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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 33 featuring ニノマエ・−

 警備員の仕事ってのは変わり映えしない。

 まぁ、業務上、変わり映えが無い方がいいのだとはわかっているが、それでもなんだかつまらない。つまらなくても日常は続く。定期的に戦闘型ホムンクルスとしてのメンテナンスも続く。…あんまり何にも無いとこれって結構無駄なんじゃねぇか? とふと思ってしまいもする。戦闘の為に造られた人造の生命である以上、余計にそれは「焦り」に近いものとして頭の何処かに残る羽目になるのかもしれない。…戦闘型ホムンクルスとしての性とでも言うべきか、そんな高尚なモノはホムンクルスにはある訳無いと鼻で笑うべきか、まぁそんな事はどっちでもいい話。ぐちゃぐちゃ考え込むのはそれこそ性に合わない。

 今となっては「ニノマエ」とだけ呼ばれているその戦闘型ホムンクルスは、つらつらとそんな「どうでもいい事」をつい考えてしまっては――面倒臭くなって思考を放り投げる、と言う益体も無い事を頭の中でぐるぐると続けてしまっている。
 ニノマエ、の表記はカタカナ。記号としての名前だとわざわざ強調されているようでもある。…いや名前なんてものは元々個体を認識する為の記号に過ぎないか。漢字の「一」でそう読むとかどっかで教えられた事がある気もするが、まぁそっちもそっちで記号的ではある。

 と言うか、余計な事を考え過ぎだろう、俺。
 …それこそ、暇なのが悪い。

 この製薬会社の――研究施設の警備員は、外敵を排除するのが仕事だ。…つまりそれだけこの製薬会社には洒落にならないタイプの敵が多い。戦闘型ホムンクルスなどと言うものを造って運用している時点で自明だろうが、まぁ真っ当な場所じゃない訳で、ニノマエ自身もまたその「真っ当じゃない被造物」の一つ、である(そもそもニノマエにしてみれば真っ当とは何ぞやと言うところから心許無くはあるが)。ともあれその自前の被造物を警備員として実験込みで使っている訳だから、それで余計にその「能力」を発揮出来る機会が無いのは…色々どうかと言う気もしてしまう。…つまり実験としての意味すら霞む。自分と言う「モノ」がここに運用されている理由がどうにも謎になってくる。

 総合すると、やっぱり暇なのだ。
 先日、久々にちょっとした騒ぎが起きたのは聞いているが、残念な事に俺の前ででは無かった。A棟の方で某研究室所属の被造物がたった一体の実験用素体の手で全滅させられたとかの愉快な話だが、俺の方にまで流れて来た噂を聞く限り、あまり深刻そうな顛末でも無かった。まぁA2やA7が健在ならこの研究所は問題無く成立すると言う事なのかもしれない。…取り敢えず、全滅したと言うのが彼らの研究室の「成果」ではないらしいから。

 何にしろ、そっちの事態はとっくに収まっているとも聞いている。
 つまり、何らかの方法で事態を収められるだけの人材もまた別に居た訳だ。その時点で話は終わっている。当然、Bナンバーのホムンクルスである警備員が今更出る幕は無い。
 ただ、「まさか実はお前じゃないよな?」とか何故か数名の警備員仲間から冗談混じりで訊かれた事には首を傾げた。当然、何の話かわからない。何度かそんな訳のわからない確認を受けた時点で、ソイツが――暴走した実験用素体とやらが俺を彷彿とさせるような輩だったらしい、と言う事を漸く理解した。
 が、本気で俺に確かめて来るような上は――研究者は誰も居なかったので、別に俺が疑われている訳でも無いのだろう。それでも俺に話が振られると言う事は、あくまで与太話の種にしたいだけ。どんな嫌がらせだと思う。

 まぁ、そんな与太話に興じたいくらい暇なのだろうとは思うが、だからと言ってそこに俺を巻き込むなとも思う。意味の無い会話は嫌いだ。どうせならそんな余計な話に巻き込まれる暇が無いくらいの「ここの警備員らしい」仕事をくれと切に思う。

 そして今もまた、一緒に所内B棟を巡回している被造物兼警備員が――何かと俺に話し掛けて来るのに辟易している。意味のある話ならまだいいが、ろくに答えを返す気にもなれない話ばかりをする。睨んでも無視してもへこたれないのが限りなく鬱陶しい――と。

 俄かに苛立っていたところに、緊急コールが鳴り響いた。警備員同士で連絡を取り合う為の、巡回時に持ち歩く通信機から。出ると、増援お願いしますっ! と悲鳴のような声で助力を求められる。…曰く、所内に直接転移して出て来たと思しき正体不明な侵入者の襲撃を受けているとの事。相手は一人、但し、半端じゃない速さと膂力で警備員を次々薙ぎ倒しているのだと言う。
 得物は、日本刀。

 そこまで聞いた時点で、A棟で先日あったと言う騒動の噂が頭に浮かぶ。と、緊急コールを入れて来た方でもそれは頭にあったらしく、この「襲撃者」が当の実験用素体だったりしないかとの確認も上にしているのだと言う。が、目の前の状況として確認を待てるような余裕は無いので、取り敢えず巡回中の――今すぐに動けるB棟警備員総出で何とか止めろとのお達しが出ているらしい。

 そういう事なら、ニノマエにしてみれば否やは無い。
 やっと、「ここの警備員」らしい仕事が行える――巡回同行者の益体の無い話に付き合っているより、数倍マシだ。



 現場に急行すると、まず鉄臭い異臭が鼻を衝いた。
 そこにはもう元通りの棟内通路の色は残されていない。ただ、黒ずんだ赤でそこかしこが雑に塗りたくられている――元警備員と思しき残骸もあちこちに転がっている。細切れにされ、再生するにし切れない芋虫のように無為に蠢いている肉塊もちらほら。まぁ、地獄絵図と言えばそうだろう。ここの研究所に所属している以上色々今更ではあるが。
 そんな通路の真ん中に、茫洋と立っている五体満足な輩が一人。特に際立った体格でも無い、子供にすら見える若年らしい細身の姿。床にずる程の長い髪と、片手に日本刀がぶら下げられているのがぱっと見の特徴。日本刀のその刃がもうほぼ赤黒く染まって見えるのは――要するに、この惨状を作り出したのはこいつだと言うわかり易い証明でもある。

 つまり、まだ止められてない訳だ。

 ニノマエはそう認めると、警告も何も無しで床を蹴りソイツに一気に肉迫する。だん、と踏み込みの音が聞こえるのが後になるくらいの速度で接敵、鯉口を切った日本刀を――鞘走りの速度も籠めた居合いの抜き打ちでその胴に撃ち込んだ。…そう。ニノマエの得物もまた日本刀。それも今装備していたのは野太刀レベルの長大な大太刀になる。ニノマエの小柄で貧弱な体型からして本来有り得ないサイズではあるが、ニノマエの場合はむしろこのくらいのものでないと、得物の方がろくに保たないと言う事情がある。いやそもそもこの大太刀――『武器庫』の技術で入念に強化済み――ですら、ニノマエの力が強過ぎて一戦保つか怪しいところかもしれない。
 居合いを撃ったそこで、ニノマエは目を細める。本来ならば肉に斬り込んだ手応えがある筈のそこ。あったのは――硬質の刃に止められた手応え。少しも斬り込めていないし、コイツの体が退がった気配すら無い。…今の居合いで反応するか――そして止め切れもするのか、と思う。コイツの唇が、にいっ、と笑う形に動くのも見えた。…面白ぇ。つられたようにニノマエの口角も吊り上がる――相手にとって不足無しってとこか。

 なら、とニノマエは一足飛びに一度退がって間合いを取った。そこで留まらず、次。棟内通路と言う狭い場所であるのが大太刀を振り回すに当たり少し気になるが、まぁ、行けるだろうと判断する――退がったそこから急制動、殆ど溜め無しに見える動きで――けれど到底そうは思えないような勢いと膂力を籠めた剣撃を以って、ニノマエはソイツに再度躍り掛かる。
 一撃でどうこうなる相手じゃないのは今の居合いを止められた事でもうわかっているから、ニノマエは今度は手数を重視。大太刀を片手剣を扱うようにして軽々と無造作に振り回す――ニノマエの見た目にそぐわぬ筋力の場合、体の芯から動かずとも十全に力が入る。即ち、真っ当な剣術では出来ない動きも可能になる――傍から見れば剣を闇雲に四方八方に放り投げているようにすら見えるかもしれないやり方で何度も撃ちまくる。…一回、二回、三回、四回。力尽くかつ速度も具えた、軌道を読み切れないだろう無茶な斬撃の連続――受ける方にしてみれば殆ど嵐に立ち向かうようなものだろうと思えるやり方。
 が、それでもコイツはその一撃一撃を当たり前のように受けてはいなして来る。のみならず、こちらの斬撃に合わせてぶつけるように重さがある斬撃も重ねて来た。お、と思う。ニノマエは予想外の重さが来たら片手を添えて両手で柄を握り真っ当な剣術――に近い形に修正して受ける事もする。…両手で握れば片手より力も入る。受けたついでに一気に押し斬るつもりで撃ち込みもする――が、それもコイツの体をほんの僅か下がらせる程度で、やっぱり真正面から受け止められている。そしてまた互いで互いの刃を弾き合い――僅か離れた間合いから再び肉迫、撃ち合い、鍔迫り合う。互いの位置も目まぐるしく変わる。何度も何度も。終わりが見えない応酬が続く。

 その様、他が割って入れる状況に無い。横から下手に手を出せば巻き添えを食って斬り裂かれるのが関の山。だが――今のこの状況が、膠着していると言える事も確か。つまりコイツを「止める」と言う目的は――最低限度の綱渡りでだが、果たせているとも言えるかもしれない。…そう判断してか、「元警備員の残骸」として転がらずに済んだニノマエの巡回同行者は後詰として後方で待機する事を選択している。…そもそも増援依頼を入れて来た警備員は恐らく既に「元警備員の残骸」の中に居る。今思えばそのくらいに切羽詰まった声だった。
 直接横から手を出さずとも、二人の攻撃の余波は既に通路のあちこちに残っている。まるで粘土ででもあるかのように容易く斬り込まれ抉り取られた壁や天井に床の傷跡。刃が疾った摩擦で黒く焦げ、薄らと湯気が立っている箇所まである――物の例えではなく本当の意味でキナ臭くまでなっている。…現時点では特に場に赤色が増えた訳では無いが、地獄絵図の惨状が更に悪化してはいる。





 いきなり、形容し難い凄まじい金属音がした。





 ギィン、と刃同士がかち合う音ならさっきから何度もしている――が、それとは違う、もっと何か致命的な音。直後、剣撃の応酬が止まる。見れば、ニノマエの持つ大太刀の刀身が真っ二つに折れていた。…幾ら粘り強い刀身であってもこれ程の力と力で真正面から撃ち合っていればいいかげん耐え切れなくなった、と言う事だろう。
 同時に、大太刀と言う盾が直前に無くなった事で、当然の成り行きとしてニノマエの肩口がざっくりと斬り込まれている――ニノマエは、ち、と舌打ち。また簡単に壊れちまいやがったと毒づくが――それで得物が元通りに直る訳じゃない。
 肩口に斬り込まれた刃が引き抜かれる――引き抜かれようとしたそこで、ニノマエはそのまま己の肩口にある相手の刃を掴んで押さえ込む。そして同時に、折れた元大太刀の柄側に僅か残った――尖った刀身の残骸部分を、貫かんとばかりに相手の首筋に思い切り突き刺した。…つまりは己の肉を斬らせる事で相手の得物と動きを封じてから、申し訳程度残った手前の得物を鍔ごと相手の肉に減り込ませる勢いで反撃した、と言う事になる。
 そうしている間にも肩口を斬り込まれたニノマエの傷は癒えている――相手の刃を己が体内に残したままで。ニノマエは折れた元大太刀の柄を握る手を思い切り捻り、更に力を籠める。捻り、捩じり込む事でより多くのダメージを与える事を狙う。
 かは、と相手の喉から声と言うより空気の漏れる音がする。…普通の生物相手なら致死になる傷は既に与えているが、この業界、それで侵入者の処理が済むとは限らない。「普通に殺す」だけでは取り逃がしてしまう可能性すら多々ある。…だからニノマエはまだ手を緩めない。最早、鍔どころか柄、自分の手まで相手の肉の中に減り込ませる勢いでぎりぎりと力を籠め続ける。己の体内に残る剣の始末は後回し。今俺で出来る手段で、何とかコイツを無力化させるのが先――と。

 ニノマエがそう心に決めたところで。





 くす、と含み笑うような声が間近で聞こえた気がした。
 かと思うと、不意に手応えが無くなった。
 …己が体内に残る肩口の刃の方も、大太刀の残骸を捻り入れた相手の首筋、の方も。

 今までの戦いが幻覚か何かであったかのように、相手自体が跡形も無くいきなりかき消えた。





 …ああン? と思う。

 何がどうなったのかがわからない。ただ、戦っていた筈の相手が――そして相手の得物もまた、消えてしまった事だけは言い切れた。…後で改めて引き抜く必要があるかと覚悟していた「己の体内に残した刃」については跡形もなく無くなってまぁ良かったとは言えるが、他は何一つ良くは無い。そもそも意味がわからない。
 初手を交わした時や最後の様子からして、俺と戦う事で何か満足したと言う事だろうかと考えてみる。…満足出来る戦う相手が欲しくてここに来た? 何だかその思い付きが一番しっくり来る気がしてならない辺り、俺の頭も相当おかしいんじゃないかと思う。…まぁ、ホムンクルスだし薬漬けだし、頭がおかしいのは元々かもしれないが――それでも、周囲のちょっとした地獄絵図の惨状は幻覚でも何でもなく今もまだはっきりと目の前にある。つまり、先程の「アレ」も幻覚では無い。ずっと状況を見ていただろう俺の巡回同行者にも確かめる。…俺の認識していた状況全てに同意をされた。

 となると、取り敢えず。

 …久々だった今回の仕事は、失敗しちまったって事になりそうだ。



 が。

 結果として、ニノマエの方にまでお咎めは来なかった。警備員として咎められて当然、な状況だと思ったのだが、あの相手はやっぱり噂になってた件の実験用素体だったみたいで――その関係で、「ソレ」が関わる事柄には色々と例外措置が取られる事になっていたらしい。むしろニノマエがあの実験用素体を相手にあそこまで粘った事を喜んだ研究者も居たらしくて(何となく誰だか想像が付く気がするがあまり考えたくない)、咎められるどころか逆にちょっとした褒賞が出たのには驚いた。
 …まぁ、どちらにしても『武器庫』に――『武器研究室』に小言を言われはしたけれど。…俺みたいな筋力持ちのホムンクルスを造るならそれに適した武器も作って貰いたいもんだと思うんだが、そんないち警備員の希望が叶えられる事はまだ無いらしい。

 何にしても、結局「アレ」が何者だったのか、今「アレ」が何処でどうしているのかまではニノマエには知らされていない。…いや、ひょっとすると上の方でもその辺の事はわかっていないのかもしれない。「アレ」は少なくともこの研究所で生み出されるような生物兵器とは根本的に違う――それは「ここ生まれ」であるからこそ、皮膚感覚でわかる事でもある。
 なら何で上はそんなものに手を出したのか、ともちらとは思うが、いち被造物兼警備員が考える事でも無いな、とすぐに思考を放り出す。

 ただ。

 俺の渾身の一撃を――初手のあの居合いをがっつり止められた事には、少し心がざわめいた。ホムンクルスに心がざわめくなんてある訳無いだろとこれまた鼻で笑われるかもしれないが、少なくとも俺はそう形容しておかしくない「感情」に該当する「何か」があったのだと自覚している。一合一合当たり前のように撃ち合える事もまた、楽しいと思う自分が居た。あの表情を見る限り、アイツもまたそう思っていたんじゃないか、と俺は勝手に思っている。

 こんな奴と戦って死ねたなら、それは幸せかもしれないな、とふと思う。
 まぁ、俺みたいな身の上じゃあ、他愛無い夢想にしても贅沢過ぎる話かもしれないんだが。



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 登場人物紹介
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■PC
 ■8848/ニノマエ・−(-・ななし)
 男/15歳/警備員

■NPC
 ■実験用素体(仮)