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<東京怪談ノベル(シングル)>


『思いがけない贈り物』

 2月14日。
 街に甘い香りが漂っていた。
 店先には、チョコレートギフトを販売する店員たちの姿があり、百貨店の催事場には、様々な有名メーカーのショップが並んでいた。
 日中は女性客でとても賑わっていたが――さすがに夜になると客の姿もあまり見られなくなっていた。
「すまない。突然呼び出して」
 その日の仕事を終えてから、アレスディア・ヴォルフリートはディラ・ビラジスに連絡をして、彼を駅前広場に呼び出していた。
「ヤバイ仕事でも入ったか?」
 ディラは鋭い目で周囲を見回す。
 辺りには、夜の街に繰り出そうとする若者達の姿が多くみられた。
 用件も伝えられず突然呼び出されたため、ディラは目立たない程度の武装をしてこの場に訪れていた。
 他人を護ることしか考えていない、仕事人間の彼女のことだ。厄介な事件にでも首をつっこんだのではないかと。
「いや、そうではない。ちょっと渡したいものがあってな」
 言って、アレスディアは小さな箱を差し出した。
「出来が良いとは言い難いがチョコだ。良かったら、受け取ってくれ」
 訝しげな顔で箱を受け取って、ディラは中身を確認する。
「……なんだ?」
「だから、チョコレートだ。今日はバレンタインだからな」
 それは間違いなく、チョコレートだった。トリュフである。
「これを? 俺に? アンタから?」
「ああ」
「まさかこれ、アンタの手作りか?」
 市販のものにしては、箱がシンプルすぎであり中身も何処か違う。
「そうだ。不器用でお恥ずかしい」
 ディラがチョコをじっくり眺めすぎているせいで、アレスディアは恥ずかしくなってくる。
 市販のチョコレートのように、綺麗な出来ではなくて、少々歪に見えるかもしれない。
 ただ、材料はショップで専用のものを使ったし、余計なものを加えたりしていないので、味に問題はないはずだ。
 ディラはちらりとアレスディアを見て、またチョコに目を移した。
 少し照れたアレスディアの顔と、手の中にあるものを見ていると……妙な誤解してしまいそうになる。
 義理ならば市販のチョコで十分なはずだ。仕事で会った時に男性皆に配ればいいだけのこと。
 これには、どういう意味があるんだ?
 ……いや、深い意味などあるはずもない。
 ディラは目を伏せて自らの心を落ち着かせていく。
 尋ねなくとも分かる。『友チョコ』というやつだ。
 それであっても、凄く嬉しかった。感動してしまっていて……礼の言葉がすぐには出てこない。
「これ結構難しいだろ? 料理してるアレスの姿なんて、思い浮かばないんだが」
「自分で食べるものくらい、自分で調理できる。ディラ殿もそうだろう?」
「俺は料理なんかしない。野外活動中は、調達した肉類を焼いたり、適当に鍋に食材と調味料ブチ込んで食ったりはするが」
 ディラはまだ手元のチョコレートを見ていた。
 訝しげな表情が、いつの間にか穏やかな表情に変わっている。
「サンキュー」
 小さな声の簡単な礼の言葉だったが、その表情から彼が喜んでくれていることがアレスディアに伝わってきた。
「うむ……ディラ殿とこのような時間を過ごすとは、何というか、感慨深い」
 アレスディアの言葉に、ディラが顔を上げる。2人の視線が合った。
 互いに、今は穏やかない目をしているが――。
「刃を交えあった仲だというのに」
 ふっと、アレスディアが微笑むと、ディラは苦笑のような笑みを浮かべた。
 アレスディアとディラは敵同士として出会った。
 ディラは侵略者側の騎士であり、アレスディアは街を守るために彼の前に立ち塞がった。
 剣を交えるうちに、アレスディアは彼自身に侵略の意思があるわけではなく、ただそう育ってきたために、外の世界を知らずに闇の中にいる男だと気付いた。
 殺めることなく、彼に真っ向から立ち向かい、立ち塞がり続け『当てもなく理由もなく闇の世界を歩くぐらいなら私と共に来い』と、そう声をかけ続けた。
「次刃を交えるとしたら……日の下で、腕を磨きあう仲として、だな」
「……」
「これからも、よろしく」
 アレスディアがそう頭を下げると、
「……ああ」
 チョコレートの入った箱を、大切そうに握りしめながらディラは目を細めた。
「あのさ、これのお返し」
「ん? 気にしなくていいぞ」
「絶対返す。だが、そこらで売ってるお菓子とかじゃつまらないだろ? アレスに自由に選んでもらいたい」
 アレスディアが言葉を発するより早く、ディラが続ける。
「決められないようなら、俺の好みで決めるぞ。例えば……あんな感じの、ピンクのフリフリのエプロンだ」
 ディラが指差しが先には、ケーキ屋の前でお菓子を販売している若い女性店員の姿があった。
 白いシャツにフリル付きのピンクの可愛らしいエプロンドレスを纏っている。
「ああいうのをつけて、俺の誕生日に料理してもらう」
 それが嫌なら、欲しいもの決めておいてくれ、と、ディラは微笑しながら言ったのだった。
 彼は孤児であり、自分の誕生日を知らない。勿論、祝おうとしてくれた人もいない。
 だから、適当に決めた日を誕生日ということにしてしまえばいいと思っていた。