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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 殺意のブレスレット


「やぁ、いらっしゃい。導かれたか……いや、引き取り手を探してきたのかな?」
 店主碧摩・蓮は入店してきた少女に声をかける。
「あの、引き取りではなく、その……」
 長い金色の髪に緑の瞳を宿したその少女は、10代後半くらいだろうか。清楚な服装で物腰柔らかく、姿勢の良い彼女の発する声は美しい。
「おや? 違ったか」
「ここに、力の強いお守りみたいなものは有りますか?」
「ん?」
 少女のその言葉に眉をピクリと動かした蓮。咎められたと思ったのだろうか、少女は慌てて頭を下げた。
「す、すいません。私、此花・譲羽 (このはな・ゆずりは)といいます。昔からときどき、突然熱を出したりだるくなったり手足が動かなくなったりするのですが、病院にかかってもどこも悪く無いと言われるんです……だから、強いお守りみたいなものがあると、少し、安心できるかなって……」
「ああ、なるほどね。お守り――タリスマン的なものは色々あるけど、あんたに合うものを探さなくちゃいけないからいくつか質問していいかい?」
「はいっ」
 聞くところによると譲羽は学校に通う傍ら声楽家としても活動しており、時折起こる原因不明の不調で周りに迷惑をかけてしまうことを申し訳なく思っているらしい。とはいえ原因が不明なのだから自衛は難しく、お守り的なものに頼ろうと思ったのだそうだ。
「最後にもう一つ。今あんたがつけている金古美のブレスレットは自分で買ったものかい?」
 蓮が彼女が入店してきた時から気になっていたのはそのブレスレットだった。てっきりそれを引き取って欲しくてきたのだと思ったのだが。
「いえ、これは、ファンの方から送られてきたプレゼントなんです」
 そっと左手首のブレスレットに触れて、譲羽は微笑んでみせた。

 *------*

「というわけだ」
 前日に譲羽と交わした会話を語って、蓮は煙を吐いた。店内には美しい歌声が響いている。聞けば彼女のCDを買ってみたらしい。
「彼女にはとりあえずただの硝子でできた玉を渡した。問題は、彼女がつけていた金古美のブレスレットだ。あれには持ち主をじわじわと死に至らしめる呪術がかかってるね」
 彼女は気がついてはいないが、守護霊が彼女によってくる雑霊を防いでいるのだろう。だが守護霊の力はそれほど強くなく、ブレスレットの呪術を防ぐことはできないらしい。蓮の見立てでは、長くそのブレスレットをつけていては守護霊のほうが消滅させられてしまい、彼女は雑霊を取り込んでしまうだろうとのこと。
「今うちにあるタリスマンはちぃと個性的でね。あのブレスレットの呪術とぶつかるとまずい。彼女には明日またここにくるように伝えてある。それまでに彼女からブレスレットを引き離してほしい。彼女自身にここに引き取りにこさせるのでも良い。方法は問わない」
 そう言うと、蓮は彼女から聞いた今日のスケジュールのメモを差し出した。



「最初からそのブレスレットが怪しいから、外せって言っちゃ駄目だったの?」
 スケジュールのメモを受け取りながら蓮にまっすぐ尋ねるのは、清水・コータ。そんな彼に蓮は煙をくゆらせながら答える。
「ファンからのプレゼントがそんな厄介な物体だったって知ったら、心痛めるような子のように見えたからね。それに」
 蓮は思わせぶりに言葉を切り、そのきれいな足を組み直した。
「こんな店をやってるあたしがそんなこと言ったら、ブレスレット狙いの上、代わりに高いものを売りつけられそうに見えるだろ?」
 アンティークショップを経営している以上、相手は蓮のことを目利きができる人物だと思うだろう。そしてその人物が言葉巧みに自分の装飾品を狙っている――それは価値のあるものだからだ、そう思われる可能性も確かに高い。
「ま、そんなふうに思う子には見えなかったけどね」
(だったら言ってしまえばよかったのに)
 蓮の言葉にコータは内心そう思う。だが、普通の人物がいきなり、不調が身につけているアクセサリにあると言われても、信じられないのは納得できる。けれども彼女はそもそも『そういった力のある物』を求めてきたのだから、信じてもらえる可能性は高そうに思える。
「ま、やり方は任せるよ」
「うーん、そうだなぁ」
 物理的にも精神的にも彼女を傷つけるのは本意ではない。コータとしては平和的に解決したいのだが。
 コータは彼女のスケジュールのメモと店にある時計の時刻を見比べて、「じゃあ行ってきます」と店を出た。



 時刻は高校生の終業時刻よりはいくらか早い。けれども彼女はひとり、いそいそと校門脇の通用門から出てきた。コータは少し離れたところからそれを確認すると、彼女が進む方向へ、怪しまれないよう間隔を開けて歩き出した。
 蓮が聞き出した彼女のスケジュールによると、彼女は昼食後に学校を早退してレッスンへと向かい、そのまま劇場でのリハーサルにはいるという。特に学校に迎えが来ていないのは、彼女が断っているからだとか。けれどもこのまま頻繁に外で体調が悪くなって遅刻するようなことがあれば、契約している事務所の送り迎えという名の看視がつくだろうということだった。
(聞く耳持ってくれればいいけど。まあ、蓮の話によれば、おとなしそうな子だっていうし)
 一方通行の狭い道、彼女はカバンを手に歩いて行く。向かいから、車が近づいてくることがわかった――その時。

 ぐらっ……。

 彼女の身体が不自然に揺らいだ。それも、車が来る方へと。

「危ない!」

 コータは持ち前の敏捷性を活かして彼女との距離を一気に詰めると、傾いだ肩を抱いて思い切り引き戻した。反対の腕で彼女の身体を受け止める。おもったよりも華奢だ。
 車は威嚇するようにクラクションを鳴らして、そのまま走り去っていった。
「大丈夫?」
 コータは譲羽を支えたまま、彼女に尋ねる。彼女の四肢からは力が抜けていて、覗き込んだその顔は非常に青白かった。
「……だい、……ぶ、で……あり、……とう……」
 とぎれとぎれに紡がれるその声はか細く。大丈夫だと言っているようだがどう見ても大丈夫には見えない。
「体調悪い? どこか座れる所探そうか?」
 問うても彼女はうまく返事ができないようで、詫びの言葉を紡ぎかけて小さく頷くだけしかできなかったようだ。
「ちょっとごめんね」
 そう告げると、コータは彼女のカバンを拾い上げ、そして彼女自身を抱き上げた。思ったよりも軽い、なんて言ったら失礼だろうか。でも一瞬そう思ってしまったのだから仕方がない。
(たしかこの近くに公園があったはず)
 同時にこの近くの地理も調べておいてよかった。彼女を揺らさないように注意しつつも素早く公園に移動したコータは空いているベンチに彼女を横たえた。
「ちょっと待ってて」
 告げて水飲み場で濡らしてきたバンダナを彼女の額に乗せた。まだ水は冷たいが、気分が悪いなら多少はスッキリするかもしれない。
「……すみま、せん。少し……休めば、治ります、から……」
「……いつもこんな感じなの?」
「……え」
 呟くように絞り出したコータの言葉。それは彼女があまりにも苦しそうで、でもきちんと助けてくれた相手のことも気にかけることができる人物だから、どうしても気になったのだ。いつもこんな風に人に迷惑をかけているのかという責める意味の言葉ではない。逆だ。いつも自分が苦しいのに、他人に迷惑をかける事に胸を痛めているのか、そんな気持ち。
(だったら、彼女は本当のことを知ったほうがいいよ)
 コータは彼女の頭側の空いているスペースに腰を掛け、少しの間黙った。けれども決意は変わらない。
「此花譲羽ちゃん……だよね。俺、アンティークショップ・レンで話を聞いたんだ」
「あ……昨日私が行ったお店、ですね? でも、お店に伺うのは明日、だったはずでは」
「うん、それはそうなんだけどね。なんかさ、具合が悪いのもそれのせいなんだって」
 と言ってコータが指したのは、譲羽の手首にはまっているブレスレット。
「でも……昨日店主さんは何も……」
「あー、それは、明日此花ちゃんが来た時に言おうと思ってたみたいでさ。でも、今の此花ちゃんを見てたら、黙ってられなくて。それ、引き取ってもらってどうにかしてもらわない?」
「でも、これは……」
 彼女は弱々しい動きで、ブレスレットをはめた手首を反対の手で触れる。彼女がためらう理由ももちろんコータは知っている。そしてこのブレスレットが彼女の手に渡ったのは、過失ではなく故意であろうとなんとなく思っている。でも、それをそのまま伝えるつもりはなかった。だって、彼女を傷つけるつもりはないのだから。
「ファンからのプレゼント、なんだよね? でも、ほら、贈ってくれた人も此花ちゃんがそんな目に遭ってるって知ったら悲しむしさ」
「……」
「俺の言ってることが嘘かもしれないって思うなら、試しに暫くの間、あの店の店主に預けてみるっていう手もあるよ。もしそれで体調が改善したら、それはそれでいいことだし」
「……そうです、ね。確かに、あなたのおっしゃるとおりだと思います。試して、みます」
 譲羽は器用にブレスレットを外した。その時、カバンの中で何かが振動する音が聞こえて。
「あっ……レッスン……どうしましょう、私、今日はお店まで行けなくて」
「じゃあ俺がそれを預かって、責任持って店主に渡しておくよ。明日店に行った時に、俺がちゃんと渡したか、店主に聞いて」
「はい、じゃあ……お言葉に甘えて」
 譲羽はゆっくりと起き上がり、ベンチに座りなおす。そしてブレスレットをコータの掌へと乗せた。
「バンダナ、ありがとうございます。洗って返しますね」
「別にいいよ、気にしないで」
「いえ、助けていただいたお礼もありますから、明日お店に行った時に店主さんに預けておきます」
 彼女の真剣な緑色の瞳に見つめられて、あまり固辞するのも彼女を傷つけるかなと思ったコータはその提案を飲むことにして。
「タクシー呼ぼうか」
 公園の入口にタクシーを呼び、彼女が乗って車が走り去るのを確認して、蓮の元へと向かった。



 再び、アンティークショップ・レンへと戻ったコータはカウンターに譲羽から預かったブレスレットを置いて、一部始終を話した。蓮に明日、話を合わせてもらわねば困るからだ。
「確かに受け取ったよ。仕事が早くて助かる」
 蓮はブレスレットを手にし、じっと見つめて「やっぱりこれだ」などと呟いていて。
「彼女がバンダナ持ってきたら、置いておいてください。そのうち取りに来るんで」
「わかったよ。律儀だね」
 特に思い入れのあるバンダナというわけではない。ただ偶然に今日持っていただけだ。けれどもなんとなく、彼女の好意を無にすることははばかられただけである。
「茶くらい出すが、一休みしていくかい?」
「じゃあ、一杯だけ」
 そう答えてコータは手近な椅子に腰を掛けた。






                  【了】




■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【4778/清水・コータ様/男性/20歳/便利屋】


■         ライター通信          ■

 この度はご依頼ありがとうございました。
 初めて書かせていただくので、とても緊張しながら書かせて頂きました。
 余分に時間を頂いてしまい、申し訳ありません。
 ありがたくも平和的解決を望んでくださったため、このような形になりました。
 故意で贈られてきたものだとはおっしゃらなかったこと、譲羽の気持ちを汲んでくださったのかなとありがたく思いました。
 少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
 この度は書かせていただき、ありがとうございました。