コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


満ち足りた器(6)
 彼女はまるで水のようだ。仕草は流れるように華麗であるし、このような戦場の中にいるというのに汚れどころか返り血一つその体につける事はない。
 何体もの敵を相手にしているというのに、卑怯な手を使う事は一切なく正々堂々と正面から確実に倒していく様は透き通った美しさを感じた。敵がいくら目の前へと立ちふさがろうが、ほんのすこしの隙さえあれば彼女はそこをかいくぐり相手の喉元へとナイフを突きつける。そして、いくらその姿をとらえるために敵が躍起になって手を伸ばそうが、その手は彼女の艶やかな髪の毛一つ掴む事は叶わないのである。 
 しなやかで動きで琴美は戦場を支配していた。信者達が一斉に攻撃を仕掛けようとも、琴美は跳躍しそれを避ける。そして、相手の背後へと降り立てばその身体へと拳を叩き込むのだ。
 風に愛されているかのように彼女の一撃は素早く、それでいて少女の全力がこもっているために力強い。一撃でのされた信者が、また一人地面へと伏せる。
 そして、それと入れ替わるように一体のアンドロイドが起き上がった。信者を倒せば、その魂がアンドロイドへと乗り移り鉄のゾンビのように琴美へと襲いかかり始める。先程からこの繰り返しだ。
「けれど、相手が何人だろうが、何体だろうが関係ありませんわ!」
 凛とした声で、高らかに少女はそう告げる。彼女にとって、今自分がとるべき行動はたった一つだ。目の前に立ち塞がる敵を全て倒す。ただそれだけ。頭の切れる彼女だが、今は難しい事は考えずに戦いへと身を投じている。故に、動きは自然で軽やかであり、攻撃パターンを相手に読み取られる事もなかった。
 今まで蓄えた経験と知識を頼りに、半ば反射のように琴美はその場その場で悩む事すらなく適切な攻撃を繰り出していく。
 はたと気付いた時には、リーダーであった男の側に立っている者は誰もいなくなっていた。あんなにいたはずの信者は全て倒れ伏し、アンドロイドももう壊れてしまい動く事はない。
「ば、馬鹿な……私達の神が、ただの一人の女に負けるわけが……!」
 驚愕に満ちた顔でそう嘆いた男は、恨みを込めた瞳で琴美の事を見やる。その人を魅了してやまない身体を、まるで舐めるようにすみずみと男の視線が撫でた。
 不快げに琴美は眉を寄せ、一歩一歩男へと近づいていく。床を叩くロングブーツの音が、男が死へと向かうカウントダウンの代わりとなり周囲へと鳴り響いた。
「く、くるな! 人間ごときが、我々の計画を邪魔しおって!」
 それでも、男はみっともなくわめき、琴美の事を責め立てる。しかし、琴美が自分のすぐ前に立った時、男は怒鳴る事すら忘れ息を呑んだ。
 男は神様を作ろうとしていた。アンドロイドに人の魂を入れれば、恐らく完璧なる存在が作れるのだろう、と信じて疑わなかった。けれど、その全てが間違っていた事をようやく彼は思い知る。
 本当なら抵抗をするはずだった動きを止め、命ごいをするはずだった口をぽかんと開け、男はただただ目の前にある美に見惚れた。やがて、その唇からは力なき声がこぼれ落ちる。
「ああ、そうか……。神は、もうすでに……この世にいたというのか……」
 目の前に立つ少女。それは美しく、強く、気高く……それでいて、ただの人である男には決して手が届かない存在のように思えた。――そう、まるで、女神様のように。
 かくして、女神の如き少女の一撃は、戦意を失った男へと裁きを下すかのように叩き込まれた。

 ◆

 街は平穏を取り戻す。アンドロイドの暴走事件はなくなり、世界へと日常が返された。
 アンドロイド達は、今日もそれぞれの仕事に励んでいる。
 心はない。無論、神様でもなければ人間ですらない彼等。しかし、彼等には彼等にしか出来ない事があり、彼等にしかない思いのようなものもきっとあるのだろう。
「そう、魂などなくても彼等には彼等の……信念がありますのに」
 アンドロイド達は、今日も満ち足りた顔で業務に励んでいる。そんな彼等を見る琴美の顔もまた、晴れ晴れとしていた。なにせ、彼等の事を、この街の事を守ったのは他ならぬ彼女自身であるのだから。

 どこかご機嫌な様子で、美しき少女は街を歩いて行く。休日は好きだ。任務が成功した後なら、殊更である。
 けれど、まるで彼女を呼び止めるかのように、通信機が着信を告げる音が鳴り響いた。司令からの通信。つまるところ、また何か琴美に請け負ってほしい任務があるという事だ。
「全く、昨日の今日だと言いますのに……」
 桃色の口唇を開き、そうぼやく琴美の表情には吐息と共に吐き出された言葉とは裏腹に不満の色はない。
 次の敵はいったいどんな敵なのか。否、どのような敵であろうとも、必ず自分が倒してみせる。
 満ち足りた思いを胸に、琴美は通信機の向こうの司令に対して頷いてみせた。