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魔法のチョコと少女と私
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――魔力を扱える特殊な人材がほしい。
そう請われてシリューナ・リュクテイアとファルス・ティレイラが連れ立って訪れたのは、大きな工場だった。
「わぁ、大きな工場ですね〜。お姉さま、あまーいにおいがしますっ!」
「そうね。それに随分と魔力の波動を感じるわ。何を作っているのかしら?」
ティレイラの言葉に答えたシリューナが、工場の出入り口のベルを押すと、工場長を名乗る男がすぐに姿を見せた。
「いやー、人手不足……というか魔力不足で参っていたんです。助かります」
30代なかばくらいの男がふたりを案内する。ティレイラは甘い匂いが気になって仕方なくて、ついつい口を開いた。
「ここでは何を作っているんですか? チョコレートみたいな甘いいい匂いがしますけど……」
「その通り、チョコレートですよ。ただし魔法の、ね」
言葉とともに工場長が扉を開けると、それまで漂ってきた程度だった甘い香りがぼわっとふたりを包み込んだ。
扉の奥は広い広い空間になっており、多数の大きな機械が稼働している。魔法生物がふよふよと働いている中に、数人の魔力を扱う者の姿も見受けられた。あまり奥の方までは見えないが、ベルトコンベアに乗せられたチョコレートらしきものが完成品として流れているのは遠目にも確認できた。
「工場らしい流れ作業ね。ここで私達は何をすれば?」
「はい、それではこれからご説明差し上げますね――」
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(どれも精密な魔法道具ね。それもこんな大型で、流れ作業の中に組み込めるなんて、作った人はさぞかし腕がいいのでしょう)
シリューナは指定された仕事場所へと向かいながらも、場内に配置された大型魔法道具の動きに目を光らせていた。魔法道具を扱う者として、こんな特殊でよくできた魔法道具をしっかり見ない手はないと思ったのだ。
(なるほど、これはこのためだけに作られたのね……どれもひとつでは意味がなく、全て揃ってこそ真価を発揮する魔法道具なんだわ)
心中で感心しつつシリューナが向かったのは、製品の検品エリアだ。ベルトコンベアの終点に近い場所、幅広くゆっくりとした動きのベルトに多数のチョコレートが所狭しと乗せられている。
「これを使えばいいのね」
シリューナが手にしたのは、杖のような棒。棒の先は大きな輪っかがついており、レンズの入っていない巨大な虫眼鏡のようだ。それを握った手から、魔力を籠める。出力を抑えて、細かい異変に気づけるような繊細な魔力。余程魔力の扱いに熟達した者でなければ、このように魔力を制御することはできない。
ヴンッ……。
シリューナが魔力を伝えると、輪っかの部分に魔力の薄膜が張られた。それをベルトコンベアの上のチョコレート達にかざす。すると、一定基準に魔力が満たない製品だけを、薄膜から発せられた魔力の筋が弾いたのだ。
「まぁ」
シリューナがするのは調整された魔力を流し(これが難しいのだ)、出来上がった製品にかざすこと。不良品を弾くのはこの魔法道具が自動的にやってくれるのであれば、シリューナにとってはそんなに大した仕事ではない。
(ティレイラはうまくやっているかしら……)
心配なのは妹分のあの子。頑張り屋なのは認めるが、少々そそっかしいというか……。なんとなく、何か起こりそうな気がしながらも、なんとかなるでしょ、と仕事を続けるシリューナであった。
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一方、ティレイラは、魔力を美味しいチョコレートに変化させて形作る魔法道具の担当となっていた。とはいえ魔力からチョコレート自体を作り出すわけではなく、生地に魔力を通してチヨコレートへと変化させるのだ。生地自体は定期的に魔法生物が運んできてくれるため、ティレイラは魔法道具に魔力を注ぐのがお仕事。
ティレイラが魔力を注ぐことで動物や花や物の形に整えられた生地が、次々とチョコレートへと変化していく。自らの手で形作っているわけではないが、自分の魔力が作り出したんだと思えば、ベルトコンベアを流れていくチョコを見てテンションが上がるというもの。
「チョコ、チョコ、美味しいチョコを作りましょ〜♪」
ご機嫌で、即興で作った歌を口ずさみながら作業を続ける。
そうしている内に。
ピー!!
魔法道具がエラー音を発した。
「あわ、わわっ……」
自分が何かしてしまったのかと慌てて魔法道具を覗き込むティレイラ。見れば、チョコレートの元となる生地がなくなっていた。
(そういえば……)
ご機嫌で歌を歌っていたものだから気が付かなかったが、定期的に生地を運んでくるはずの魔法生物の姿をしばらく見ていない。
(どうしたのかしら)
このままでは作業が進まない。流れ作業である以上、困るのはティレイラだけではないはずだ。
「よしっ!」
思い切って、ティレイラは背に羽を出現させた。そして、並ぶ魔法道具たちを飛び越えて、生地を作っている場所へとたどり着いた。
「あっ!!」
見れば、生地を運んできていた魔法生物たちが、調子が悪いのか動かなくなっている。このせいでティレイラの元へ生地が届かなかったのだろう。
(よし、じゃあ……)
魔法生物の調子の治し方などわからない。そしてそれを聞きに行っている間に製造ラインが止まってしまうだろう。ならば、とティレイラは魔法生物が運ぶ用にビニールコーティングされた生地を自分で運ぶことにした。工場内をラインを避けて歩いていては時間がかってしまうが、ティレイラなら飛んでショートカットすることが可能だ。
「よっ、と……」
生地を投入すると、魔法道具のエラー音は止まり、魔力を籠めると再び動き出した。ティレイラはホッとして魔力の供給と生地運びの両立を、なんとかやりとげていた。
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そんなこんなでふたりは順調に作業を続けていたのだが。慣れた頃が危ないとよく言うとおり――。
(生地を運びましょー)
生地運搬にも慣れたティレイラは、それまでよりも高度を下げて飛んでいた。ただ単に疲れが溜まってきていたために少しでも体力を温存するため、というのもあるが、これくらいの高さでも大丈夫だろう、と思ったのも事実。
くいっ――。
「えっ……」
何かに服が引っかかった。飛んでいこうとするティレイラとは反対の方向に、引っ張られる!!
ぽたぽたぽたっ……!!
思わず生地を持つ手が緩み、ばらまいてしまった。だが、事態はそれどころではない。
(!! だめっ!!)
そう思った時にはもう遅い。
流れ作業の魔法道具の一つに巻き込まれたのだと気がついた時、ティレイラはすでに球体カプセルに入れられていた。そして不運なことに、そのカプセルの上部から魔法のチョコレートがどんどん充填されていく。
「やっ、ちょっ、誰か、たすけて……!」
チョコレートに溺れそうになりながら、カプセルを叩く。だが、誰にもその声は届きそうにない。
(あま、い……匂い……)
最後に思ったのは、身体のすべてを覆う甘い香り。
カプセルが外されたあと、残されたのは大きな球体のチョコレート。
こうしてティレイラは、チョコレートの塊となってしまったのだ。
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「そろそろ約束の時間ね」
シリューナの元に交代要員が現れたことで、彼女は本日の仕事が終わったことを知った。そしてティレイラの姿を探す。おそらく彼女のもとにも交代要員が来ているはずだ。
「……たしかここで仕事をしていたはずだけれど」
彼女が仕事をしていた場所に行っても、彼女の姿は見えない。もしかして、珍しいからと、色々見て回っているかもしれないと思い、シリューナは工場の中を歩き回る。
(なるほど、ここは球体のチョコを作っているラインなのね。複数のラインに分かれて――)
「……、……」
そこまで考えたその時、シリューナの視界に入ったのは人ひとり収まりそうな大きなチョコレート。検品の段階ではじかれたのだろうかか、ベルトコンベアから転がり落ちたのだろうか、魔法道具の横に不自然に落ちていた。
「……まさか」
なんとなく予感がして、シリューナは魔力を込めてそのチョコレートを割った。すると中から、おまけが出てくるチョコレート菓子のように出てきたのは、膝を抱くようにしてチョコレートコーティングされたティレイラ。
「……はぁ」
この子がこうしてトラブルを起こしたり巻き込まれたりするのはいつものことだけれど、とシリューナはため息をつく。
「元に戻す方法を工場長に相談しないとね……でも」
この姿も可愛らしくて、とても美味しそう――我慢できずシリューナはティレイラの頬のあたりに舌を這わせる。
あまぁいチョコの味と、魔力がシリューナの口の中に広がって。
「ふふ、あと少しならいいわよね」
暫くの間、シリューナはティレイラチョコを堪能するのであった。
【了】
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
【3785/シリューナ・リュクテイア様/女性/212歳/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ様/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】
■ ライター通信 ■
この度は再びのご依頼ありがとうございました。
魔法のチョコが美味しそうで、私もチョコレートが食べたくなりました。
少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
この度は書かせていただき、ありがとうございました。
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