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不思議な布は眠りを誘う
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そこは艶めかしい店長と、可愛らしい売り子のいる魔法薬屋。その前に、身体の半分以上が隠れてしまいそうなほど大きなリュックを背負って、少女が立っている。
「こんにちはー♪」
曇り空も吹き飛ばしてしまいそうな明るい声で、少女は告げて、入口の扉を開いた。
「いらっしゃいませ!」
店の奥で商品棚にはたきをかけていたエプロン姿の黒髪の少女――ファルス・ティレイラがその声に応じて店頭へと小走りで向かう。
「シリューナいるー?」
「あ、シリューナお姉様の取引相手の方ですね、少々お待ちください。えっと……こちらへどうぞ」
ティレイラの姿を見つけて、少女はここの店主の名を告げた。ティレイラもその少女の容貌に見覚えがあったゆえに、それが店主――シリューナ・リュクテイアの取引相手であることを思い出すことができた。
サイドテールに帽子をかぶった緑の瞳の少女は、ティレイラに案内されて大きなリュックを揺らしながら店の奥の商談スペースへと行く。
「おかけになってお待ち下さい」
「ふぅ〜」
ティレイラが告げるよりも少し早く、少女は大きなリュックを下ろし、ソファへと腰をかけた。
(あんなに大きな荷物を背負ってたんだもの、疲れるよね)
お疲れ様、とおもいつつティレイラがバックヤードへ入ると、ちょうどシリューナがこちらへ向かってくるところだった。少女の大声が届いていたらしい。
「ティレイラ、お茶とお茶菓子の用意をお願い」
「はい、お姉さま」
お茶とお茶菓子の用意を頼まれ、ティレイラは快諾してキッチンへと向かった。
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「これが?」
「うん、これが今回仕入れた新しい魔法道具だよ!」
ティレイラが銀の盆に紅茶とお菓子を乗せて戻ってくると、ちょうど少女がシリューナに用件を告げているところだった。用件は新しい魔法道具の紹介。少女いわく、特別にシリューナのところに一番に見せに来たとのこと。それはシリューナになら道具の真価がわかるという意味や、シリューナの好みに合っているとか、シリューナなら高く買ってくれそうとか、色々なことを総合的に判断してのことだろう。少女の姿をしているが、少女も魔法使いである以上、実年齢はわからない。
「へぇ、一見、何の変哲もない綺麗な布に見えるけれど」
「ところがっ」
ティレイラはふたりが挟んでいるテーブルの邪魔にならないところにティーカップと焼き菓子を乗せた皿を置く。そして下がろうとしたところ。
「ねーちゃん、ねーちゃん、こっちきて!」
「え? 私?」
突然話に巻き込まれたティレイラだったが、なんだろうと少女の示した側――布の側へと近寄ってみる。
「これはこうして使うんだよ! リラリラマギッ!」
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
少女の可愛い掛け声とともに、純白の布がうねっと動き出した。それだけでなく、ティレイラを包み込もうとしてくる。思わず悲鳴に似た驚きの声を上げてしまったのも無理はない。
「あら」
シリューナは小さく声を上げたものの、その様子を静観している。少女はティレイラが頭から被せた布から脱出してしまわないように、ギュッと抱きついた。
「ちょ、ちょっと、なんですか、これっ……た、助けてくださいっお姉さまっ!」
「まあ落ち着きなさい、ティレイラ。害のあるようなものだったら止めるから」
「ってお姉さま〜!?」
ティレイラの悲鳴にシリューナはあっさりと答えて。それで、と少女を促す。
「簡単だよ、魔力を籠めるの。リラリラマギッ!」
「きゃっ!?」
少女が魔力を籠めると、ティレイラに覆いかぶさっていた布がぎゅっと身体にピッタリと巻き付いた。思わずビクッと身体を震わせたティレイラは、抗議の声をあげる。
「ちょっ……なんですか、これ。た、助けてください〜」
(お姉さまも酷い、助けてくれないなん……て……?)
口でも心中でも助けを求め悪態を突くティレイラだったが、ふと気がつけば、どこからか訪れる心地よさ。
(えっ……何、この感覚……)
気がつけば、全身を包んでいる布の肌触りがとても気持ち良く、それに加えて少女の魔力なのか、人肌ほどの暖かさがティレイラを覆っていて。
「だ、出し、て……」
もがけばもがくほど肌にこすれる布の気持ちよさ。そして、心地よい温度は、ティレイラの意識をゆっくりと落としていく。
(ね、む……)
泥でできた底なし沼に引きずり込まれるように、意識が遠のいていく。寝るなという方が無理な心地よさ。ティレイラはそれに逆らうことはできなかった。
「そろそろいいかな〜?」
ティレイラがもがきも声を上げもしなくなった頃合いを見計らって、少女は抱きついていた腕を離す。すると。
ぽんっ!
そんな音を立ててできあがったのは、大きな抱きまくら。ティレイラの姿が表面に描かれた、等身大の抱きまくらが出来上がったのである。ダイカットと言うべきだろうか、ティレイラの形に沿って、少し余白をもってティレイラの形にと切り取った、そんな抱きまくらの出来上がり。
「まぁ、面白いのね。しかも高品質だわ」
それまで静観していたシリューナはかけていたソファから立ち上がり、そっと抱きまくらに触れる。押すとふんわりと返ってくる感触。そっと頬を寄せて抱きついてみると、まるで生きているかのような人肌ほどの暖かさ。すりすりと頬ずりしてみれば、上質のシルクのような、いや、不純物のない綿のような――不思議な肌触りの良さの布。
「素晴らしいわ」
「気に入った?」
「ええ、とっても気に入っ……」
少女の問いに答えるシリューナの声が途切れる。執拗に抱きまくらに触れていたため、布の持つ魔力がシリューナにも影響を及ぼし始めたのだ。気持ちよさからうとうと、うとうとと意識が途切れかけていて。
「やだ……私まで眠く、なっ……」
と、その瞬間を見逃さなかったのは少女だ。
今だ、とばかりにリュックからもう一枚の布を取り出し、シリューナにかける。
「ちょっと、なにをする、の――」
シリューナの言葉を無視して、少女は布ごしにしリューナに抱きついた。これは、先程のティレイラと同じパターンだとしたら――シリューナにも自分がどうなってしまうかわかった。けれどももう、抵抗するだけの気力は睡魔が奪い去っていったあとだった。
「リラリラマギッ!」
少女が掛け声をかけて魔力を布に籠める。と、すでにティレイラの布の魔力に侵食されていたシリューナの意識は瞬時に眠りへと落ちた。
ぽんっ!
二つ目の抱きまくらが出来上がった。
「やった、これで独り占めっ!」
少女はラグマットの敷かれた床にティレイラとシリューナの抱きまくらを並べ、そこにダイブしたり思う存分抱きついて楽しげだ。
しかし、こんなことをしてしまっては元に戻ったシリューナにお仕置きされるだろうことは、彼女と付き合いがながければ容易に想像がつくだろうに……。今の少女は独り占めした心地よさを、楽しむので頭がいっぱいのようだった。
【了】
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
【3785/シリューナ・リュクテイア様/女性/212歳/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ様/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】
■ ライター通信 ■
この度は再びのご依頼ありがとうございました。
お届けまでにお時間を頂いてしまい、申し訳ありません。
少女はこの後きっと、ただでは済まなかったのだろうと思っています。
シリューナ様でしたら、きっとただでは済ませませんよね。
少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
この度は書かせていただき、ありがとうございました。
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