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<東京怪談ノベル(シングル)>


君はtough girl(1)

 力こそが正義。
 良い時代になったものだ、と水嶋琴美は思う。
 このような輩を、好きなように扱う事が出来る。どう扱っても、咎める者はいない。
「こっ、このクソ小娘がぁあああ!」
「もう許さねえ。大人しくしてりゃ、生かしといて末長く可愛がってやったのによぉお」
「決定! この場でヤり殺す!」
 野獣のような男たちが、あらゆる方向から猛然と群がって来る。
 棍棒、剣、斧、鎖分銅。様々な武器が琴美を襲う。
 優美な左右の五指で、2本のクナイを握り込んだまま、琴美は身を翻した。
 丈の短い衣服を巻き付けた身体が捻転し、凹凸のくっきりとしたボディラインが竜巻となる。
 艶やかな黒髪が弧を描き、豊かな胸の膨らみが横殴りに揺れ、そして2本のクナイが閃いた。
 棍棒が、剣や斧が、超高速で受け流されて火花を散らす。巻きつこうとする鎖が、ことごとく切断される。
 焦げ臭い火花や、鎖の破片が舞い散る中、琴美の両脚が左右交互に躍動した。柔軟な筋肉でムッチリと膨らんだ太股が、短めのスカートを押しのけて跳ね上がる。
 ロングブーツをまとう両の美脚が、群がる男たちを薙ぎ払った。
 斬撃のような回し蹴りが、男の顎を粉砕する。鋭利な爪先が、男たちの人中や水月に突き刺さる。踵が、膨れ上がった金的を叩き潰す。
 死の竜巻、とも言うべき躍動を琴美がフワリと停止させた時。男たちも、動きを止めていた。ことごとく、倒れてゆく。
 全員を即死させてやるつもりだったが、半数近くがまだ死にきれておらず、砕けた顎や股間を押さえて苦しみのたうち回っている。
「私も、まだまだ未熟という事ですわね……」
 琴美は身を屈めてクナイを遣い、1人1人、丁寧にとどめを刺していった。
 父ならば、全員を助けてやった事だろう。治療を施し、養生をさせ、穏やかに説教をして、この男たちを改心させようとしただろう。
 琴美は、唇を噛んだ。
(馬鹿なお父様……そんな事だから、殺されてしまうのですわ!)
「た……助けて……」
 男の1人が、わかりやすい命乞いを始めた。
「ヤり殺すなんて嘘です、綺麗なお嬢様ぁ……あっ貴女があんまり美しいから、ちょっとからかってみたくなったんですよう……」
「私が美しいのは当たり前。お世辞にもなっていませんわね、それは」
 男の首筋にクナイを突きつけたまま、琴美は言った。
「助かりたい? でしたら、私の質問にお答えなさい」
「な、何でも答えますから命だけは」
「貴方がたを従えて、お山の大将を気取っておられる……格闘神という方。今、どちらにいらっしゃいますの?」
「あそこです!」
 即答しつつ、男は指差した。
 巨大な瓦礫と化した、ビルとビルの間。廃墟の中心部に聳え立つ、城郭の如き建造物。
 そこに人差し指を向けたまま、男は喚いた。
「ほら、あの『死の塔』とか言われてるバカでかい建物! 格闘神の野郎、あそこのてっぺんで踏ん反り返ってやがるですよ! そう悪いのは全部あいつ! 俺たちだって、あの野郎さえいなきゃあもっと清く正しく世のため人のため」
 琴美はクナイを振り下ろし、男を永遠に黙らせた。
「死の塔……見ればわかるに決まっているでしょう? その最上階に鎮座まします格闘神。子供でも知っている事ですわ」
 艶やかな黒髪に彩られた美貌が、返り血にまみれながらニヤリと歪む。
 琴美のこういう行いを、叱り戒めてくれる父は、もういない。
「お父様のせい、ですわよ……叱って下さる方がいないから、私の心は荒む一方……」
 禍々しい威容を誇示する『死の塔』を見据えながら、琴美は思う。
 力こそ正義。本当に、素晴らしい時代になったものだ。
 復讐を止める者がいない。復讐を禁ずる法律が、存在しない。
 自分に何かを禁ずる資格を持っていた唯一の人間は、もういないのだ。
「お父様の……馬鹿……ッッ!」


 死屍累々、と言うべき光景だった。
 群がる敵どもを全て屍に変え、覇道を歩んで来たのが『格闘神』であり、その配下たる俺たちだ。
 だが今、屍山血河を作り上げながら歩を進めて来るのは、1人の小娘である。
 まだ少女と呼べる年齢、に見える。そして美しい。こんな世の中では、慰みものとして男に飼われるくらいしか生きる道のなさそうな娘。
 ここ『死の塔』の門を守る番兵どもが、しかし1人残らず、そんな小娘の手にかかって無様な死体に変わり、だらしなく倒れている。
 隊長である、俺の責任になるだろう。
 何としても、この小娘を叩き潰さなければ、俺が格闘神に殺される。
「正義の味方気取りのバカどもが……今まで何百人来やがったのか、もう覚えちゃいねえ」
 言いつつ、俺は身構えた。オーソドックス・スタイル。左のジャブで相手を牽制しながら、右で何かしら大きな一撃を叩き込む。奇をてらわない、この戦い方で、俺は一時チャンピオンベルトを射程内に捉えたものだ。
 あの戦争が起こる前の話である。
「どいつもこいつも、俺がミンチに変えてやった……女が来たのは初めてだが、俺ぁ男女差別はしねえ主義でな」
「結構。ミンチに変えていただこうかしら」
 小娘が微笑んだ。左右それぞれの手で、大振りのクナイを構えながら。
「その前に、私が貴方を鱠にして差し上げますわ」
 あの戦争で、文明と呼べるようなものはほとんど失われた。銃火器、爆弾、化学兵器……そういったものを作り出す技術は、もはやない。刃物や棍棒で殺し合う時代に、人類は逆戻りを遂げたのだ。
 そんな時代を、俺はこの拳2つで生き抜いてきた。
 それを格闘神に認められ、今はそこそこ良い暮らしをさせてもらっている。
 その暮らしを守るためには、格闘神の番犬として戦い続けるしかないのだ。
 俺は、フットワークを使い始めた。
 階級は、デビュー時からずっとヘビーである。
 俺の全身では重量級の筋肉が隆起しているが、その重い筋肉の躍動が、身軽さとスピードをもたらすのだ。速度においても、俺はフェザーやバンタムの連中に負けた事はない。
 ゆらりと歩いて来る小娘に向かって、俺は踏み込み、ジャブを繰り出した。何日か前にやって来た救世主気取りの男は、この1発だけで顔面が飛び散っていたものだ。
 そんなジャブを、2発、3発と叩き込む。
 小娘の綺麗な顔が、細い身体が、砕け散って消えた。
 残像だった。
「てめ……っ!」
 振り向きながら、俺は右フックを放った。コンクリートを粉砕した事もある一撃が、小娘の残像を薙ぎ払う。
 ふわふわと、俺をおちょくるように躍動する小娘の姿が、いくつも見える。
 それらが一斉に襲いかかって来る。何本ものクナイが、様々な形に一閃した。斬撃、刺突、その中間。
 襲い来る残像のいくつかを殴り潰しながら、俺は宙を舞っていた。
 否、俺の身体は地面に立っている。だが首から上が見当たらない。
 首のない身体が、ずるり、と縦に何層にも食い違ってゆく。小娘が宣言した通りの、鱠切りである。
 頭部だけになって地面に転がる俺を、小娘が見下ろす。そして微笑む。
 これほど美しく、冷たく、禍々しい笑顔を、俺は見た事がなかった。
 この女は、格闘神よりも禍々しく残忍だ。格闘神を、倒してしまうかも知れない。
 何の根拠もなく、俺はそう直感していた。
 それきり俺を一瞥もせず小娘は、足取り軽やかに死の塔へと踏み込んで行く。
 万が一、この女が格闘神を倒し、その地位を奪う事になれば。死の塔の新たなる帝王として、君臨するようになれば。
 この世は、今よりも遥かに恐ろしい地獄と化す。
(駄目だ……!)
 それが俺の、最後の思考であった。