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花実を咲かす死などなく(5)
烏羽のような美しき黒髪が、彼女の動きに合わせて宙をなぞった。その鮮やかな軌跡をじっくり鑑賞する間も与えられぬ内に、一人の男は地へと倒れ伏す。
仲間の一人をクナイにより倒された見張りは、琴美のその愛用の武器を叩き落とそうと躍起になった。しかし、彼女が自らの意思に反して武器を取り落とす事などありえないし、万が一に落としたところで琴美にとって大した痛手ではない。
編上げのロングブーツが、宙を切る。すらりとした長い脚を彼女は振るい、男へと強烈な回し蹴りをくらわせた。次いで、流れるような完璧な仕草で相手の懐へと潜り込めばその腹へと拳を叩き込む。
クナイはあくまでも主要武器であり、戦場に慣れている彼女はどのような武器でも使いこなす事が出来る。彼女の身体自身も、琴美にとっては美しくも鍛え抜かれた武器の内の一つであった。
驚異的なのはその身のこなしの素早さで、少女の動きを目で追う事は難しい。風に愛されているが如き速さで繰り出される彼女の一撃は鋭く、男達を次々と倒していく。
踊っているかのように優美な格闘術で敵を翻弄し、隙を見てクナイを振るうくの一の速さに追いつける者はこの戦場にはおらず、見張りの男達は数分も経たぬ内に全て地へと伏せていた。
騒がしかった周囲を、途端に沈黙が支配する。今ならまだ引き返す事も出来るが、無論そんな気など琴美にはない。彼女はたった一人で、いったい何人の敵が待ち構えているかも分からぬその建物の中へと入って行く。
その顔に怯えはなく、琴美の横顔は自信に満ち溢れ、どこまでも気高く美しかった。
ビルへと侵入を果たした琴美は、冷静に周囲を注視しながらも奥へと進んで行く。
途中にあった研究室では、様々な非道な実権の記録が残されており、少女は思わずその端正な眉を寄せた。
この組織に、目的らしき目的はない。ただただ力だけを求めるために、異界の悪魔や罪なき一般人どころか、仲間であろうとも犠牲にし続けたその記録の数々に、琴美の夜を歩く黒猫のような魅惑的な黒い瞳に怒りの炎が宿る。少女の胸の内を嫌悪が巣食い、少女のクナイを握る手に力が込もった。
「闇雲に強さを求めても、身を滅ぼすだけですわ」
努力せず卑怯な手段を使っているのなら、殊更だ。
桜の花が美しいのは死体が埋まっているから。実際に、悪魔の死体を埋める事で彼等は力を手にしている。
しかし、誰かの命を犠牲にして本当に美しい花実が咲くものか。ビルの近くにあった桜の木から溢れる、不気味さと気味の悪さはどう足掻いても隠す事などは出来ない。どろどろと腐った彼等の性根を元に作られた花が、美しいはずもなかったのだ。
間違った方法で手に入れた力が、どれだけ醜いものか。
「この私が、思い知らせてさしあげますわ」
◆
ビル内にある罠はもちろん、敵の奇襲も琴美は冷静に対処していく。
途中、琴美との圧倒的な実力差に怖気づき逃げ出そうとする敵もいたが、少女がそれをみすみす許すはずもない。
今回受けた依頼は、誘拐を繰り返し悪魔召喚や違法改造された武器を製造している非道な組織の壊滅だ。この場にいる悪しき者達の内、ただの一人も琴美は逃がすつもりはなかった。
やがて辿り着いたのは、地下にある一室。
扉を開けると、目に入ってきたのは鮮やかな桃色であった。広々とした室内の中央には、場違いな事に巨大な桜の木が咲き誇っていた。
これも、魔力の込もった桜なのだろう。琴美の襲撃を知った黒幕が、彼女を迎え撃つために全ての力を費やし作り上げた魔の桜。
しかし、周囲にその黒幕の影はない。すぐに琴美は、相手のしでかした事を察する。
瞬間、彼女に向かい桜の木の枝が伸ばされた。意思を持つ触手のようにうごめくそれの攻撃を、瞬時に跳躍する事で少女は避ける。
「自らの遺体を桜に捧げ、融合し怪物と成り果てたという事でして?」
力のために自身の事すらも犠牲にするその狂気に、琴美はそれでも怯む事なく笑ってみせた。
「上等ですわ。あなた達のした事がどれだけ間違っていた事か、今から教えてさしあげますわね。今更後悔しても、遅いですわよ!」
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