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<東京怪談ノベル(シングル)>


欲望と快楽の渦


 おぞましいものを、響カスミは飲み干した。
 これほど汚らしいものを、口に入れる。
 錬金術師たちの命令ならば仕方がない。自分は彼女らに仕える、忠実なメイドなのだから。
 ……否、自分はメイドなどではない。神聖都学園の教員だ。
 飲み干した瞬間、カスミはそれを思い出した。
「……ここは……貴女たちは、どなた……?」
 自分が今まで主として奉仕していた女性たちに、カスミは問いかけた。
 答えはない。
 その女性たちは、じっとカスミを観察している。実験動物を見る目で。
「飲めば元に戻る。お手軽、と言えばお手軽ね」
「お手軽にいける事がわかったところで、じゃあイアル・ミラールで実験を」
「待って、裸足の王女は本当に貴重な実験材料。この女で、もう少し試してみましょう」
「この女教師さんは、これはこれで貴重な素材だと思うけど……ね。うふふふふ」
 そんな事を言いながら、彼女たちはカスミの身体に何かをした。
 何をされているのか、カスミは全くわからなかった。何もかも、わからなくなった。
 自分の身体から生えた、おぞましいもの。その部分から全身に、とてつもない快感が広がってゆく。
 カスミは、あられもなく悲鳴を上げていた。
 イアルの名前が出た。しかも、実験材料などと言っている。
 やはり問い質さなければならない。
 カスミのそんな思いも、怒涛の快楽に中へと溶け込んでゆく。
 快感の嵐の中で、カスミは音楽教師となり、メイドとなった。
 どちらが本当の自分であるのかは、もはやわからない。


 おぞましいものを、イアル・ミラールは飲み干した。
 この不快極まる喉越しをもたらすものが、しかし自分の身体から出た物質である事は、何となくわかる。
 自分の身体から出たものが、戻って来た。
 自分が戻って来た、とイアルは感じた。
「ぐっぷ……こ、ここは……」
 見回してみる。首しか、動かない。
 両腕両脚を、鎖で拘束されていた。
「悪いわねえ。貴女に暴れられると本当、大変だから」
 束縛されたイアルを取り囲み、観察しているのは、女錬金術師たちである。
「人死にも出ちゃってるからね。ちょっと、大人しくしていてもらうわよ」
「貴女たち……ッ!」
 イアルは睨みつけた。錬金術師たちは、微笑んだ。
「おっと、ちゃんとした会話をするのは初めてかな? 初めまして、裸足の王女様」
「魔女結社を叩き潰してくれて、感謝しているよ」
 忌まわしい名前が出た。
 動けぬままイアルは、せめて口調勇ましく詰問した。
「貴女がたは、魔女結社の……残党か何か? だとしたら早く私を殺しなさい。生きている限り、私は貴女たちを絶対に許しはしないから」
「あの連中とは違う。私たちはアルケミスト・ギルド……永遠の真理を求める者たちさ」
 同じだ、とイアルは思った。
 この女たちは、魔女結社と同じだ。同じ臭いがする。
 本当に、臭い。
 いや。これはイアル自身の臭いではないのか。
「ああ臭いは気にしなくていいわ。私たち、臭いものを扱うのは慣れているから」
「そうそう。ただお風呂に入っていないだけの臭いなんてね……ホムンクルスになりかけの腐った精液に比べたら、ずっとマシよ。アレは本当、気が狂いそうな臭いするから」
「安心なさいなイアル・ミラール。貴女の臭いはね、ただ……お好きな人にはたまらない系なだけ」
 そんな言葉と共に、錬金術師たちの優美な手が伸びてくる。触れてくる。
 イアルの、最もおぞましい部分にだ。
 おぞましく生えて屹立した、ありえないものが、隆々と固まりながら激しく痙攣している。
 その醜悪極まる部分に、女錬金術師たちが何かをしている。
 彼女らが何をしているのか。自分が一体、何をされているのか。イアルはわからなかった。
「いっ……嫌……やめなさい、やめてっ! やめてぇええええええええッッ!」
 何もかもが、わからなくなった。
 おぞましい快感が、イアルの理性を掻き回す。
 そうして出来た渦の中に、何もかもが溶け込んでゆく。
 溶け合ったものがドピュッ、どぴゅドピュッ! と噴出した。
 イアルは、空っぽになった。
 その虚無の中で、獣が目覚め、吼えている。
「ぐっ、ぐるるがぁああああああうッッ! がふっ、ぎゃうッ!」
 獣、以外の何もかもが、イアルの中からは失われていた。
 両手両足を縛っていた鎖が、激しくちぎれ飛ぶ。
 束縛を引きちぎりながらイアルは、腕を振るい、脚を振るった。
 絡みついていた鎖が、激しく唸りを立てて錬金術師たちを薙ぎ払う。
 美しい顔が、いくつも砕け散った。
 生き残った錬金術師の1人が、何か叫んだ。悲鳴、ではない。
 呪文、のようである。
 魔女たちの唱えていた、魔法の呪文とは何か違う。
 魔法的・呪術的効果を引き起こすのではなく、イアルの肉体……細胞の1つ1つに、呼びかけてくるような呪文。
 何もかも失われたはずのイアルの中で、何かが目覚めた。
「ぎゃあぁあああうっ、がう……ぁ……ぁあ……」
 獣ではない、人間イアル・ミラールが、汚れきった牝獣の肢体をのたうち回らせ、悲鳴を漏らす。
「わっ、私……臭い……くさぁい……」
「……よし、成功」
 生き残った女錬金術師たちが、快哉を叫ぶ。
「やれやれ、また人死にが出てしまったけど。実験は、上手くいったわね」
「人格は……辛うじて維持されている。本当に辛うじて、だけどね」
「もう少し実験を重ねる必要はありそうね」
「あの女教師共々、役に立ってもらうとしようよ」
(女……教師……)
 1人しかいない、とイアルは思った。自分にとって女教師は、1人しかいない。
(カスミ……まさか、貴女が……?)
 イアルのそんな思いも、おぞましく猛り狂う快楽の渦に飲み込まれていった。