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お医者さんごっこの果てに
イアル・ミラールは夢を見た。
同居人である女教師と、知り合いであるIO2エージェントの少女が、自分に何かをしてくれている。
何であるのかは、よくわからない。
その2人にとって汚らしい行為であるのは、間違いない。
汚らしい事を2人にさせている自分は、しかし気分が良い。心地良さを、快楽を、感じている。
まるで自分が寝たきりの重病人で、美しく優しい2人のナースに下の世話をしてもらっているかのようだ。
そんな事を思った瞬間。その2人が、ナースにしか見えなくなった。2人とも、清楚なナース衣装に身を包んだ白衣の天使となって、イアルに様々な奉仕をしてくれている。
気持ちは良い。だが当然、罪悪感はある。
もうやめて、とイアルは言った。貴女たちが汚れてしまうわ、とも。
白衣の天使2人が、優しく微笑んだ。気にしないで、私たちがイアルを綺麗にしてあげる。イアルの身体から出たものなら、どんな汚いものでも飲み干してあげる。それが、私たちの悦びだから……そんな事を、言いながら。
罪悪感に苛まれながらもイアルは快楽に抗えず、汚らしいものを噴射した。白衣の天使たちに、ぶちまけた。
ぶちまけられたものを浴び、飲み干しながら、2人は石像に変わっていった。
そこでイアルは目を覚ました。目覚めた瞬間、一切の理性が失われた。
自分が獣である事を思い出した、と言うべきか。
「ぐるっ……がぁあう……」
獣の唸りを発しながら、身体を動かそうとする。
動かない。パイプベッドに、四肢を縛り付けられていた。
手首足首の縄を引きちぎりながら、イアルは立ち上がった。
石像が2つ、視界に入った。
夢の中では白衣の天使として、イアルを快楽の絶頂に導いてくれた2人が、ここでは冷たい石像と化している。
もう、イアルに奉仕をしてくれる事はない。硬く冷たい石像の手では、何も出来ないのだ。イアルを、気持ち良くさせてくれる事も。
許せなかった。
獣の怒りが、イアルの全身に満ち、溢れ、咆哮となって口から迸る。
「がふうぅっ! ぐるるるっ、ごぁあああああああああッッ!」
あり得ない、汚らしいものが、身体から生えて隆々と屹立する。
誰が、これを鎮めてくれるのか。
「……いいわ。私が、鎮めてあげる」
声がした。
そこに立っていたのは3人目のナース、ではなく1人の女医である。優美な肢体に白衣を着こなし、眼鏡の下で真紅の両眼を優しく、禍々しく、輝かせている。
イアルはいつの間にか、わけのわからない場所にいた。
いくつもの石像が、インテリアの如く洒落た感じに配置されている。
全て、イアルの石像だった。否、石像ではない。
石化したイアルが描かれた、等身大の抱き枕。同じく石化したイアルの、等身大フィギュア。
そういったものたちに囲まれて、謎めいた女医は艶然と微笑んでいる。
「アルケミスト・ギルド……魔女結社に輪をかけた愚か者の集団。だけど、この発想だけは褒めてあげるしかないわね」
女医の優美な片手が、イアルのおぞましいものをギュッ……と握り込む。
綺麗な五指が、醜悪・不潔極まる肉塊を、優しく容赦なく圧迫してゆく。
それだけで、イアルは動けなくなった。全てを、この女医に握られてしまった。
「まったく、私でも思いつかなかったわ……こんなものを、生やすなんて」
硬直したイアルの耳元で、女医が微笑み、囁く。
「いけない病気に罹ってしまったわねイアル・ミラール。今、診察してあげるわ」
蹂躙された。
イアルは苛められ、虐げられ、だが同時に愛され可愛がられた。
人としての尊厳を根こそぎ押し流してしまうほどの快楽の奔流が、イアルの中で荒れ狂った。
それは、獣の悦びであった。
イアルは今、人ではなく獣であり、女であり、男であった。
女であって人ではない、男であって人ではない、浅ましい生き物。それが自分であると、イアルは快感の嵐に蹂躙されながら思い知るしかなかった。
その嵐の余韻の中で、イアルはゆっくりと自我を取り戻していた。
「う……っ……ここは……」
石化した自分の集団に、取り囲まれている。イアルはまず、そう感じた。
1人の女医が、優雅に、若干しどけなくソファーに身を預けながら、声をかけてくる。
「お久しぶり……というほど懐かしの再会でもないかしらね」
「……巫浄……霧絵……」
夢か、とイアルは思った。
虚無の境界からは脱出した、はずであったが、それは実は夢で、自分はいまだ盟主に囚われたままであるのか。
次の瞬間、イアルは思った。これは悪夢であると。
自分の石像を模して作られた、様々な悪趣味なるもの。それらの中に、本物の石像があった。それも2体。
両方とも女人像で、1体はメイド姿の女教師、もう1体は戦闘服姿の少女である。
2人は石像に変わり、そしてイアル自身も、わけのわからぬ生き物に変わっていた。
野生の獣の如く汚れにまみれて臭いを発し、そして何やら醜悪なものを生やしている。
イアルは、表記不能な絶叫を迸らせた。
2人の名を呼びながら、石像に抱きつきたい。だが、こんな汚らわしい身体で抱きつく事は出来ない。
「念のため、言っておくけれど」
泣き叫ぶイアルに、霧絵が言葉をかける。
「私ではないわよ? その2人を石に変えたのも、貴女にそんなものを植え付けたのも」
「……わかっている……貴女は、私を助けてくれた……」
おぞましい記憶が、容赦なく蘇ってイアルを苛んだ。
2人を石化したのは、霧絵ではない。あの錬金術師たちでもない。
イアル自身だ。
この醜悪な身体から噴出した、汚らしいものが、2人を石像に変えてしまったのだ。
その汚らしいものを、霧絵も浴びたはずである。
「……貴女は、平気なの?」
「偉大なる『虚無』の加護を、甘く見ては駄目よ」
ゆらりとソファーから立ち上がりながら、霧絵は言った。
「あの錬金術師たちは、貴女の人格を肉体から採取して保管した……つもりになっていたようだけど、こうして呼び戻すのは容易い事。肉体と魂の研究に関しては、虚無の境界も負けてはいないから」
「貴女は……」
イアルは言いかけた。
貴女の力をもってすれば、自分のこの醜悪極まる肉体を、元に戻せるのではないか。石像と化した2人も、助ける事が出来るのではないのか。
その問いかけを、懇願を、イアルは飲み込んだ。だが霧絵は言った。
「元に戻せるわよ? 貴女も、その2人も。恩を着せるつもりはないから安心してね」
「……ありがとう。ごめんなさい……貴女にね、これ以上……借りを、作りたくないの」
イアルは呻いた。
「2人は、私の力で助けてみせる」
「そう言うと思ったわ」
気を悪くした様子もなく、霧絵は微笑んだ。
「まあ、貴女は貴女で思うようにやってごらんなさい。私も私で……好きに、させてもらうから」
「貴女が好き勝手な事をしているのは、見ればわかるわ」
石化した自分が描かれた抱き枕、石化した自分の等身大フィギュア。
そんなものたちを見回しながら、イアルは呆れ返った。
「……こんなもの、一体どこで手に入れたの。私に断りもなく」
「こういうものをオーダーメイドで作ってくれる会社があるのよ。小説やイラスト、アイコン、イメージミュージックにイメージボイス……そういったものに加えて、最近は立体物まで注文出来るようになったから」
「私に肖像権料の類が入って来るわけでもないのに……あの会社も、大概ね」
「見て、この石像フィギュア。あの臭いまで再現してもらったのよ?」
あの会社は叩き潰さなければならない、とイアルは一瞬だけ本気で思った。
イアル・ミラールと石像2体を、ヴィルトカッツェの隠れ家に戻してやったところである。
「いいんですか、盟主様……」
1人の霊鬼兵が、何やらわくわくしている。わくわく、という音が聞こえてきそうなほどにだ。
「イアルお姉様を……助けてあげて、いいんですか!?」
「好きなようにやりなさい。イアル・ミラールに関しては、貴女に一任する事にしたわ」
「あっ、ありがたき幸せですぅ! そ、それで盟主様。お姉様はもちろんですけど、そのついでに」
霊鬼兵が、いくらか上目遣いになった。
「……ヴィルトカッツェの奴も、助けてあげたいんですけど……」
「あの小娘ぶっ殺す! とまで言っていたのに?」
「もちろん、ぶっ殺します。そのために助けるんです」
霊鬼兵が、にやりと牙を剥いた。
「動かない石像をぶっ壊しても、面白くありませんから」
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