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<東京怪談ノベル(シングル)>


着ぐるみとあたし
 すっかり春ですけど、ごきげんいかがでしょうか? 海原・みなもです。
 人魚狼からグリフォンにジョブチェンジしたあたしは今、廃倉庫の奥でその……からあげ食べてますおいしいですでも。
「からあげ、グリフォンが食べたら共食いなんじゃないでしょうか……グリ」
 前足の先にくっつけてもらったフォークでぷすっと刺したからあげを持ち上げて、あたしは問いました。
 だってグリフォン、鳥と獣の混合じゃないですか。
 からあげは鶏で、だとしたら、やっぱりそういうことになってしまうのではないかと。
 いえ、その理屈で言ったらお肉もあれですし、なによりあたしは人魚ですから魚もダメってことになっちゃうんですけど。
「海原おまえ、なんでグリつけるの恥ずかしがるんじゃ? 魔物のアイデンティティってやつじゃろうが」
 黒のマイクロビキニの上からオーバーサイズのパーカーを羽織った、垂れ目童顔の20代女子があたしに問い返します。
 いや、恥ずかしいっていうより、あんなにオークのみなさんの語尾文化をディスってきたあたしも今や、同じ穴にはまっちまったんだなーと。
「恥ずかしがっとると余計ヘンじゃぞー」
 豊かすぎるお胸をお張りになられるこの痴女の方こそ、あたしが時給932円・3食昼寝つき寮完備でお仕えしてます主、目標は世界征服っていう「魔王様」です。
 ちなみに。なんであたしが2週間の試用期間後もここにいるかっていいますと、元バイト先の草間興信所所長、草間・武彦さんに命じられたからです。結構な確率で事件の種になりそうだから、張り込んどけーって。
 ま、今や予想外の好待遇に感じ入り、すっかり魔物軍の一員なんですけどね。草間さんからの連絡がうざいので、着信拒否してます。
 と。説明が長くなりました。
「そぉトリよぉ。おばちゃんパージしちゃったらもう、シワっシワで大変トリ!」
 あっはっはトリ。ファイヤーバードさんが大笑い。からあげパクー。
 どうしてそのまんま鳥の人があそこまで悩まずにすむのか……解せませぬ。
「またもう小原さん、食べ散らかしちゃってるサル。1回脱いでクチバシ拭いてサル」
 猩猩――サルのモンスター――さんがファイヤーバードさんの背中のチャックを下ろすと、中からぷるんと太ましいおばさまが出てきました。
 そうです。魔王様にお仕えする魔物軍団はみんなファンシーな着ぐるみで、背中のチャックで中に封じられているのです。で、自分じゃ手が届かないんですけど、誰かに手伝ってもらうとあっさり脱ぎ着できるという。
 そうじゃないとお風呂とか着ぐるみのお洗濯が大変なので、わかる。わかるんですけどね。なんだかこう、納得はできないっていうか。
「海原も食べ辛かろ? 脱げ脱げ。妾がチャック下ろしてやるゆえ」
 ブロッコリーをくわえた魔王様が立ち上がります。王なのに、まわりの魔物さんたちに命じたりしないところ、いい意味で器小さいですよね。
「でも、脱いじゃったら魔物じゃなくなるグリっていうか」
「どうせ昼休み中は時給発生せんからの。制服着用の義務はなしじゃ」
 この着ぐるみ、制服扱いですか……。
 ジー。魔王様にチャック下ろしていただいてると、倉庫のドアががちゃーっと開きました。
「おつかれっすー。学校行ってきましたー」
 茶色かった髪を黒く染め戻して、家出ギャルじゃなくなったアラクネさんです。
「なんじゃ? おまえ、今日は午後から3時間勤務じゃろ? まだ早いぞ」
 魔王様の問いに「いやー」。アラクネさんは笑いながら。
「ここ来たらちゃんこあるじゃないすか。あーし学校に連れとかいねーし、ここ来たらマジ落ち着くってゆーか」
 そういえば魔王軍のごはんは内容問わず「ちゃんこ」なんですよね。相撲部屋かプロレスの道場みたいです。
「ま、とにかく座ってウオ。ごはん持ってくるウオから」
 魚に手足が生えてる魚人さんがぴちっと立ち上がります。
 ちなみに中の人、キャリア抗争に疲れて会社辞めちゃった元女課長さんだそうですよ。その経歴を買われて、魔王軍では参謀役です。
「トリさんのちゃんこガチうめーし」
 アラクネさんはあたしのとなりに座ってまた笑いました。
 ご両親とは、あれからいろいろお話されたそうです。話すのが得意じゃないアラクネさんの横から、怒り狂うご両親に魔王様が突きつけた――
『死なぬために生きるのではなく、生きるために生きたいという娘の心、親が押してやらんで誰が押す!?』
『妾がこやつの手を引く。いつか妾がそうしてもらったようにな』
 ――などというパンチライン(心に強く残る印象的な詞のことです)を重ねた結果、魔王軍でのバイトを認めてもらったんだとか。
 あたしの家は理解がありますので、魔王軍の寮に泊まり込みでも問題ないです。寮とか日々の訓練とかにつきましては、また別の機会があればということで。
 話が脱線しましたけど、お話うかがってるとさすが魔王様なのです。これでパチンコとスロット漬けのガチクズな私生活と、世界征服のモチベーションが絶対権力で声優アーティストになることでさえなければ……。
「じゃあ、せっかくだから海原、おまえ木村(アラクネさんの本名です)と交代して行け。なんじゃ、用事があるんじゃろ?」
「あ、はいグリ。じゃあ、お言葉に甘えましてグリ」
 着ぐるみを脱いでるのに、ついグリグリ言ってしまうあたし。人間も人魚も、慣れていくものなのです。


 着ぐるみから生きている服に着替えて、あたしは倉庫を出ました。
 魔王軍にかまけて学校を2週間近く休んでいますので、自宅学習課題という名のレポート提出を迫られているのです。
 そして、あたしのとなりにはジャージ姿の魔王様。もちろん学校へついてきてくれるわけじゃありません。
「今日はハイエナ(パチンコなんかで他人の打っていた台をかすめ取り、大当たりを狙うやりかたです)狙うんじゃ! 昨日さばいた賢者の石の売り上げ金、全部突っ込むぞー、おー」
 高く拳を突き上げたりしていますけれども、賢者の石って1万円とか10万円レベルの売値じゃないですよね? いやほんと、どうしてその錬金の業(わざ)をあえてギャンブルで溶かしちゃうんでしょう?
「やれやれって顔してんじゃねぇ! おい海原! こっち向けうーなーばーらー!!」
 ちっ。せっかくシャットダウンしてたのに、耳元でわめかれたらさすがに無視できませんね。
「……警察呼びますよ、ストーカーさん」
「ストーカーじゃねぇよ! 俺だよっ! 草間だよっ!」
 怒り芸が売りの芸人さんみたいにダミ声を張り上げる草間さん。
「で、その草間さんとやらがなんの用です?」
「おま……なんか俺に冷たすぎねぇ?」
 今のあたしは魔王軍の尖兵なので、人間どもには厳しい気持ちなのです。
 でも草間さんはめげることなく、あたしに言いました。
「俺、おまえん家から魔王軍とかってのの監視頼まれてんだよ。ようするにおまえの監視ってこった」
 理解はあっても信用はなし! まあ、中学生女子として信用してもらえるようなこと、あんまりしてないですからねぇ。
 しかし本末転倒なお話です。あたしがここにいるのは、そもそもが草間さんの命令なわけで。そのあたしを監視しに草間さんが張り込んでて、新品の高画質動画撮影が売りのデジカメを携えて――
「草間さん、そのカメラ、あたしの様子を窺うためだけに買ったんですか? 煙草も買わずに」
「これか? いやー、こりゃおまえ、アレだアレ。魔王の監視を完璧にしたくてよ!」
 ああ。なるほど。つまり盗撮用、ですね。
「おまえ、いつの間にテレパシーとか使うようになったんだよ。……バレちまったらしょうがねぇ。魔王さん、クライアントに見せる用の写真と動画撮らせてもらっていいっすか? ありのままにお伝えしたいんでジャージなしで」
 気持ちいいくらいカスですね!
「撮影じゃと!? 1枚もしくは10秒につき300円じゃ! あ、魔王コスならオプション料金2000円いただくんじゃよ?」
 気持ちいいくらいクズですね! 意外に良心価格な気はしますけど、ご自分で「魔王コス」って言っちゃってるのはどうでしょう?
 ともあれ。両者合意の上で撮影会など始まってしまいましたので、あたしはそのまま学校へ向かうことにしました……。
 ヴヴヴヴ。
 おや、携帯にメールが届いたようですよ。
 確認してみましたらば。
『どうして着ぐるみを着てないんですか!? もふもふしてくださいもふもふ』
 オゥ・マイ・マザー。
 お安くないお金を草間さんに支払って娘を監視させておきながら、自分もどこからか監視してるってなんでしょうね? しかも娘の成長していく姿とかじゃなくて、もふもふ狙いで。
 んー、死して屍拾う者なしって気分です。
 あたしはストイックな顔で学校に行ってレポートを提出。あまりの顔の険しさに、すぐ帰りなさいって送り出されました。
 さて、次は2回めの狂犬病予防接種ですね……。


「はいはいー、痛くないわんよー」
 新宿の片隅で闇医者を営んでらっしゃる人狼さんが言います。もちろん嘘です。痛いです。痛くないわけないです。だって針ですよ、はーりー!
 いや、向こうの世界まで行かなくてよくなったのは助かりましたけどね。今、魔王軍でいそがしいので、“粉骨拳”と戯れてる暇がありません。
「めんどくさかったら2回分打っちゃうわん? 概ね問題ないわんよ」
 ひぃぃぃぃ!
「断固拒否グリ! 痛い×痛い=超痛いですグリもんーっ! それに概ねって、ちょっと問題あるかもなんですグリよね!?」
 はい。お気づきですね。あたしは今、着ぐるみ着ております。
 素肌でステンレスの注射針へ立ち向かう勇気がどうしても湧かず……しかたなく。人目を忍んでここまで来るの、大変でしたよ。
 そういえばお嬢さんもいっしょに来てるんですけど、さっきからずっとあたしの胸毛に顔をうずめてぐりぐりしております。グリフォンだけにグリグリです忘れてください。
「向こうで6回って言われたわん? 外国はそうわんねー。いちおう5回でも大丈夫わん。ここで2回分打っとけばあと2回分で終わりわんよ?」
 おっと揺さぶりに来ましたね?
 騙されませんけどね、あたしはもう大人なので!
「こうなったらひとおもい!」
 お嬢さんーっ!? そこで人狼式根性発揮しちゃダメですってば!! お嬢さんにそれされたら、あたしもやられちゃうじゃないですかー。
「とりあえずお尻出すわん。すぐ終わるわん」
 ああああああ。四つ足形態だと腕じゃなくてお尻なんですよね注射!
 ぷちー!!
 ぎゃー! 見えないから怖い! 怖いから痛い! 怖くなくても痛いのに……!!
 翼ばっさばっさ、前足びっくんびっくんさせながら、あたしは見えない攻撃に耐えるしかないんでした。
「おー、うまいこと着ぐるみに順応してるわんねー」
 それはもう! あたしも魔王軍の一員ですのでね! と、胸を張った瞬間。
 ぷちー!!
 ぎゃあああああああああ!! 油断させといて、もう1本キマシタワー!!
「おしゃー、ばっちこいー!」
 お嬢さんっ! お、嬢、さん、やめて。願いですから、煽らないで。

 というわけで。
 お医者さんはどこの世界でも極悪な嘘つきってお話でした……。