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<東京怪談ノベル(シングル)>


―空想世界の屋台骨・2―

 先のアップデートが告知されてから数カ月。基本的にはログイン中の時間経過が大幅に圧縮され、長期間ゲーム内に滞在していても、実際の時間経過は僅か。ゲーム内での24時間が現実の30分に相当し、しかもそれが安全に制御されていると明確に保証された事で、ユーザーの平均的な滞在時間も大幅に延長された。
 それが故、ゲーム内では宿屋が大繁盛したり、これまでには無かった『定住者』までもが現れると云う、開発チームとしても予想し得なかった現象が起こりつつあった。
「……これ、どう見てもアパートだよね」
「うん……という事は、此処に済んでる人が居るって訳で……」
 その様を、何とも言えない表情で眺める一組のカップルが居た。幻獣ラミアに扮する少女・海原みなもと、ウィザードに扮する少年である。
「このゲームって、多種多様な楽しみ方が出来るのが魅力だけど……」
「まさか、こういう展開になるとは思ってなかった。クエストやクリアに執着しないのは俺たちも同じだけど、何か違うよ」
 そう。彼らはマイペースにゲーム内で『現実では味わえない』冒険や狩猟、時には軽い戦いを楽しんでいる。それらは、熱心にスコアを重ね、上位種族への進化を狙い強敵に挑むと云う『本来の楽しみ方』をしているヘビーユーザーから見れば『温い』ユーザーと云えた。しかし……それらともまた違う、第三の用途がゲーム内に浸透していたのだ。
 彼らもまた、ヘビーユーザーに変わりは無いだろう。だが、強敵を御する事を目的とし、自らを鍛えたり、洞穴内を探索したりする為に長期間滞在しているユーザーとは違い、彼らはそこで『生活』を営んでいるのだ。
「そう言えば、今までには無かった種族が増えたよね」
「だね。どちらかと云うと戦闘向きではない、人型に近いキャラが圧倒的に多くなった気がするよ」
 ウィザードの言の通り、これまでのように『強さを追求した』幻獣や神獣の姿を纏う者が、段々減って来ているのだ。代わりに台頭しているのが、人型フォルムを崩さず、最低限の魔力と戦闘術を備えただけの、どちらかと云えば『精霊』に近い種族とそれに対して与えられる職種であった。
 例えれば、エルフタイプのキャラに船頭や猟師、調理師や理髪師などの職種を組み合わせるパターンの出現である。これまではNPCが担ってきた役割を、PCが自ら行うようになっており、挙句の果てには街づくりまで行っているのだから驚きだ。
「ここまで様相が変わっちゃあ……運営も大変だね? ネット中毒の人なんか、時間を忘れて入り浸ってそうだよ」
「あー、その辺は大丈夫みたいだよ。長期滞在のユーザーを監視したりして、現実の12時間を超える滞在者には警告が出るようになってるみたいだから」
 注釈を入れて来たのは、ガルダに扮する少女――瀬名雫であった。彼女はゲーム事情を俯瞰的に観察し、運営・開発者サイドから情報を仕入れるのが得意なようだ。
「ログインのタイムスタンプを、ユーザーごとに見張るの?」
「うん。でも、それは新規に導入された人工知能……AIの役割みたいだよ」
「成る程、人間がやるよりも正確で漏れが無いかもな。寧ろ人間は、苦情対応や不具合の調整に回らなければならないからね」
 そう。システム更新やユーザー間のトラブル解消は人間の手で行う必要があるが、ログイン・ログアウトのタイミング監視やログイン人数の把握、危険エリアへの接近警告など、自動化できる部分の処理はAIの方が優れている。
 なお、AIと言っても、案内役の魔女や、街中に居るNPCのような擬人化はしていない。声はすれども姿は見えず、と云う奴である。
「でもさ、それって『人間だけでは管理しきれない』状況になったって事でしょ? 危なくないのかな?」
「んー……今のところ、何とも言えないかな。まぁ、争いも起こらず平穏な社会が築かれているし、大丈夫なんじゃない?」
「そうそう、危なくなったら運営がストップを掛けるよ。その為の『神様』でしょ?」
 それはそうだけど……と、一抹の不安を隠しきれない様子のみなもと対照的に、ウィザードと雫は明るかった。無論、彼らとて心配していない訳では無い。が、それは自分たちの仕事ではないよと、割り切っているのだ。
「ま、見守ろうよ。今現在でもかなり面白い事になってるし、これからどうなるか楽しみじゃない?」
「ゲームの方向性、ますます分からなくなって来たね」
 苦笑いを浮かべるみなもを、雫たちがフォローする。この光景も、最早『お約束』になりつつあった。

***

「……街、ってよりは『都市』だね」
「あぁ……予想を遥かに越える発展速度だ、段々と俺たちの居るリアル社会と変わらなくなって来てる」
 まず、みなもが感嘆の言葉を漏らし、ウィザードがそれを補足する形で纏める。然もありなん、驚くなと云う方が無理なのだ。
 今までも、確かに数階建ての建築物は存在した。しかし、いま彼らの目の前には、コンクリート造のビルが立ち並んでいるのだ。丁度、高度成長期時代の日本をリアルタイムで見ているような、そんな錯覚に囚われる程であった。
「確か24時間滞在してログアウトすると、リアルでは30分経っていたから……」
「計算すると、一か月で約4年……街が都市になってても不思議じゃない時間が、ゲーム内では過ぎる訳だ」
 みなもが指折り数えながら、リアル時間とゲーム内時間の相対性を関連付けようとしていたところに、ウィザードがそこから求められる時間経過を計算して弾き出した。
 実際に都市計画を立てて一つの街が出来上がるまでには、最低でも数年単位の歳月が必要になるだろう。だが、ゲーム内ではそれがたったの一カ月で実現できてしまうのだ。
 それだけではない。開拓を進めるマニアたちは、世界の奥地へとその手を広げ、恐るべき速さでマップ上のあらゆる秘境が、どんどん暴かれていくのだった。そうなるとゲームとしての面白みが減ってしまうので、運営側も対応してマップを拡張したり、新種のエネミーを登場させたりする。その必死な様は、沈着冷静さが売りのウィザードの思考さえも麻痺させた。
「ハマってる人は、どんどん新しいスキルを身に付けていくけど……」
「マイペース組との差が歴然とし過ぎちゃったね。これは苦しいよ、いざバトル展開になったら」
 みなもの懸念に、ウィザードが呼応する。考える事は同じ、どちらも総ログイン時間の差がレベルの違いとなって表れているのを、畏怖の念で見ていたのだ。が……一人だけ違う反応を示す者が居た。
「いや、それは無いんじゃないかな?」
 雫である。その反応を見た二人は、自ずとその理由が知りたくなり、思わず詰め寄った。
「何で、そう思うんだ?」
 然も、心配を隠せないと云った風なウィザードに、苦笑いを浮かべながら雫は答えた。
「だって、確かに連中は長いこと駄弁ってレベルは上がったよ。でも、それで得たスキルって、バトルに関係ない奴ばっかじゃない。アンタ前に、自分でそう言ってたでしょ」
「あ……」
 そう。ヘビーユーザーの多くは、新たに拡張された機能を満喫する事に夢中になり、これが何のゲームなのかを忘れて其方に没頭していたのだ。
 真に恐ろしいのは、この長大な時間を利用して鍛錬に明け暮れたヘビーユーザー達なのだが、彼らの存在は歪んだ方向へ邁進するユーザー達の行動に包み隠されていたのだった。

<了>