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断つ氷
こまったな。
アリア・ジェラーティ――私はそう思った。っていうか、ずーっと思ってる。
いい感じの洞窟、見つけたなって思ったら、“洞窟”に見つけられたのは私のほうで。誘い込まれて、石像にされちゃったんだ。
それどころか地底湖の中に引きずり込まれていろいろ……うん、ちょっと気持ちよかったけど。
あれから何日経ったかわかんないけど、私は今も湖の底にいる。
となりに、私みたいな石像が並んでる。
鍾乳石に、生き物だったころの形のまま固められた像。人も獣もいっぱいで、見た目だけは楽しそうだけど……私以外の像から命のにおいはしない。吸い尽くされたんだ。この湖を満たしてるマジックウォーターに。
そしてそれは私も同じ。魔力と命をちょっとずつ水に吸われてる。このままだと、私もただの石像になっちゃう。これくしょんにするんじゃなくて、されちゃうの、つまんないよね。そのうち鍾乳石に埋もれて、誰も見てくれなくなるんだろうし。
最悪のバッドエンドだけど、どうしようもない。
なんにも考えられなくなるまで、このまま。
でも。
私のお話、そこで終わらなかったんだ。
「――ここだよ! ここ、ここ! ガセじゃなかったねっ、当たり当たり! “一度入ったら二度と出られなくなる洞窟”、見つけたよーっ!」
明るくて元気な声が、湖面の向こうから聞こえてきた。
「いい匂い……この魔力にあてられちゃったら、確かに帰りたくなくなっちゃうかも」
聞くだけで純真だなってわかる、かわいらしい声もね。
どっちの声にも聞き覚えがあった。
元気な声は私のお店によく来てくれる、瀬名・雫ちゃん。オカルト系の噂話、よく聞かせてくれる子だ。
かわいらしい声は、魔法薬屋さんで働いてるファルス・ティレイラちゃん。1回これくしょんにしたことあるんだよね。
「いやいや、帰って来れない伝説、本日あたしが終了させちゃうよー」
雫ちゃんの声とデジカメのシャッター音がして。
「この水、すごい量の魔力が溶け込んでる。持って帰ったら、お姉様にほめてもらえるかも」
ファルスちゃんの声と、とぷん。水筒が湖に着水した音がした。
こぷこぷこぷこぷ。水筒が水を飲み込んでいく。湖底から見てる限り、普通の水筒にしか見えないけど、魔法の品なんだね。いつまでもいつまでも、水を飲み続けてく。んー、シェイクとかだったら、あれいっこで1日分売って歩けちゃうな。欲しいかも。
そんな感じで、雫ちゃんは写真撮って――電波はうまくとどかないみたいで、ライブ更新できないーって騒いでたけど――ファルスちゃんは水汲み続けて。
あ、ファルスちゃんと目が合った。
「雫さん、ちょっと」
「なになに? よく見えないけど……わ、なんか沈んでる!」
カシャカシャ。撮った写真、デジカメでズーム表示。
「んー、石像だね。犬とか猫とか、人間とか?」
「人間ってもしかして……帰って来れなかった人?」
「そんなの引き上げてみたらわかるって! じゃ、ファルちゃんお願いー」
「えー。あれ、すごく疲れるんだけどなぁ」
「潜ったら帰って来れなくなるかもだし! 疲れたらその水飲めばいいじゃん」
「お土産食べたり飲んだりしちゃうの、お行儀悪いと思うんだけど……」
なんて言いながら、ファルスちゃんは私のほうに手を伸ばして、魔力を発動。その力が湖の魔力で増大されて、私とまわりの石像は空間の裂け目を通って湖の外に。
久々な感じのする水の外だけど、像になってから空気吸ってないから、あんまり感じが変わらない。ただ、魔力吸われるのが収まったから、ほんのちょっとずつだけど、体に力が戻ってくるのがわかる。
そんな私のこと、ファルスちゃんと雫ちゃんはじーっと見て。
「会ったことある気はするんだけど。お姉様のコレクションとか?」
「あたしもうっすら見覚えあるんだけどなぁ。オフ会で会ったかな? それともどこかのオカルトスポットの幽霊だったとか?」
ふたりとも……特にファルスちゃん。もう少しちゃんと憶えててくれてもいいのに。あんな大事にかわいがってたんだから。
「とりあえず、お姉様にこの像、見てもらおっかな。真相がわかったら、雫さんにも教えるから」
「情報規制とかいらないからね!? わかったことそのまんま教えてね!」
と。
待ってたのか、別のことしてたのかわからないけど、ようやくここで、鍾乳石の女の子がそのへんから生えてきた。
この洞窟があの子そのものなんだって知らないふたりは、びっくりしてる。どこから現れた? って顔して。
「その水はわたしの大切なもの。持ち出すことはゆるしません。その像もです」
灰色がかったつるつるの女の子が静かに怒ってる。
雫ちゃんを後ろにかばったファルスちゃんが一歩前へ。
手に、火がぼうって点る。……私がファルスちゃんをこれくしょんにしたときも、あの火の魔法で逃げられたんだよね。
「雫さん、私から離れないで! あの子の魔力、まわり中から感じるから!」
このへんは修羅場の経験値ってやつかな。私が最初に気づかなかったこと、もう気づいてる。ここから出たら、私もちゃんと勉強しなくちゃ。
「わかったからと言って、どうにもなりませんよ!」
女の子が手から水流を放った。魔力と石灰を溶かし込んだマジックウォーターの水鉄砲。
でも、あれはフェイクなんだ。女の子の本命は、洞窟の上から下に向かって生えた鍾乳石、そこから落ちてくる水滴だから。
目の前の水に気を取られてるうちに少しずつ濡らされて、固められちゃう。下に転がるのもだめ。水浸しだから、一気に濡らされる。
ファルスちゃんは動かなかった。
動かないまま、飛んでくる鉄砲水も降ってくる水滴も地面を濡らしてる水も、噴き上げた炎がまとめて蒸発させて――どかん!
ものすごい爆発が起こって、私も他の像もころんと転がった。
これ、蒸気爆発だ。炎みたいな超高温と水みたいな低温のものが接触すると起こる現象。アイスの天ぷら作ろうとして失敗したとき、調べた(現象としては別のものらしいんだけど)。
ファルスちゃんの炎が飛び散って、まわりの魔力と反応してまた燃え上がる。砕けた女の子、焦げたところからは生えてこれないみたい。私のときより、新しく生えてくる数がすごく少ない。
……私、ちょっと思いついたことあるんだ。もしかしたらあの子にお返し、できるかも。
その前にまず、この鍾乳石の中から出ないと。
転がった拍子に、私の表面に少しだけ、ヒビが入ったところがあるから。ほんの少し回復した魔力を使って、そのヒビを氷で塞いでみる。外から順に、荒い氷、粒の氷、細かい氷……濾過器みたいにして。
ヒビが吸い上げる、床からを濡らしてるマジックウォーター。それが石灰質を濾過して、ピュアマジックウォーターを私にくれる。
1滴ずつ、1滴ずつ。濃厚な魔力水が私の体に染みこんでくる。
その魔力で、私は細胞の間に詰まった石灰を追い出し始めた。
そんな私の向こうで、ファルスちゃんは戦い続けてる。
「なんだかよくわかんないけど、焦げたとこからは生えてこれないみたいだよ!」
「床、全部焦がしちゃえばいいってことだよね!?」
そうはさせない! って勢いで、女の子が何体かがかりでファルスちゃんを濡らそうとする。ファルスちゃんはきゃーきゃー言いながら炎の盾で鉄砲水を弾いた。
「こっちだってそうはさせないんだから!」
雫ちゃんを岩の影に置いて、ファルスちゃんが女の子たちに跳びかかった。
炎をまとわせたパンチとキックで強引に女の子の体を壊して、砕け残ったとこを焼いていく。そして。
「これでっ! おしまいっ!」
大きな火球を床に叩きつけて、洞窟を一気に黒い炭に。……ファルスちゃん、こんなにすごい火の魔法、使えるんだ。これくしょんにするときは気をつけないとね。
って。床の水、全部蒸発しちゃったんだけど。私、回復までにまだ時間かかるし。どうしよう?
私のことに気づかないで、ハイタッチなんかしてるファルスちゃんと雫ちゃん。その上から、鍾乳石がぐいぐい伸びてきて……数百体の女の子になった。ふたりはまだ気づいてない。ファルスちゃんたち、上、上!
私の声はもちろん届かなくて。
ファルスちゃんたちの頭の上から、大量の水が降りそそいだ。
「雫さん!」
竜の翼を出したファルスちゃんが、雫ちゃんの手をとって超低空飛行。水の直撃は避けたけど、それじゃ水の跳ね返りとか、まわりから降ってくる水滴はかわせない。どんどん濡れて、ファルスちゃんの動きもどんどん鈍くなってく。
「このっ!」
炎で対抗しようとするファルスちゃんだけど、今度は女の子もわかってる。火が爆発できないくらい大量の水を降らせて、盾をかき消した。
ファルスちゃんたちがこのまま石像になっちゃったら、多分、私もずっとこのまま……
私はいっしょうけんめいゴトゴトして、ファルスちゃんを呼ぶ。
――ファルスちゃん、水筒!
肩にかけたままになってるあの水筒の中身と氷の濾過器があれば!
奇跡は起きた。まあ、私の声が聞こえたわけじゃなくて、ファルスちゃんが転んで、水筒の口が飛んでっただけなんだけど。
水筒に入ってた大量のマジックウォーターがぶちまけられて、一気に焦げた床をびしゃびしゃに濡らした。
水は私のところまでたくさん流れてきて、濾過器から吸い上げられてく。私は回復した魔力を全部使って水を濾過して氷に換えて――一気に体から石灰質を追い出した。
「ジェラーティ、さん!?」
私、復活。
その姿に、やっとファルスちゃんが思い出してくれた。先っちょがちょっと鍾乳石になってるけど、あれならまだ大丈夫だね。
「ん」
私は短く応えて、女の子へ向かう。
体には、ものすごい魔力がどくどくしてる。
さっきから水滴が私にかかってるけど、氷の衣が弾いてくれるから問題ない。
やっちゃえる。
やっちゃおう。
「「「なにを勝手に生き返っているんです? 早くわたしの底に戻りなさい!」」」
天井からいっぱい生えた女の子が、声をそろえて叱りつけてきた。そんなの聞かないし、効かないけど。
ものすごい量のマジックウォーターが私に噴きつけられた。でも、これも効かないんだ。だって私の魔法、火じゃなくて氷だよ?
「この洞窟全部があなたなんだよね? だったら」
ありったけの魔力を、私はわーって吐き出した。
私っていうフィルターが、魔力を凍気に変換して、触るもの全部凍りつかせてく。空気も水も石も――炎も命も。
天井も床も壁もどこもかしこも、洞窟全部が凍りついた。
女の子たちはみんな、怒りながら凍ってて、動かない。
もしかしたら意識はあるのかもだけど、焦げたところから生えてこれないなら、氷で塞いだところからも生えてこれないよね?
いつもの私じゃこんなことできなかった。マジックウォーターの魔力がなかったら……って、湖も底まで凍ってて、これじゃ汲んで帰れないね。残念。
私は洞窟の出口に向かって歩き出す。
その途中に、女の子とおんなじ、凍りついたファルスちゃんと雫ちゃんの氷像が立ってた。むう、怒ってる。すぐ助けてあげたらゆるしてくれるかな? でも、私も魔力全部使っちゃったし、マジックウォーターも凍ってて飲めないし。
「……後できっと、多分、助けるからね?」
私はふたりの怒り顔から離れて、湖だったところにどーんと寝転がった。
平らで寝やすいし、ちょっとずつ魔力が染み出してきて、疲れも取れそうだから。
「ここなら宝物、いい感じでとっておけるかな?」
私はひんやり気持ちいい寝床でこれからのことを考えたりしながら、久しぶりの眠りに落ちてった。
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