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<東京怪談ノベル(シングル)>


―空想世界の屋台骨・7―

(――力が欲しいか――)
(……誰? あたしに話し掛けているのは……誰!?)
(――仲間を守りたいか――)
(守れるものなら、守りたいよ! でも、どうにもならなかった……あたしが弱い所為で……)
(――お前には、眠れる力がある。それを開放するのは、今だ――)
(誰? あなたは一体、だれ!?)

 深い眠りに落ち、未だ目覚める事の出来ない、獣人ラミア――海原みなも。
 彼女は大切に想う仲間を強敵の攻撃で討ち取られ、自身も深手を負って意識を失い、既に丸一日が経過していた。
 その傍らでは、あの激闘を辛うじて生き延びた仲間である、ガルダ――瀬名雫が寝ずの看病を続けていた。

「なぁ、君もあれから寝ていないんだろ? 少しは休んだらどうだ?」
「友達がこんなエライ目に遭ってるのに、一人だけグーグー寝て艶々してるのは性に合わないの」
 目の下に青黒い隈を作り、明らかな疲労感が漂う……自分だけが無傷で済んだ、その結果が許せないのだろう。しかし……
「ログインしてもう4日、現実世界でも2時間経過してるぞ。もう夕方になるんじゃないか?」
「う……確かに、いつまでもログインしっ放しって訳にも行かないね。でも、あたしはともかく、気絶してるみなもちゃんは?」
「んー、完全に意識を失ってるからなぁ。運営チェックに引っ掛かれば強制ログアウトさせられるんだけどねぇ」
 そう、キャラが意識を喪失している場合、プレイヤーが操作をしようとしてもコントロールが利かなくなるのだ。
 それは通常の動作のみならず、ステータス確認などにも影響する。無論、自由意思でのログアウトも出来ない。
「……もう少し粘ってみるよ。重傷を負ってても、意識さえ戻ればコントロール出来るようになるでしょ?」
「それはそうだが……ま、程々にな。俺は隣にいる、何かあったら声を掛けるといい」
 雫たちのガイドを依頼されたレッドドラゴンが、心配そうな目線を向けながら退室していく。自分が此処に居ても、何の手助けも出来ない。却って気を遣わせるだけだろう……そう考えての事だろう。
 ――が、彼がドアノブに手を掛けた時、あっ、と思い出したかのようにポツリと漏らした。
「そうだ……手っ取り早く彼女を目覚めさせる手が一つあるぞ。ただ、少々大掛かりになるけど……」
 何でもいい、みなもちゃんが目覚めるなら骨惜しみはしない……雫はその手段とは何なのか、口籠るガイドを促していた。

***

 街の外れにある祠の前に、みなもの体を横たえる。その周囲に篝火を焚き、物々しい雰囲気を作り出している。
「何かアレだね、西洋で云うところの召喚儀式みたいな?」
「ニュアンスは近いね。結局は、神の力を借りてキャラを甦らせるイベントだから」
 ガイドの話に依れば、通常のフィールドでも開催可能なイベントではあるのだが、此処『赤い大地』は強い思念が集中した、所謂パワースポットのような場所である為、成功率がずば抜けて高いのだと云う事だった。
 強力な回復系魔術を持った白魔導士や神官が居れば、このような大仰な事をせずとも、みなもを復活させる事は可能だった。
 だが生憎、ガイドを含むパーティー中にはその力を持ったキャラは居らず、街中を当たってみたが、逗留中のスキル保持者は居なかった。依って、このイベントを起こすに至ったと云う訳である。
「えーと……此処までやったら、次は……」
「何よ、やり方覚えて無いワケ?」
「仕方ないだろ、滅多にやる機会なんか無いんだから。それに、これは本来、神官がやるべき仕事なんだよ」
「モグリの医者が、ものすごい手術をするみたいな?」
 どこかの漫画じゃないけど、その通りだ……と、冗談を飛ばすガイドであったが、その表情は真剣そのものだった。
 何しろ、神を降臨させて瀕死の者を甦らせる儀式だ。一歩間違えれば、邪神を呼び出して全く逆の結果を招いてしまう事にもなりかねない。しかも、やり直しは利かないと云うシビアさだ。真剣にもなるだろう。
「さ、準備は整った。あとは、俺と君の祈り……彼女を救いたいと云う、純粋な想いを天に捧げるだけだ」
「いよいよ、神様にお願いするワケね……オッケ、あたしはいつでもイケるよ!」
 じゃあ、始めるぞ! というガイドの号令により、精神統一が図られた。
 此処で少しでも雑念や邪心が混じれば、儀式は失敗してしまう。否が応にも、真剣になるシーンだ。
(俺は君たちを守る為に派遣された、ボディガードだ。しかし、このザマは何だ! 頼む、償いをさせてくれ。時が経てば回復はするだろう、しかしそういう問題じゃないんだ!)
(みなもちゃん、帰ってきて! あの時はあたし、逃げるだけで精一杯だった。みなもちゃんの事、守れなかった! だから、謝りたいの! お願い!!)
 二人の祈りがシンクロし、天に昇って行く。それは白い輝きを伴い、具現化されていた。
 一方、意識を失っている筈のみなもも……何かに惹かれるように心を揺り動かされていた。いや、何者かの手に依って意識を取り戻したと表現した方が正しいかも知れない。

(――力が欲しいか――)
(力……それが、皆を守る為のものなら……)
(――己が欲望の為に、行使するものでは無いのか――)
(そんな力なら、要らない。あたしは、誰かを傷つける為に此処に居るんじゃないんだから!)

「うっ!」
「す、凄いプレッシャー……は、吐きそう!」
 ゲーム内イベントとは言え、極めてリアルに創られたヴァーチャル空間での出来事。その体感は現実に近く、まるで強い爆風をモロに浴びているような感触であった。しかも、それは自分たちの直ぐ目の前で起きているのだ。激しい苦痛を感じるのも、無理からぬ事であった。
「……!! 彼女は!?」
「消え……ちょっと! どういう事よ、消し飛んじゃったじゃないの!」
「お、落ち着け! まだ儀式は続いているんだ!」
 そう。祠の前に横たえられていたみなもの体は、儀式の効力に依って宙に舞い、ピクピクと痙攣していたのだ。
 そして、金色の輝きを帯びながら彼女は刮目し、天を覆い尽くすかのような巨大な竜の姿となって、ガイドと雫を見下ろしていた。
「み、みなも……ちゃん!?」
「馬鹿な……あれは神話の中に出て来る、ティアマトじゃないか! こんな効力があるとは……まさか!?」
 ガイドは、以前にも彼女が変身したと同時に、強い魔力を発生させたと雫に聞いた事を思い出していた。
 そして、此処は強力な戦いの意志が渦巻くスポット、『赤い大地』。
 これらの力と、神への祈りが融合したのか……と、その神々しいまでの姿に魅入っていた。

 やがて彼らは、その強力過ぎるプレッシャーに耐え兼ね、意識を失ってしまった。

***

「……さん、雫さん!」
「ん、うーん……あ、みなもちゃん、おはよ……じゃない!!」
 そんなに驚かなくても……と、一歩引いて腕でガード姿勢を取る、みなもの姿がそこにはあった。その脇では、ガイドの青年がやはり『俺は一体?』と云った表情で首を傾げている。
「みなもちゃん、だよね?」
「は、ハイ……あの……お二人とも、何をそんなに驚いてるんです?」
「お、覚えてないの?」
 みなもは、何があったんだ……と驚き、雫は『あの時と同じだ』と回想し、ガイドは……
(間違いない、あれはティアマトだった……彼女は、その力を宿しているんだ……)
 その、秘めたる力に慄きながら、汗を拭っていた。

<了>