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<東京怪談ノベル(シングル)>


キミは至高のオブジェ


「こら! そこの子、待ちなさい!」
 数多の美術品が立ち並ぶ静か過ぎる館内を、ファルス・ティレイラは艶やかな黒髪を左右に振って走っていた。なんでも屋を営むティレイラの今日の依頼は美術泥棒を捕まえる事。美術館館長から依頼を受けたティレイラは「ちょっと怖いかも」と震えながら一人深夜の張り込みを行い、そして今不審な少女の後ろ姿を追っていた。
「待てと言われて待つバカなんていないって!」
「む〜、こうなったら!」
 すばしっこい泥棒に業を煮やしたティレイラは、竜の翼を背に生やし少女の背中に飛び掛かった。紫色の翼をバサリと鳴らし空から降ってきたティレイラに、泥棒少女は「むぎゅっ」と声を上げ他愛もなく押し潰される。
「飛んでくるなんて卑怯だぞ! はなせ、はなせはなせ!」
「あっ、こら、暴れないで!」
 しかし少女は観念などせずじたばたと暴れ続け、腕が自由になったと同時に右腕を懐に突っ込んだ。そして取り出した奇妙な瓶に力いっぱい魔力を込め、「お前なんかこうしてやる!」とティレイラに中身を振り掛ける。
「わぶっ! 一体何する……あれ?」
 かく、と身体から力が抜け、ティレイラは少女の上から転がり落ちた。起き上がろうとしても腕や指に感覚がなく、視線を向けるとティレイラの小麦色の肌とは違う、見た事のないような色合いの金属へと変化していく。
「え!? い、一体何これ!?」
「この瓶に入っていたのは魔法の液体なんだよ〜ん。被った者の魔力が高ければ高い程、良質な魔法金属の塊と化してしまうのだ! あたしの邪魔をする邪魔者なんてこれでばっちり封印してやる! せいぜい泣き叫びながら美術品の仲間になるがいい!」
 と、高笑いしていた美術泥棒……美術泥棒兼魔族の少女は、自分を追っていた邪魔者をようやくその瞳に映した。夜空のような黒い髪、宝石のような赤い瞳、力強くもしなやかで美しい竜の尾と翼……そんな少女が、尾や翼からも感覚が消えていく事に涙を浮かべてあたふたし、しかしどうする事も出来ず徐々に金属に変わっていく。たくさんの美術品を照らすライトはティレイラにも淡く注がれ、美しい金属部分がきらきらと光を反射する。
「……へえ」
 魔族の少女は楽し気に目を細めると、床にへたり込むティレイラに一歩、一歩と近付いた。徐々に金属像に変わっていく姿に口元にも笑みを浮かべ、涙の膜を張っている赤い瞳を覗き込む。
「キミ、なかなかカワイイじゃない? 尻尾も翼もキレイだし、頬のラインもすごくいいし、怯えてぷるぷる震えてる顔も、とっても可愛い……」
「あ、助けて、たすけて。体に力がはいらない。翼や尻尾の感覚がない……」
「えー、別にいいじゃない。ほら、この尻尾の先を見てよ。すごくキレイな色してる。魔力が高いヤツじゃないとこんなキレイな色にはならないんだよ? 触り心地もすごくいい。キミのカワイイ顔とかわいいカラダが最高のオブジェに変わるんだ。もっと喜んでもいいんじゃないの?」
「や、やだ、たすけて。オブジェになんてなりたくない」
 ティレイラは涙を零しながらいやいやと首を横に振った。そんなティレイラの頬を少女の両手が包み込む。
「怖がらないでよ。最高の美術品になったらあたしが盗んで一生見ててあげるんだから」
「や、やだ、たすけて。私美術品じゃない。お願いたすけて。おねが……」
 そして、ティレイラの唇は完全に動きを止め、美術館の床の上には見事なオブジェが佇んでいた。魔族の少女は一旦離れて像の周りをぐるっと回り、それから出来たばかりの竜少女のオブジェに改めて手を添えた。上質な魔法金属はしっとりとどこか温かく、絶妙な触り心地を魔族の手のひらに伝えてくる。
「わー、本当に最高の出来上がりだよー! 色も滑らかさも最高! 翼や尾の曲線も最高! 最っ高の芸術品を作り上げてしまったよ! このやわらかい頬のラインも、涙が零れ落ちそうな瞳も、とってもカワイイ……いいね、キミを盗んであたしの家に連れて帰っちゃいたいなぁ……」
 像を撫でているうちに少女の声はゆるく溶け、竜少女の肌を撫でながらふうと甘い息を吐いた。邪魔者を封印しようと魔法液を掛けたはずなのに、結果出来上がった像は、この美術館の中にあるどんな品より素晴らしい。この美しい竜少女を、上質な質感を、毎日心ゆくまで撫で愛でる事が出来たなら……
「ティレイラさん、どこにいるんですか」
 聞こえてきた男の声に魔族の少女は舌を打った。せっかくの蜜月を邪魔するなんて、なんて無粋なヤツだろう。
「キミを連れていきたいけれど、そんな事したら捕まっちゃう……捕まったらこうして触れる事も叶わないんだ……」
 少女はティレイラの頬を包み込み、覗き込むように首を傾げた。愛する美術品にそうするように、恋しいモノにそうするように。
「また、今度来るからさ、そしたらまたあたしを捕まえに追い掛けてよ。そしてその綺麗な翼を、見せてくれたら嬉しいな……」
 そして、魔族の少女は竜少女の像に背を向けた。触れた心地良さを両手に握り締めながら、名残り惜し気にその場を去る。素晴らしい美術品を盗みに来たはずなのに、盗まれてしまったのは、
「あたしのハートでした、なんてね」


【登場人物】

 3733/ファルス・ティレイラ/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)


【ライター通信】

 こんにちは、雪虫です。 三度めのご指名誠にありがとうございました。
 像になったティレイラさんの素晴らしさと、それに魅了される魔族少女を最重点に書かせて頂きました。
 お気に召して頂ければ幸いです。またの機会がありましたらどうぞお願い致します。