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<東京怪談ノベル(シングル)>



「どこでも行っちゃうなんでもやっちゃうあたしは元気ーっ!」
 テレビ番組の企画から撮影、パッケージまで請け負う製作会社の社長へ、おじぎ240度でにじり寄るSHIZUKU。
 彼女が数ヶ月に及ぶブロンズ像生活の中で失ったものは大きい。もっともたるものがそれまで抱えていた仕事とギャラだ。
 本当なら、あのブティックで体験させられたことをネタに、半年はテレビ番組を渡り歩くつもりだった。
 しかし、彼女が関係者にばらまいたネタの欠片はことごとくが踏み砕かれ、あるいは無視されたのだ。
『忘れよう! キミもまだ調子悪いだろうし、もうちょっと休んでから電撃復帰しよ? ね? ね!』
 これは今SHIZUKUが迫っている社長の言。
 察せざるを得なかった。あの失踪事件は、表立って触ってはいけないネタなのだと。
 理由はわからないし、見当もつかない。でも、触れないなら触らずにおくのが賢いやり方というものだ。
 ――社長の言質はとらせてもらったしねー。
 SHIZUKUの圧に押されて1歩2歩と後じさる社長を1歩2歩と追い詰め、彼女は上目づかいに社長をにらみ上げた。
「あたしの電撃復帰の場所、社長が作ってくれるんだよね?」
「あー」
「忘れるかわりにって、話だったよね?」
「うー」
 煮え切らない返事に、不自然なものを感じる。これ、はぐらかそうってより隠したい感じ?
「隠しごと、あるよね?」
「あー、まあまあ、まあね。わかったから――SHIZUKUちゃん香水変えた?」
「ぅえっ!?」
「復帰前、もっとかるい柑橘系だったでしょ? キミの歳でムスクは重たいんじゃないかなぁ」
「あーはは。気分転換。いろいろあったんで。戻すよ、うん。次――の、次くらい?」
 焦ってごまかしつつ自分のにおいを嗅ぐSHIZUKU。
 ――だってまだタール臭い感じするんだもん!
 数ヶ月間嗅ぎ続けたコールタールの幻臭が彼女の鼻の奥を鈍く刺す。臭いはもう消えているはずなのに、どうしても忘れることができない。
「とにかくっ! 話聞かせて話!」


「――って言われても。なにがどうしてそうなるのか、さっぱりわからないんだけど」
 イアル・ミラールは電話の子機を耳に当てたまま眉根をしかめた。
『いや、だーかーらっ! こないだのお礼に芸能界デビューさせたげるからお返しにあたしのこと守れって言ってんの!』
 SHIZUKUの声がキンキンと響く。
 先のブティック騒動の後、連絡先を交換してしまったのが運の尽きだったか。イアルは子機から耳を離してため息をついた。
「2回聞いてもやっぱりわからない」
『まあ、借りを返した借りを返せって、理屈になってないものねぇ』
 イアルの内からイアルと同じ声で返したのは鏡幻龍だ。
 イアルとしては自分の姿を模すことを早くやめて欲しいのだが、当の龍はこちらのほうがしゃべりやすいと言い張り、なかなかやめてくれないのだ。
『あー、とにかくそっち行くから住所とタクシーの人がわかりやすい目印!』


 果たしてイアルが住むマンションに乗り込んできたSHIZUKUは、手土産だったはずのシュークリームを自分の口へ放り込みながら話し始めた。
「あたしのテレビ復帰第1弾、オカルト番組に決定したの」
 オカルト系アイドルだからそうでしょうね。発しかけた言葉を、イアルは途中で飲み込んだ。
 彼女の知名度からすれば、数ヶ月間の失踪に注目が集まらないはずがないのだ。それがなにひとつ語られることなくここまで来ている。
「あの話はまあ、うん。オトナの事情でなかったことに」
 ばつが悪そうなSHIZUKUに、鏡幻龍は眉をひそめ。
『魔女結社のというよりも、その客筋からの圧力でしょうね』
 うなずいたイアルが、場を繕うように言葉を継いだ。
「……ところで、番組の内容は?」
「そうそう! それがね――」
 最近、とある繁華街で家出少女が次々と行方不明になっている。
 目撃者は多くなかったが、彼らの何人かはその少女らと“白い女”がいっしょにいたことを証言した。
「“白い女”が出たところはね、そこだけ気温が氷点下になるんだって。あ、これは製作会社から聞いたんじゃなくて、あたしが調べたネタね。ローファーの踵、3ミリ減ったよ」
『ムダな根性と行動力ねぇ……。あれだけ怖い目にあったばかりなのに』
 しみじみつぶやく鏡幻龍。イアルも同感ではあったが、問題はその次のことだ。
「で、どうしてわたしをつきあわせたいわけ?」
「危ない話だなって感じたから」
 さらりとSHIZUKUは応え。
「製作会社はよくある都市伝説だと思ってるみたいだけど、ちがうよ。これ、マジでガチ」
 ま、証拠とかはないけどね。SHIZUKUは薄く笑み、イアルの目を見据える。
「だからイアルちゃんの手、借してよ。あたしが死んじゃうのはもちろんヤなんだけどさ。今までそこにいた誰かがいなくなっちゃうの、すっごいヤだから」
「あなた……」
 イアルはSHIZUKUの思いがけない義心に打たれたが。
「それにビキニアーマー、テレビ的にキャッチーだしね!」


 繁華街はとりどりの彩で己を飾り、光と音とを夜気の内へ惜しげもなくばらまく。
「カメラちゃんはなにがあってもあたしたちのこと撮っといてね」
 いつものアイドル調の衣装ではなく、薄っぺらいMA-1を着込んだ「家出少女」スタイルのSHIZUKU。
 そんな彼女に、取材用のデジタルハンディカメラを構えたカメラマンがサムズアップで応えた。
 ちなみにスタッフは彼ひとり。大人数だと身軽に動き回ることができないし、予算もかさむ。そしてなにより、祟られたり死んだりする人間を最少数で抑えることができる。
「カメラの人、意外に肝が据わってるわね」
 ビキニアーマーの上からコートを羽織っただけのイアルが小首を傾げた。
『あの子もそうだけど、好き好んでオカルトへ首を突っ込もうって人たちはね』
 鏡幻龍はあきれ声だ。
 そんなふたりを置き去り、カメラが回ってSHIZUKUがレポートを開始した。
「これからあたしたち、ウワサになってる繁華街に潜入するよー。表通りは別におかしなとこないけど……なんか感じるイアルちゃん?」
「え? あの、いえ、別に」
「ごめんねぇ。この人テレビ初めてだから! でもポロリもあるんで、チャンネルはそのままで!」
「ええっ!?」
 まるでペースを掴めないまま、SHIZUKUの後に続くよりないイアルである。

 SHIZUKUはカメラに向かって家出少女の失踪事件のことや“白い女”について語りながら、飲み屋の呼び込みや近づいてくる人々に話を聞く。
 ただ訊くだけでなく、自分が掴んでいる情報を織り交ぜて呼び水にすることで、雑多なノイズを濾過してより確かな情報だけを抽出していくのはさすがだ。
『こういうところは見習わなきゃね』
「とても同じことができるとは思えないけど……」
 調査に加われない鏡幻龍とイアルは、せめて怪しげな気配を探ろうと務めたが、表通りからはなんの気配も感じ取れなかった。
「ありがと、またね!」
 手を振って酔っ払いの一群を見送ったSHIZUKUが、カメラとイアルに目を向ける。
「“白い女”を見たって人はさすがにいないね。でも、いなくなった女の子の話はけっこう集まったかな」
 彼女はスマホに映し出した地図を拡大・縮小、最適な倍率に合わせてカメラに見せた。
「ここの路でひとり見たって話が8件あって、こっちの路でちがう女の子見たって話が5件あった。“白い女”の居場所、絞り込めそうじゃない?」
 SHIZUKUが示した路は、どちらも大通りを十字に貫く小路で、互いに50メートルほど離れてはいたが同じ側に伸びていた。
「どうする? その通り、順番に行ってみる?」
 カメラマンにたずねられたSHIZUKUは少し考え込んで。
「スマホは繋ぎっぱなしにして、あたしとイアルちゃんがそれぞれの路を探る」
「賛成できないわね」
 イアルが言い返す。この事件が危険だと言ったのは他ならぬSHIZUKUだ。彼女を守ることを承知した以上、責任を放り出すつもりはない。
「どの子もひとりっきりのときにいなくなってる。3人、しかもオトコ連れのあたしたちじゃ“白い女”は釣り出せないよ」
 SHIZUKUは真剣な表情をイアルに向けた。
「今夜事件が解決できなきゃ、ほかの夜にまた誰か消えることになる」
 それ以上返せる言葉は、イアルにも鏡幻龍にもなかった。


『いきなり人通り減った! なんかやばそうだけど、そっちはどんな感じ?』
 カメラマンを大通りに残し、そのカメラを手に小路へ入っていったSHIZUKUから連絡が入った。
「家出してきたんじゃないかって子は何人かいるけど、それだけね」
 こちらは予備のカメラを持ってもう1本の路を進むイアル。
『こちらに出る見込みはなさそうね。だってイアル、家出少女には見えないもの』
「そうね……」
 格好が格好だけに、夜の店へ出勤する“嬢”だと思われているらしい。すれちがう男たちが熱っぽい視線を浴びせてくる。
『SHIZUKUが心配だわ。あの子、オカルトを呼び寄せる質っぽいし』
「少しでも早く合流できるように急ぎましょう。SHIZUKU、ざっと回ったらすぐそっちに行くから――SHIZUKU?」
 繋ぎっぱなしにしているはずのスマホから、SHIZUKUの応えは返らない。
 イアルは駆け出していた。
 いくら質だからといって、呼び寄せるのが速すぎる!


 その女は白かった。髪も肌も瞳すらも。
 女はなにか言っていた気がする。しかしSHIZUKUはその内容を思い出すことができない。聞いているうちに意識が心地よくぼやけ、どうでもよくなってしまった。
 今はただ、女の白さしか見えなくて。次は触りたくてしかたなくなって。
 たまらずにSHIZUKUは手を出し、女の手を掴もうとした。が、女の手は少しだけ遠ざかる。あと少しで掴めるのに! 彼女はさらに手を伸ばして、それでも掴めず……路の奥へと進んでいった。

 気がつけば、誰もいない暗がりに引き込まれていた。
 でも、そんなことは気にならない。SHIZUKUにはもう、女の白い瞳しか見えていなかったから。
「あ」
 つと。SHIZUKUの手から逃げてきたはずの白い手が、彼女の頬へと伸べられた。
「ああ」
 頬をなでる、冷たくなめらかな掌。SHIZUKUは甘い息をついて女にしがみついた。力が抜けて、もう立っていられない。
 女の冷たい指がSHIZUKUの肌を這い、ついに顎の先を持ち上げた。
 ――あたし、食べられるんだ。
 SHIZUKUは陶然と顔を傾け、その唇を受け入れた。
 熱が唇から吸い取られて、代わりに蕩けるような冷気が吹き込まれてくる。
 恐怖はなかった。あるのは快楽が神経の途中でそのまま凍りついたかのような途切れない絶頂感。
 彼女は背を反り返らせ、ガシャリ。手からこぼれ落ちたカメラがアスファルトに落ちたときにはもう、心臓まで凍りつき、氷像と化していた。
 それを細めた目で見やった女は、できたばかりの像を壊そうと手を振り上げて……
「どうして雪女がこんなところに!」
 横合から跳び込んできたイアルのシールドバッシュで吹き飛ばされた。
『街にはいくらでも潜む場所があるし、獲物も次々迷い込んでくるもの。山より過ごしやすいんでしょう』
 応える鏡幻龍に、イアルは魔法銀のロングソードで“白い女”――雪女の氷弾を斬り落としながら叫んだ。
「あの子、助けられるんでしょうね!?」
『雪女が吸い取った命を消化する前に戻せればね』
 ビキニアーマー姿となったイアルはカイトシールドを掲げ、雪女が吹いた冷気を受け止めた。剣同様魔法銀で造られた盾は、鏡幻龍の加護をわずかながら顕現させ、イアルの身を守るが。
「く」
 盾の向こうから忍び寄る雪女の白い視線が、イアルの正気をじりじりと侵す。
『魅了の視線よ! 心を奪われる前に!』
 盾の裏に目を隠したイアルは突撃。ガツリと固い衝撃が盾とそれを構えた左腕を揺らしたが。
「――それじゃあだませない。固いだけで意志が感じられないもの」
 イアルは目を上げぬまま、剣を突き出した。
 驚愕と憎悪が沸き立つ場所へ――身代わりの氷塊を置き、後ろへ逃げた雪女の顔へ。
 イアルは突き立った切っ先を右へ、そして左へ薙ぐ。
 両眼を裂かれた雪女が声なき絶叫をあげ、よろめいた。
「終わりよ」
 体を反転させて放ったオーバースイングの一閃が、雪女の頭頂から股下までまっすぐ叩き斬り、絶命させた。


「やばい! これも放送できない!」
 カメラマンといっしょに騒ぐSHIZUKUを見ながら、イアルは苦いため息を漏らした。
 幸いSHIZUKUの命は消化前で、問題なく体に戻すことはできた。そう、できたのだが。
『まだ気にしてるの?』
「それは気になるでしょ……だって」
『口移しが今さらはずかしいわけ?』
 口から吸われた命は口から戻すのがもっともよろしい。それができるのはこの場にひとりしかいない。と、鏡幻龍に促されたイアルは、雪女の骸からあふれ出たSHIZUKUの命を自らの唇で吸い取り、口づけて戻したのだ。
「そうじゃなくて、その後がね」
 SHIZUKUは凍りつかされた瞬間の状態で解凍された。つまりはその……。
『それも今さらでしょう? 犬に噛まれたとでも思っておけばいいじゃない』
「噛んだのがわたしなんだけど」
 鏡幻龍とぶつぶつ言い合っていたイアルの前に、SHIZUKUが駆け込んできた。
「イアルちゃん! ……って、なにその顔」
 あまりにも普通な顔のSHIZUKUにアイドルの精神力ってやつを感じる。
「……なんでもない。で、なに?」
「このままだと番組になんないから、グルメとかもからめてくことになったよ。これからラーメン屋5軒ハシゴだから気合入れて!」
「え? ラーメン? 5軒? ってちょっと――」
 手を掴まれ、引っぱられるイアル。
 SHIZUKUの手のいつにない熱さに、イアルが気づくことはなかった。