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<東京怪談ノベル(シングル)>


花実を咲かす死などなく(4)
 少女が投げた数本のクナイは、標的である複数体の人形の身体の中央へと見事に突き刺さる。ど真ん中を貫いた惚れ惚れしてしまう程の彼女の技巧に、他の訓練中の仲間達はつい琴美のほうを見やってしまった。誰もが羨む彼女の肢体をいくつもの視線が撫でても、琴美は自らのペースを崩さずに次の標的に向かいクナイを構えている。
 いつもと変わらぬ戦闘訓練。しかし、それでも少女が訓練に励む様は美しく、人々を魅了してやまない。どれだけ素晴らしい観劇だったとしても、何度も繰り返し見ればいつかは飽きる日もくるだろう。しかし、琴美のしなやかな動きは何度見てもまるで初めて見た時のように新鮮な衝撃を周囲の者達へと与えた。
 数十体もいた戦闘用の人形を瞬く間に倒し、それでも休む事なく次の訓練へと琴美は移行する。流れるように美しい仕草で訓練場を舞う琴美は、まさに生きる芸術なのではないかと仲間達は思った。

 過酷な訓練を終えても、琴美は息を切らすどころかその顔に疲れの色すらない。
 何気なく少女が髪をかきあげた瞬間、僅かに覗いたうなじは艷やかでまるで見る者を手招くように色香を発している。それでいて、触れる事をおこがましい事だと思ってしまうような神聖な雰囲気もまた醸し出していた。
 琴美は、まさに完成された美だ。そして、それに完全なる強さが備わる事で少女はますます魅力的になる。
 それだけ完璧な存在であっても、彼女は訓練で手を抜く事もなければ慢心する事もなかった。他の者達と同じ、否、それ以上の訓練を彼女はこなし、日々努力を続けている。
 少女は決して妥協を許さない。現状に満足せず、常に高みを目指し続けていた。この世界を守るために、彼女は今日も前だけを見据えている。
 訓練場を後にした琴美は、その足でまっすぐに上司の元へと向かった。先程連絡がきて呼び出されたのである。十中八九任務の話だろう。
(恐らく、例の誘拐事件のボスの逃げた場所がわかったのでしょう)
 訓練の後だというのに、少女の足取りは軽い。少しでも早くこの任務を終え、街に平和を取り戻したいという気持ちが、彼女の女性らしい魅力に溢れた豊満な胸の内には湧き上がっていた。

 ◆

 少女が駆けると共に、薄緑色のプリーツスカートが揺れる。
 上司に指定された場所にたどり着いた琴美を迎えたのは、不気味なほどに静かなビルだ。そして、やはりそこにあったのは色鮮やかな桜の木。その木は美しくもありながら、どこか禍々しい雰囲気を醸し出している。
 恐らく、これは普通の桜の木ではない。調査の結果、琴美はそう推測していた。
 桜の木の下には死体が埋められていると言う話もあるが、この木の下には実際に死体が埋められている。それも、ただの死体ではない。
 ――悪魔の死体だ。
 敵の組織はさらった者達を生け贄に捧げ低級の悪魔を呼び出し、それを媒介に魔力の込もった桜の木を作り出していたのである。その桜の魔力で周囲に結界魔術を展開し、仲間達の身体を向上させて本来なら扱えないような魔力の込もった武器を無理矢理使用出来るようにしていたのだろう。
 力を追い求める事は、決して悪い事ではない。しかし、今回の敵のやり方はあまりにも身勝手がすぎる。
 彼等のような方法で手に入れた力など、その者本来の力とは言えないだろう。罪なき人々を犠牲に、何の努力もなく作り上げた力を振りかざす者達を、決して許すわけにはいかないと琴美は強く胸に誓った。

「ん? おい、なんだ貴様は!」
 ビルの入り口付近にいた見張り達の前に、琴美は堂々とその美しき姿を現す。
 相手は卑怯な手段で力を手に入れた者達だが、こちらがそれに倣う道理はない。正々堂々と、正面から叩きのめすつもりだ。
 見張りが武器を構えるより早く、琴美は疾駆し相手との距離を一瞬にして詰めた。その手が翻り、クナイを振るう。正義の刃は敵の体を赤く染め、そして今宵もまた琴美の舞台は幕を開けた。