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キミとあたしは至高のオブジェ
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ファルス・ティレイラは数日間ベッドの住人になっていた。原因は数日前に起こった美術館でのとある事件。美術品を狙う泥棒を捕まえて欲しい、と美術館館長直々に依頼を受けたティレイラは、快く任務を引き受け美術泥棒を捕まえようと息を巻いていたのだが、
「う、うう……まだちょっと腰が痛い……」
なんと泥棒は魔族であり、捕まえようと揉み合っている内にティレイラは魔法の液体を掛けられ魔法金属の像へと姿を変えられてしまった。幸い見回りをしていた職員に発見され、なんとか封印を解いてもらえはしたのだが、液体に魔力を吸われたせいか、長時間同じポーズで固まっていたせいか、気力体力が回復するまで若干の時間を要してしまった。
「ティレイラさん、いらっしゃいますか?」
玄関から聞こえてきた声に、ティレイラは慌ててベッドの上から起き上がった。先日のダメージが少々残っているとは言え、せっかく来てくれたお客様を無下にするのはいただけない。手早く身支度を整え、「お待たせしました」とドアを開けると、そこには先日ティレイラに依頼をしてきた美術館館長。
「館長さん、どうなさったんですか?」
「ティレイラさん、すいません、実は、先日の美術泥棒がまた現れて……」
「あの子、また来たんですか!?」
「実はティレイラさんが倒れられてからずっと……そして泥棒がですね、『あの竜の女の子を連れてきて!』と何度も申しているようでして……。療養中の所大変申し訳ないのですが、我々もこれ以上は手の打ちようが……」
ティレイラはふむと考えた。完全とはいかないまでも身体は大分回復している。何より、一度受けた依頼を放り出す訳にはいかない。個人的にもあの泥棒少女に一杯食わされてしまった訳だし……
「分かりました館長さん、その依頼、なんでも屋ファルス・ティレイラが引き受けさせて頂きます!」
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夜。ティレイラは一人、やる気全開で美術館の展示室の中に立っていた。何処から来てもいいようにと拳を構えて待っていると、突然、まるで手品の出現マジックのように、件の泥棒少女が大きなガラスケースの上からひょこりと姿を現した。
「ああ! 愛しいあたしのオブジェ! 会いたかったよ、やっと来てくれたんだね!」
「あなた、まだ盗みを働いてるの!?」
「だってあたしは美術品がだーいすき! でも、正直この美術館のどの品も物足りなくなっちゃった。この前のキミの姿にすっかり心を奪われた。ねえ、またこの前みたいに美術品になってちょうだいよ。そして最高に素敵なキミの姿を、あたしにもっとよく見せて……」
ハートでも付きそうな甘ったるさで呟いた後、泥棒少女はケースの上から小柄な身を躍らせた。と、突然、霧吹きのようなものを向けられてティレイラは慌てて床を蹴った。霧吹きの中身が床に落ち、濡れた部分が紫色の宝石のようなものに変わっていく。
「この霧吹きの中身はこの前とは違う液体で、被った部分が紫水晶に変わるんだ。この前の金属のオブジェもとっても素敵だったけど、キミのその綺麗な紫の翼に合わせて特別に調合したんだよ」
「ま、またそんなものを……」
「痛くしないから、むしろとっても気持ちいいから、おとなしくあたしの物になって! 最高のキミをあたしに見せて!」
そして泥棒少女は再び霧吹きの握り手を押し込んだ。迫りくる液体をティレイラはなんとか回避するが、液体に当たる事が怖くて少女に近付く事は出来ない。なんとか突破口を開こうと足を踏み出した、瞬間、足下がつるりと滑って床に腰を打ち付ける。
「いたっ!」
「もらった!」
ぷしゅっ、と霧吹きの中身を吹き掛けられ、ティレイラの足が、指が、徐々に水晶に変わり始めた。泥棒少女は笑みながらさらに液体を掛けようとする……瞬前、ティレイラは思わず翼と尻尾を出現させ、泥棒少女目掛けて思いっきり尻尾を振るう。
「いやーっ!」
「あっ」
ぱきっ。尻尾攻撃に霧吹きは真っ二つに破壊され、涙目のティレイラと唖然とした泥棒少女を霧吹きの中身がばしゃりと濡らした。液体のかかった部分が紫水晶に変わっていき、ティレイラは力の入らない身で震えながら少女を見上げる。
「な、何か封印を解くもの……」
「そんなもの持ってきてないよ。あーあ、キミを美術品にして持って帰りたかったのになぁ……」
でもまあ、これはこれで。あたふたともがくティレイラとは対照的に、泥棒少女は何処か達観したような、同時に何処か満足気な声音でぽつりと呟いた。そしてティレイラの腕も足も動かないのをいい事に、未だ生身のティレイラに己の身体を密着させる。
「ひぅっ!? な、何するの!?」
「どうせオブジェになるのなら、キミと二人で一つのオブジェになった方がいいじゃない?」
泥棒少女はティレイラの腕を自分の背中に回させた後、自分の左腕をティレイラの腰にぴったりと押し付けた。そして、右手をティレイラの頬に滑らせうっとりと覗き込む。
「やっぱりキミは最高の美術品だよ……床にかかったのとは比べ物にならない程透明感があってすごく綺麗だ……触り心地もすべすべしてて、でもしっとり吸い付くようで……ねえ、その、ルビーみたいな瞳も見せて……」
「え、いや、あの……」
「本当に綺麗……キミをこうしてずっと見ていたい……君はこの世のどんな美術品より素晴らしいよ……そんなキミと一緒になれるなんて、あたしはとっても幸せだなあ……」
ティレイラは泥棒少女から目を逸らし、助けを求めるべく展示室の外へと視線を向けた。だが、人の気配はなく、声を上げようにも水晶はもう喉にまで範囲を広げている。誰か、助けて、その声は、ついに舌まで這い上がった水晶の奥へと封じられた。
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暗闇の美術館の中。一体のオブジェが美術館のライトに照らされきらきらと輝いていた。竜の少女と魔族の少女。紫水晶で作られた二人の少女が、誰にも引き裂かれまいとするように互いを抱き締め合っている。竜の少女は何かに怯えるような表情で、一方の魔族の少女はとろけるような眼差しで竜少女の事を見つめている。一点の曇りもない、最高の純度を誇る紫水晶の美しさもさる事ながら、愛らしい少女達の切なげな表情を、これを目にした者であれば誰もが絶賛する事だろう。
紫水晶の竜少女は……紫水晶と封じられたティレイラは実に複雑な心境だった。美術館の人に発見されればこの封印だってきっと解いてもらえるだろうし、同時に自分に抱き付いている泥棒少女を捕まえる事も出来るだろう。
だが、それまではこのままだし、そうでなくても結果的にあまりよろしいとは言えない状況。一応成功という事で報酬は貰えるとは思うが……動かない表情のまま、ティレイラは心中のみで疲労たっぷりの息を吐いた。
【登場人物】
3733/ファルス・ティレイラ/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)
【ライター通信】
こんにちは、雪虫です。 この度もご指名下さり誠にありがとうございました。
魔法道具もおまかせという事でしたので、ティレイラさんの紫色の翼に合わせ紫水晶にしてみました。
あとはティレイラさんにメロメロの魔族少女と、魔族少女に振り回されるティレイラさん、という感じで書かせて頂きましたが、いかがでしたでしょうか。
お気に召して頂ければ幸いです。またの機会がありましたらどうぞよろしくお願いします。
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