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クリスタル・デザイア
14歳である。本来ならば、義務教育を受けていなければならない年齢だ。
こんなふうに危険な仕事をして賃金を得るなど、許されてはいない。法律に照らし合わせれば、IO2という組織は何らかの罪に問われるところであろうか。
IO2以外にも、しかし存在するらしい。労働をさせてはならない年齢の少女たちに、仕事をさせている組織が。
家出をしたり、事情があって親元に居られなくなったりといった少女たちの、保護。それを表向きの看板としている組織だ。言わば慈善団体である。
その組織の尽力によって、問題のある両親から解放され、幸福な自立生活を送っている少女は確かに大勢いる。
だが一方、そのまま行方知れずとなってしまった少女も少なくはない。
自分たちIO2ではなく警察の領分ではないのか、と茂枝萌は思う。
それでも、その組織に関して様々な事を調べ上げ、足取りを追い続けたのは、何やら臭いのようなものを感じたから、としか言いようがない。
ヴィルトカッツェの嗅覚に触れたのか、などと冷やかし気味な事を言いながら、IO2の上司は萌に単独調査行動を許可してくれた。
結果、萌は今、危険な目に遭っている。IO2は、義務教育年齢の少女に、危険を伴う労働をさせた事になる。
都内某所の、空きビルである。疑惑の慈善組織がここに事務所を構えている、はずであったが、萌が侵入した時にはすでに空きビルとなっていた。もぬけの殻、というわけだ。
いや。組織の職員とおぼしき女性が1人、残っている。
「IO2も人手不足が深刻と見える。こんな女子小学生にエージェントの仕事をさせるなんて……いや、よく見たら中学生かな? ねえ、可愛いお嬢ちゃん」
嘲笑いつつ、彼女は指を鳴らした。
もぬけの殻となったフロアの各所で、物陰からヌッと姿を現した男たちがいる。
ざっと数えて20名近く。病人あるいは死人の如く青白い全身で、ステロイドを打ちまくったかのように筋肉を膨張させた、健康なのか不健康なのか判然としない男たちである。
「まあ小学生だろうが中坊だろうが、こいつらは可愛い女の子が大好きでねえ……せいぜい楽しく、遊んでもらうといい」
青白い巨漢の群れが、萌を取り囲む。
見ればわかる。全員、人間ではない。人間ではないが、男であった。
男の証たるものを生やし、隆々と屹立させている。
彼らの目的は明らかだった。見開かれた目はギラギラと血走り、劣情を漲らせている。
劣情そのものの眼光が、全方向から萌の小柄な細身を舐め回す。
光学迷彩服を可愛らしく膨らませた胸と尻、スリムに引き締まった脇腹と太股。
いささか凹凸には乏しいボディラインを、視線でなぞり回すだけで満足するはずもなく、青白い大男たちが一斉に襲いかかって来る。
ホムンクルス。
イアル・ミラールを拉致した者たちが、先兵として使役している生き物。
彼らの劣情漲る突進を、青白い豪腕を、まるで通行人でも避けるかのように萌はかわした。
右手で、高周波振動ブレードを抜き放ちながらだ。
青白い巨体の群れが、滑らかに食い違いながら倒れ、崩れ落ち、床にぶちまけられる。
ホムンクルスは1体残らず、斬り刻まれていた。
「な……何……? 何だ……」
組織職員の女が、絶句・硬直している。
「何だ……一体、お前は……」
「ヴィルトカッツェ。単なる、野良猫だよ」
ブレードを彼女に突きつけながら、萌は言った。
「野良猫の爪で頸動脈、掻っ切られてみる? 切られたくない? それならちょっと質問に答えてもらおうかな」
ホムンクルスは、錬金術師が作らなければ生まれない。
生殖で増えるわけではないのである。ゆえに性別など存在しない、はずであるのだが。
「出来上がるホムンクルスって、どういうわけか男って言うか牡ばっかりなのよねえ。何でかしら」
「精液が原料だから、でしょうか……もしも、牝のホムンクルスを作り出す事が出来れば」
「……ホムンクルスが、自分らで勝手に殖えてくれる? 役に立つかどうかはわからないけど面白そうね」
「牡のホムンクルスは、男の精液を原材料に生まれてくるもの。ならば牝のホムンクルスは」
女錬金術師の1人が、部屋の片隅に立つ水晶の女人像に目を向けた。
「女の精液から生まれてくる、かも知れないわね」
ありえないものが、自分の身体から生えている。
イアル・ミラールは呆然と、それを感じていた。
水晶と化した全身。その下腹部の辺りのみ水晶化を解除され、なおかつ何やら細工を施されている。女錬金術師たちの手によってだ。
いかなる細工であるのかは、わからない。
ただ、イアルは痙攣していた。
衝撃に弱い水晶の身体が、砕け散ってしまいかねないほどに振動している。
錬金術師の細工によって生えてきた、ありえないもの。
それは、快感の塊であった。
女錬金術師たちの優美な繊手が、綺麗な唇が、柔らかく豊かな胸が、イアルのそれを弄り回し、ねぶり吸い、包み挟む。
快感の塊が、何度も何度も爆発し、汚らしいものを噴射した。
「うわっ……また出て来たよ、こんなに大量に。本当、欲しがりな身体だねえ」
「どう? 使えそうかしら」
「……駄目ね、やっぱり牡のホムンクルスしか作れないわ。でもね、見て? 何かキラキラしたものが混ざってるでしょう」
「これは……鏡幻龍の、魔力?」
「そう。イアル・ミラールの、力の源よ……ふふっ。ねえ、どうかしら? 自分の全てを、快楽で搾り取られる気分は」
いつの間にか、イアルは生身に戻っていた。ありえないものを生やしたままだ。
水晶化から解放された全身が、しかし得体の知れぬ呪いのようなものに支配されている。
呪い、にも等しい快楽だった。
「許して……」
吐息の溶け込んだ声を漏らすのが、イアルは精一杯だった。
「も……もう……許してぇ……」
「私たちは何もしていない。お前が、勝手に感じているだけさ。だらしなく快感に溺れながら……大事な大事な鏡幻龍の力をね、こうやって垂れ流しているんだよ。私たちは、それをすくい集めるだけ」
女錬金術師たちが、優雅に嘲笑っている。
「お前はもう、鏡幻龍の巫女じゃあない。その資格を失った、単なる牝犬さ」
嘲り言葉が渦巻く中、イアルの自我は崩壊してゆく。
壊れてゆく心に1つだけ、思いが浮かぶ。
(私の、身体に生えた……この、ありえないもの……)
思い、と言うより、それは欲望だった。
(萌……これで……貴女を……)
イアル・ミラールは、抜け殻と化した。
所々がひび割れた、単なる水晶の像として、壁際に放置されている。
「ぼろぼろになっちゃったねえ。こんなんじゃ売り物にもなりゃしない」
「鏡幻龍の魔力も、搾り尽くした事だし。粉砕して、何かの材料にしてしまいましょうか?」
「待って」
錬金術師の1人が言った。何かに、気付いた。
「この臭い……わからない? 微かな、獣臭さ……」
「ああ、気のせいじゃないみたいね」
「恐らくは、魔女結社の連中が何か仕込んでいる……」
水晶の廃棄物となりかけたイアルの身体を、錬金術師たちの含み笑いが撫でてゆく。
「あの愚か者どもにしては、面白い事をしてくれる……この水晶のガラクタ、もう少し使い道がありそうね」
ガラクタ、と評されたものの中で今、禍々しいものが息衝いている。目覚めようとしている。
それは、獣であった。
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