コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


―空想世界の屋台骨・6―

「えっ……?」
 一体何が起こったのか、彼女は理解できないまま硬直していた。
 突然、背後に回り込んだ黒い影が光弾に貫かれ、そのままの格好で自分に折り重なるように倒れ込んで来たのだ。
「ガイドさん! 5時半、ハーピーだよ!」
「まさか!? 俺が幻獣の攻撃に気付かないなんて……在り得ん!」
 いち早く我に返ったのは、ガルダに扮する少女――瀬名雫であった。
 彼女は攻撃が何処から為されたかを弾道から素早く計算し、そしてその姿を捉えていた。ほぼ真後ろ、完全に死角となる角度からの奇襲であった。
「事実は事実だよ、早く回避……みなもちゃん! ボーっとしてないで、ヒーリング! 少しなら出来るでしょ!?」
 雫は、未だ現実を受け止める事が出来ず、呆けるだけのラミア――海原みなもに対して檄を飛ばした。が、みなもが我に返るまでに、それから数秒の時間を要した。
「くッ……速い! あんなハーピー、見た事が無いぞ!」
「それが、『赤い大地』常連の実力だって……事でしょ!」
 掌から光の矢を広角発射し、弾幕を張る雫であったが、ハーピーは『回避』する事も無く、それを易々と受け止めながら尚も接近してくる。ガイドのレッドドラゴンも全力で脱出を図ろうとするが、補足されるのも時間の問題となっていた。
「ガハッ……よ、かった……無事だ、ね」
「喋らないで! 喋っちゃダメ、いま手当するから!」
 既に涙目になっていたみなもが、覚えたばかりの回復系呪文を、少年――ウィザードに施す。が、あまりに酷いダメージの為、それでは効力が足りないと直ぐに理解できた。しかし、止める訳には行かない。僅かでも可能性があるなら……彼女はそう思っていた。
「無駄、だ……腹に大穴が開いている、助かる……まい」
「黙って! 貴方を死なせはしない……絶対に助けるから!」
 その目から溢れ出る涙を、彼は漸く動かす事が出来た左手の指で掬い取り、笑顔を作った。
「心配、しないで……本当に、死ぬ訳じゃ……ない。直ぐ戻って……ガホッ! ガホッ!!」
「嫌、嫌! 嫌あぁぁぁぁぁ!! 死なないで、あたしを一人にしないで!!」
 その叫びが、彼の耳に届いたかどうか。最後にまた笑顔を見せると、彼の姿は徐々に透けていき、そしてその場から消滅した。
 ゲーム上、最大のペナルティ……『戦死』である。
 無論、プレイヤーである彼が本当に死んでしまった訳では無い。単に、ヴァーチャル世界で活動していた彼のキャラクターが自分のライフポイントをゼロにされ、生存が不可能となった為にフィールドから退場させられ、アカウントも一時的に停止させられる格好になったのである。
 彼が再びこのフィールドに舞い戻る為には、アカウント継続のための再課金手続きをして、自分のキャラクターを『買い戻す』措置が必要となるのだ。そしてそれは、リアル時間で最低3日を要する事になる。
「くッ……痛手だね、ウチらの中で一番レベルの高い彼が、真っ先に……みなもちゃん?」
「誰……? 誰がこんな事をしたの……!? 許さない、許さない! 絶対許さない!!」
 これは……と、雫はいつか見た、みなもの『変身』を思い出していた。
 そう、船旅の途中で彼女が突然、未知の力に覆われて驚異的な力を発生させた、あの時の事を。
 青い髪も、白い肌も、虹色の鱗も……全てが金色に染まり、眩いばかりの光を発生させて……更に、高エネルギーの異常放出によって、彼女の身体は巨大な熱源と化していた。
「あち、あち、あち!! おい、背中で何が起こってんだ!?」
「ひ、一人ゲームオーバー……で、もう一人がその怒りで、ちょっとヤバい事に!」
「もしかして『魔性化』か!?」
「な、何よそれ!?」
 思わず説明を求める雫であったが、ガイドとしてはそれどころでは無い。何しろ、熱く焼けた石が背中に乗っているような状態になっているのだ。追手を振り切り、何処かに着地して背中の彼女たちを降ろさなければ、彼自身も洒落にならないダメージを負う事になってしまうだろう。
「アンタね!? アンタが彼を……!!」
「た、助けて! このままじゃ、あたしまで焼け死んじゃう!」
「俺の背中から降りて自分で飛ぶんだ! 君はガルダだろ!? 飛べる筈だよな!」
 そうだった、と云うが早いか。雫はガイドの背中から緊急脱出を図り、自力飛行に移っていた。無論、飛翔スピードが段違いなので、並走する事は難しかったが……それでも、あのままみなもの隣に居続けるよりはマシであった。
 やがて、レッドドラゴンの背から一条の光が放たれたかと思った刹那、その光源は消えてしまった。
 みなもの反撃で、ハーピーを撃退できたのか……と思った雫であったが、それは間違いであった。
 確かに、みなもの攻撃はハーピーに僅かなダメージを与える事に成功はした。が、それでも翼の一部を傷つけるだけに留まり、致命弾にはならなかったのだ。逆に、返す刀でみなもは大ダメージを受け、気絶してしまったのである。

***

「うわ、酷い水膨れだよ。これ、治るのに時間かかりそうだね」
「火傷だけで済んだ、俺は良いよ。けど、死んでしまった彼と……瀕死の彼女。無事なのは君だけだ。どうするんだい?」
 どうもこうも……と、雫は押し黙ってしまった。
 主砲であるウィザードを欠き、ディフェンダーであるみなもも重傷。戦列復帰を果たすまでに、何日かかるか分かったものではない。ログアウトした状態ではキャラクターのダメージ値などもそのまま維持されるため、ゲーム内での時間が経過するのを、ひたすら待つ必要があるのだ。
「つまり、一回ログアウトして再ログインしても、みなもちゃんは重傷のまま……って事だね?」
「そ。宿屋でひと眠りすれば全ステータスが元通り、なんて訳にはいかないんだよ」
 一通り手当てが終わり、予備の上衣に着替えるガイドを見上げながら、雫はポツリと呟いた。
「魔界の楽園……何が『楽園』だよ、思いっきり修羅場じゃん!」
「落ち着きなよ、飽くまでゲーム内での出来事なんだよ。本当に友達が傷ついたり、死んでしまった訳じゃないから」
 一人残された雫が、激高するのも当たり前か……そんな独白を胸に秘めながら、ガイドは空を見上げた。
 彼らは今、出発点である山頂まで舞い戻り、キャンプを張っている。戦場で傷の手当などをしていたら、間違いなく自分たちも餌食になるからだ。
「う、う……」
「……!! みなもちゃん、気が付いたの!?」
「慌てなさんな。そう簡単に意識が戻るような、浅いダメージじゃない。恐らく、悪夢でも見てるんだろ……」
「そりゃあ、ね……目の前で彼氏が死ぬ姿を、見ちゃった訳だしね」
 パチパチと、薪が跳ねる。装備の中から缶詰と水筒を取り出し、軽食を摂る。その光景は、一見すると長閑なキャンパーの姿そのものであった。が、彼らの心中は非常に複雑であった。
「ガイド失格、かな。お客さんを守れなかったんだからなぁ……たかがハーピー一匹に翻弄されて、だ。情けねぇや」
 項垂れ、顔を背けるガイドを見て、雫はふと思い出したように言葉を紡ぎ始めた。
「みなもちゃん……あの姿になったの、二度目だ。あれ、何だったんだろう?」
「え? 彼女、前にもああなった事が?」
 うん、と頷いた雫の口から、いつぞや見たみなもの変身譚が紡がれた。
 それをガイドは自分の知識と照らし合わせながら、真剣に聞いていた。

<了>