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<東京怪談ノベル(シングル)>


―空想世界の屋台骨・5―

 このエリアもまだ開拓途上であり、更なる状況の推移は充分に予想できる――馬車の中で、そう説明をする青年の姿があった。
 その青年は、危険地帯と運営が認定したエリアに配置されている現地案内人で、特殊コマンド『人化』を用いる事で人間の姿となってはいるが、その正体は高レベルのレッドドラゴンである。
「開拓途上……まぁ、アップデートでマップが拡張されて、そう時間も経ってないからな。有り得るね」
 まず、最初に呼応したのは黒いローブがトレードマークのウィザードだった。そして、その言に対して同意を示し、頷く姿が見られた。翼を収納し、ウィザードの正面に座していたガルダ――瀬名雫である。
「運営アナウンスが、頻繁に出てるからね。ヘビーユーザーと開発陣のイタチごっこに、付き合わされてるようなものかもね」
 その態度は、一見すると自分たちを取り囲んでいる情勢を嘲笑うかのようであった。しかし、それを楽しんでいる風にも解釈できる風でもあった。
 聞けば、難所の一つである『密林の遺跡群』で攻略条件がクリアされ、『地底都市』エリアが解放されたという情報が舞い込んで来たのだという。
 つまり、この『赤い大地』もいずれは、条件がクリアされて拡張エリアが解放される可能性がある事を示唆しているのだ。
 と、そのような会話が為されている間に、馬車は街を離れ、山岳地帯へと差し掛かっていく。
 この時、一人だけ不安と戦い、表情に影を落とす少女が居た。幻獣ラミア――海原みなもである。
「つまり、まだまだ強い相手が出て来るって事だよね。この先、あたしの動きで対応できるかどうか……」
 そう。彼女は高い防御力を備える代わりに、俊敏性に難があった。つまり、追手を阻む殿としては最適のキャラではあるが、逆に前衛には不向きとなる鈍重さも併せ持つ。そこを指摘され、悩んでいたのだった。
「そんなに深刻にならなくても……弱点をフォローし合って活路を見出す為に、パーティーを組んでいるんだからさ」
「そうそう、適材適所って言うでしょ。あたしなんて、動きは素早いけど一発喰らったら瀕死だよ?」
 みなもには、自分の望みが『隣の芝生』状態である事は充分に分かっていた。だが、無いからこそ欲しくなる。それは至極、当然の成り行きであった。
「ともあれ、新種のキャラや地形など、まだまだ『弄られる』要素は沢山ある。対応できなければ、置いて行かれるぞ」
 ガイドの一言が、みなもの悩みを更に深めていく。正論ではあるのだが、今それを言わなくても……と、ウィザードが無言の抗議を投げ掛ける。
 その視線を受け、ガイドは『憎まれ役だね』と腹の中で苦笑いを浮かべる。しかし、それも含めて彼の仕事が成り立っているのだ。文句は言えない……いや、言うつもりも無いのであろうが。

***

「馬車で移動できるのは、此処までだよ。この先はもう戦場だ、非戦闘員を中に入れる事は出来ないからね」
 眼下に見える広大な平地。そこはもう、戦闘スキルの無い者を寄せ付けない、死の荒野。そう、『赤い大地』である。
 馬車は安全地帯ギリギリの地点である、山頂で引き返す取り決めになっていた。此処から先は、自力での移動が必須となる。
「成る程……丸腰で立ち入ったら、直ぐにゲームオーバー確定だね」
 双眼鏡を覗きながら、ウィザードがポツリと漏らす。その一言が、『激戦地』を目の当たりにした者の第一声であった。
「さて、と……この姿では、俺も危ないね」
 その発言とほぼ同時に、それまでは人間の青年の姿であったガイドが姿を変え、巨大化していく。
「流石に、神獣クラスってトコですか」
「こないだのリヴァイアサンと、良い勝負だね。ま、どっちも竜族だから、当然だろうけど」
「あっちは海龍、俺は火竜。属性違うからね。ま、どうでも良いけどね」
 その名の通り、深紅の鱗に身を包んだ神獣。それが、ガイドの本来の姿だった。その巨体は、周囲に威圧感を覚えさせる程の迫力があったが、飽くまで彼は味方である。もし敵であったら……そう考えるだけで、汗が噴き出す思いであったろう。
「さて、いよいよ目的地に足を踏み入れる訳だけど……もう一度確認するよ。君たちの目的は、激戦地のレベルがどんなものかを見ておきたいって事だったね。間違いないね?」
 その問いに、一同は揃って頷いた。
 この戦場を治め、占領する事が目的ではない。飽くまでヘビーユーザーの実態を掴んでおきたいだけである、と。
「此処は未だ安全地帯、戦場まではあと少し移動しないと到達できない。まだ間に合うよ? 引き返すならね」
「侮らないでください。観光気分で来ている訳じゃないし、いずれ俺たちも、このレベルに対応せざるを得なくなる……なら、今のうちにそれを体感しておきたいんです」
 ウィザードの言に、『OK』と頷くと、ガイドは自分の背に乗るよう、皆に促した。無論、空中も安全ではない。が、地べたを歩いて行くよりはマシだから、という理由からだった。
「さっき、馬車の中で話題に上ったけど……この『赤い大地』は、まだ拡張条件がクリアされていないから、参戦者も必死だ。条件をクリアしたプレイヤーには、特別褒賞が出るからね」
「つまり、他のエリアより危ない、って事……ですか?」
「当たり。ま、条件がクリアされた後も、危険地帯である事に変わりは無いんだけどね」
 ガイドの言葉により、一層の緊張感が場を支配する。だが、此処まで来たら後には引けない。みなも達にも意地があるのだ。
「行きましょう、時間はそう長く取れません」
 意外にも、その音頭を取ったのはみなもだった。彼女の中で、何かが吹っ切れたのだろう。その手は震えていたが、決意は固いようであった。
「……大丈夫、俺が付いてる」
「ちょっとちょっと! 『俺たち』でしょ? あたしを除け者にするとは、良い度胸だね」
「あっはっは! 結構、結構! じゃ、その決心が鈍らないうちに、出発しましょうかね」
 一見、お気楽に見えるガイドの一言も、実は恐怖を振り払いながら絞り出されたものだった。
 神獣の力を以てしても、油断のならない激戦地……それが、これから赴こうとしている『赤い大地』なのである。

***

 高速・且つ高高度を保ちながら、戦場の上空を旋回するレッドドラゴンの背から、三人の少年少女たちが眼下を窺い、各々に印象を口にする。
「正直、今のレベルであそこに降りようとは思えないかな」
 まずリーダー格のウィザードがそう呟き、そして雫も……冷や汗を拭いながら、声を震わせる。
「あたしはまだルーキーだから、お話にならないしね」
 更に、みなもも率直な感想を述べる。
「攻撃が通じないとか、動きが鈍いとか。そんなレベルじゃない。狂気じみてるよ。あそこまで必死になる理由って、何なの?」
 その一言に、全ての感想が含まれていた。
 修羅と化し、ひたすら眼前の相手を引き裂いて、活路を開く。これの繰り返しが、延々と続く。それを狂気と言わず、何と云うか……答えは見付からなかった。
「どうするんだい? 降りてみるかい?」
 ガイドが背中越しに、次の行動を促してきた。が、想像を絶する光景を目の当たりにし、三人は茫然とするだけだった。
 しかし、その刹那……一発の光弾が、陽光に輝く青い髪をめがけて飛んで来た!
「……!!」
 それを感知し、ガードに回った黒い影を、光弾は容赦なく貫いていた……

<了>