯にまず困惑させられた。
「うわっ……」
お金持ちが泊まる階なのかな、と思いつつ転ばないように気をつけて妖精を探す。
「っと……」
それでもつまづきそうになって体勢を整えたティレイラの耳に、それは入ってきた。
くすくすくす……。
鈴を転がしたような可愛い笑い声。
「誰っ!?」
声のした方向に反射的に振り向くと、何かがさっと廊下の曲がり角に消えた。キラリ、光の粒子が鱗粉のように後に残っている。
(あれはっ……!)
直感のようなものが働き、ティレイラは駆け出す。ふわふわの絨毯に何度も足を取られそうになったが、なんとか曲がり角にたどり着いて覗き込むと。
ばぁっ!!
「きゃっ!?」
目の前に変顔のアップ。思わず声を上げて尻餅をつくティレイラを、驚かせた人物は宙に浮かびながらけらけらと笑っている。鈴のような声は変わらないのに、憎らしく思える笑い方なのがちょっと癪だ。
じゃーねー!
くるりと回って羽を羽ばたかせ、その人物――妖精は廊下を飛んでいく。
「ちょっと、待って……!」
ティレイラは立ち上がりながら声をかけるが、それに従うようだったら最初からティレイラに依頼が来るはずはない。妖精はティレイラから離れた先の扉に耳をつけたかと思うと、えいっと手にしていたタクトを振った。すると、その部屋の扉がみるみるうちに凍りついて――。
「だ、だめー!」
そんなことをしては中にいるお客様が出てくることができなくなってしまう。扉に耳をつけたのは中に人がいるか、気配を探っていたのだとわかった時には遅かった。
ティレイラは急いで立ち上がり、駆ける。けれども妖精はくすくす笑いながら廊下の先に消えてしまった。ティレイラは氷漬けの扉をそのままにするわけにもいかず、炎を喚び出して氷を溶かすことに専念した。
●
(宿泊客の多い階なんて格好のいたずら現場よね)
そう読み、ティレイラは支配人に聞いて宿泊客の多い階を見回っていた。すると。
くすくすくす……。
聞こえた! ティレイラは廊下を駆ける。すると数メートル先で今まさに妖精がタクトを振ろうとしていた。
「させません!」
ティレイラは掌に作り出した火球を放つ。するとそれはいたずらを始めようとしていた妖精に命中して。
きゃあっ!
可愛い声を上げて少し焦げた妖精にティレイラは迫る。
「いたずらをやめて立ち去ると誓うなら、これ以上はやめてあげます」
しかし返ってきたのは――あっかんべー。
カチンときたティレイラは再び火球を放つ。しかし妖精はそれをひらりと避けてそのまま開いていた窓から飛び去ってしまった。これでいたずらをやめてくれればいいのだが……嫌な予感がする。ティレイラはポケットにしまっていた見取り図を取り出して広げた。
「あっ……!」
そして目についたのは――プール!
休息を求めてきたお客様の中には、プールで時間を過ごしている方もいるはずだ。そして妖精にとっては、格好のいたずら場所のはず。
ティレイラは走った。妖精のほうが早いだろう、それはわかっていた。けれども少しでも早くたどり着ければ、被害を最小限に防げるはずだ。
「きゃー!!」
ティレイラがプールへあと少しと近づいた時、悲鳴が聞こえた。やはり予想は正しかったのだ。
「すいません、通してください!」
ティレイラは支配人から貰っていたパスを入り口の従業員に見せ、急いでプールサイドへ出る。すると、プールサイドに設置されたビーチチェアを凍らされた女性が、滑り落ちて呆然としていた。他の客たちも、何事かとそちらへ視線を向けている。
もっと楽しくしてあげる!
妖精がタクトを振り上げる――しかし、それが振り下ろされる直前、火球が妖精のタクトを持つ手を襲った。
あつっ!
ぽちゃり。タクトがプールへと落ちる。
「いい加減にしなさい! これ以上は許しません!」
追い打ちをかけるように火球を放つティレイラ。だがこれは当てるのが目的ではなく、威嚇が目的。ヒュンヒュンヒュンっと自分の身体すれすれを飛ぶ火球。
きゃ〜いや〜!!
ふらふらと飛んで、妖精は室内プールの天井に近い部分にある開いた窓を目指している。流石に観念しただろう、そう思いティレイラは火球を放つのをやめた。
それからもう一度すべてのフロアを回ったティレイラだったが、妖精の姿を見かけることはなかった。
(流石に観念したようですね。これで安心です)
さあ、総支配人に報告に行こう。
●
「あ〜、いいお湯です〜」
仕事完了ということで総支配人に勧められて、ティレイラは貸し切りで大浴場を満喫していた。ちょっと熱めのお湯が手足の指先まで染み渡って、体の芯から温まっていく。
(少し、眠くなってきてしまいました……)
あまりの心地よさに、ティレイラを睡魔が襲い始めたその時。
きゃははっ。やられたままでいるなんて思わないでね!
「!!」
聞き覚えのある声で一気に目が覚めた。湯船の中にいるティレイラの周りを、からかうように飛ぶのは先程の妖精。てっきり観念して逃げたと思っていたのだが。
「まだ逃げてなかったんですか。ここならっ……!」
他に人目はない。なら、とティレイラは背中に翼を、そして尻尾を顕現させる。そして妖精と同じフィールドに立つべく、飛んだ。
「待ちなさい!」
待つわけ無いじゃんー!
露天風呂の中で、そんな実りのない鬼ごっこがしばらく続いた後。
えいっ!
妖精が喚び出したのは巨大なシャボン玉。ただのシャボン玉でないだろうことはティレイラにもわかる。だが。
(突き破ります!)
そのままシャボン玉に突入したティレイラは、すぽんっとシャボン玉の中に入ることができた。だが。
「えっ……!?」
内側からは、いくら押しても破れないのだ。何度も押し破ろうとした。炎で焼き切ろうとしてみた。でも、無数の魔力が練り込まれているのだろうか、このシャボン玉は破れなくて。それどころか、ふわふわと浮遊して、ティレイラは浮遊する球の中に閉じ込められてしまったのだ。
きゃははっ! えいっ!
妖精がぽん、と球を叩いた。すると、球は一回り縮み。
えいっえいっ!!
妖精が叩くごとに縮んでいく球。もちろん、中にいるティレイラにとっての空間は狭くなっていき、尻尾と翼が折りたたまれてしまった。
まだまだ終わらないよー!! わたしのタクトを無くした恨み!
ぽんぽんぽん、叩かれるごとに縮む球。球の膜が、徐々にティレイラの形になっていく。手足も身体も折りたたまれて、胎内の赤子のように縮こまらざるを得なくなってしまったティレイラは、真空パックにいれられたような状態で。
「た、たすけて……」
小さく助けを乞うも、妖精がそれに応えてくれるはずはなく。
その体勢だと大事なところがよく見えないから、安心だね!
などと言って、妖精は満足したように大浴場から出ていってしまった。
「ちょっ、待って! 待ってください!!」
大浴場にティレイラの悲痛な声が響く。
声に気がつい誰かが、のぼせていないかと心配した誰かが覗きに来てくれるかもしれない。けれどもこの体勢で見つかってしまうのは、酷くずかしい!
(どうしよう……)
助けを呼ぶべきか、誰かが覗きに来る前にこの魔法の効果が切れるのを願うだけにするか。
「もう、いやぁ〜!!」
ティレイラの嘆き声が、大浴場を満たしていった。
【了】
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
【3733/ファルス・ティレイラ様/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】
■ ライター通信 ■
この度はご依頼ありがとうございました。
遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。対策していてもかかるインフルエンザの恐怖を実感いたしました。
ティレイラ様の可愛らしさや頑張り屋さんな所、ちょっとドジなところなどを上手くかけていればいいのですが。
少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
この度は書かせていただき、ありがとうございました。
|
|
|