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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ふかふかなのもまた素敵。(feat.※魔法寝具店の掘り出し物※)

 本日の「なんでも屋さん」としてのお仕事は、魔法寝具店のお手伝い。

 別世界より異空間転移してこの世界に訪れた、紫色の翼を持つ竜族、と言う本性を持つファルス・ティレイラは、この世界では人間の中で人間の姿を取っているのが日常である。更には空を飛べたり空間転移が出来ると言う機動力を活かして――主に小包等小物類の配達を旨とする「なんでも屋さん」として活動するのが、本業でもある。
 とは言え、「なんでも屋さん」の内訳が配達に関わる事だけ、と言う訳ではない。
 頼まれれば何でもするから、「なんでも屋さん」、なのだ。

 そんな訳で、ティレイラが本日頼まれたお仕事は「魔法寝具屋さんのお手伝い」である。

 決まった時点で、よーし頑張るぞ、とティレイラは発奮。…魔法寝具店。魔法で様々な効力効能が付与されている寝具の作成や取り扱いをしているお店。色々と面白そうで個人的な興味もある――お仕事を抜きにしても楽しそうである。…「色々な意味で」いい夢が見られる寝具とか、普通に…いや尋常でなく心地好い手触りのシーツやクッションとか、すぐに眠りにつける魔法が掛かっている寝具とか。単純に見た目が綺麗だったり可愛いものも多いし、中でもほっと落ち着けそうな色遣いなものが多めだったりと、「寝具ならでは」の気遣いが何だか新鮮でもある。

 ただ、取り敢えずお店に行って一番初めにびっくりしたのは――フリル満載のゴシック風な(リアルな本職寄りではなく可愛さを重視したような作りの)メイド服、を渡された事。
 曰く、それに着替えてお店を手伝って欲しい、との事だった。要するにこれは店の制服…と言う事らしい(そう説明された)。渡されたものを確認した時点で、わ、可愛い、これ着ていいんだ! とティレイラは喜び勇んでいそいそと着用を試みる。…バックヤードの更衣室で、鼻歌交じりに上機嫌。渡されたメイド服一式の着用を終え、おかしいところはないかと鏡の前に立って確認する。うん! と満足出来たところで更衣室から出た。それから、準備出来ましたー、と店主さんに声を掛ける。

 と、挨拶もそこそこに、まず頼まれたのは店番。つまり来訪したお客様への応対、接客。店主さんは何やら急用が出来てしまったのでなんでも屋さんに手伝いを頼んだとの事で、宜しくとあっさり頼まれた。あなたのその可愛さなら大丈夫と太鼓判は押されたが、ティレイラにしてみれば初めてのお店でいきなり重要なお仕事を頼まれた事にもなり、俄かに目を瞬かせる。一拍置いてからその意味に気付き、えええええっ、と驚いた声を上げてしまうが、それでも「なんでも屋さん」として一度引き受けた仕事は仕事である。

 責任重大。身が引き締まる思いになりつつ、ティレイラは店主さんに頼まれたお仕事を開始した。



 寝具店、と一口に言うと、あまりお客様が頻繁に来るイメージはない。

 が、その魔法寝具店には意外と客が多く来た。渡されていた商品のカタログ――店員用の詳しい事が書いてあるもの――と首っ引きになってしまいつつ、それでも接客を何とかこなして行く。
 単純に店番と言うだけだったら、お姉さま――同族であり姉のようなものでもある魔法の師匠ことシリューナ・リュクテイアの営む魔法薬屋の店番をする事もあるし、何度かお付き合いのあるお店で頼まれる事もある。つまり店番と言うお仕事自体は――まぁ、慣れている。
 ただ今日の場合、商品の寝具について詳しい説明を求められると、少々覚束無くなりはする。…まぁ、その為に事前に商品のカタログが渡されている訳で――取り敢えず、急場凌ぎの店番、としては及第点だろうレベルで充分に何とかなっていた。

 が。

 お客様に説明をする内――カタログを眺めている内に、ティレイラは自分の好奇心が抑え切れなくなって来た。
 …この店の取り扱い寝具、何だか、すごく、面白い。

 思い、お客様が途切れると、何となくカタログを読み込んでしまっている。そこで紹介されている寝具を手近に見付けると、ついつい自分で試してしまったりもしている。
 そしてまたパラパラとカタログのページを捲る中、ん、とあるページに目を止めた。思わず、へー、と感嘆の声を漏らしてしまう。

「…ここでも封印魔法使ってるものあるんだー…」

 どっちかと言うと、夢とか幻覚とかリラックス効果とか、精神に作用するような魔法が主に使われているのかなと言う気がしていたのだけれど。思いつつ、ティレイラにしてみれば色々な意味(…)で「お馴染みの種類」な魔法が出て来た事で、そのページを更に読み込んでみる。
 曰く、好きなものを封じる事が出来る魔法の布。封じたものは布地の表面に姿が転写され、その「姿」だけではなく「温度」もまた表面に現れる。主にシーツや抱き枕のカバーに使われる。…との事。

「魔法の布かぁ。…えぇと、置いてある場所は…」

 何となく、きょろきょろと辺りを見回し探してしまう。…次のお客様はまだ居ないし、いいよね、と自分に言い訳しつつ、その魔法の布があるだろう一角にまで移動する。一応、カタログには何処に置いてあるかまで書いてはある。

 が。

 カタログに書いてある通りの場所にまで来ても、それらしいものが見当たらない。…あれ? と思いつつ、少し本気になって探す。この場にあるのは、ベッドだけ。…真っ白なシーツが敷かれている上に、クッションと抱き枕が置いてあり、ディスプレイされている状況。

 魔法の布。

 …ひょっとして、このシーツなのかな? と思う。カタログを再び見る。封印の方法。…何も封印されていない状態の場合、能動的に接触する事で封印魔法が発動するので注意する事。そう見た時点で、うわっ、と思う。…実は今にもシーツに触ってしまうところだった――と。
 カタログ片手に、もう片方の手はシーツに伸ばし掛け、慌ててそれを引っ込めようとした時点でティレイラはバランスを崩してよろける。よろけた方向。敷かれているシーツの上に倒れ込むのが自然な角度。うわわわわ、と更に慌てる。慌てるが――態勢を立て直す事は叶わず、当のシーツの上に倒れ込む。

 やっちゃった…! と思う。うわあああんまた失敗しちゃった封印されちゃう――と。

 俄かに覚悟したが、特に変化なし。シーツが敷かれている通りの、ふかふかな敷布団の感触しかしない。
 あれ? と思う。

 どうやらこのシーツが魔法の布と言う訳ではなかった、らしい。
 そう理解した時点で、ティレイラは心から安堵する。はー、とばかりに息を吐きつつ、ついでにそのまま暫く寝転んでいた。…単純に、寝心地がよかったので。
 そしてそのまま何となく、目の前にあった――ベッドの上に置かれていた抱き枕に手を伸ばす。

 と。

 手を伸ばし触れたところから、吸い込まれるような感触が一気に来た。え? と思う。俄かに何が起きたかわからない――自分の手の先が何故か抱き枕の中に埋もれたと思ったら、その埋もれた分の手の形が、まだ埋もれていない自分の手と続く形で抱き枕の上に転写されていた。まるで、自分の手が抱き枕のカバー上で二次元化したような。
 心当たりがあり過ぎる状況。…即ち、つい今し方カタログで見た通り。

 ええええ〜っ!!! シーツじゃなくてこっちだったの〜っ!!!

 今、ティレイラは抱き枕には殆ど何も考えず触れていた。シーツを警戒して気を張りつつもよろけて倒れ、結果として気が抜けて寝転がっていたところで、ただそこにあったから何となく手を伸ばしたと言う状況。だからこそ、心の準備も何もない。
 何を考える間もなく、手だけではなくその先、腕も肩も――どんどんと抱き枕に飲み込まれていくのがわかる。…一度封印が始まってしまえばもうこれは、途中でどうこう出来るものでもないらしい。

 うわああああん!!! どうしようっ!!!



 他方、シリューナ・リュクテイア。

 今日の彼女は、同族かつ魔法の弟子であり、妹のようなものでもあるティレイラとはまだ顔を合わせてはいない。…互いの仕事の都合だったり何だりと、まぁ、そんな日もある。可愛いティレイラを手許で愛でられないのは少々残念だが、それなりにいつもの事と言えばいつもの事。軽い欲求不満はあるが、まぁ、大した事ではない。
 シリューナもシリューナで今日は依頼された魔法薬を納品する為の外出中であり――ティレイラの方に仕事が入っていなければ荷物持ち等の理由を付けて付き合いもさせたのだが、今日の場合は折角ティレイラ自ら頑張っている方のお仕事、が入った訳である。何処で何の仕事をするのかまで詳しくは聞いていないが、シリューナとしてはその邪魔をするようなつもりもない。

 そんな訳で、魔法薬の納品先へと向かっている。
 向かった先は、とある魔法寝具店。とある呪術が封印されている、睡眠導入にも最適な魔法のアロマオイルを納品する為に来たのだが――…。

 店に着いた時には、何故か店主も誰も居なかった。
 けれど店が閉まっている、と言う風でもない。
 店の扉は、普通に開いている。…まず開店中な筈である。

 おや? と思いつつ店に足を踏み入れると、シリューナは少し店内を見回ってみた。…やっぱり誰も居ない。ならたまたま何かの用が出来て、店主はバックヤードにでも引っ込んでいるのかもしれない。そう思い、シリューナは店の奥へと向かう。

 と。

 その途中で、ぴたりと足が止まった。
 何故かと言えば、とても見覚えのある姿が視界の隅に入った気がしたから。改めて「そんな気がした」方を見、確かめる。そちらにあるのはディスプレイされている寝具一式――ではあったのだが。

 ベッド上に置いてある抱き枕の表面に、何故か、どう見てもティレイラにしか見えない――それも助けを求めているような、不本意そうに何かを訴えているような姿がプリントされていた。

 …数瞬、間。

「…ティレ?」

 思わず呼んでしまうが、答えは返らない。…いや、答えようとする思念を感じたような気はした。…当の抱き枕から。となるとこれは恐らく、ティレイラ本人。着用しているメイド服――シリューナとしてはそんなティレイラの私服に見覚えはない。即ち、きっとここの店主の趣味で制服とか言って着せられたのだろうと察しは付く。…いや、着せられたと言うより、ティレイラならば喜んで着ただろうと思う。

 つまり、本日のティレイラのお仕事先は、ここ。

 ティレイラが今こうなっている状況で、相変わらず他に誰の姿も見えないとなるとシリューナにしてみれば何があったのかそれなりに想像が付く。…恐らく、店番中の事故だろう。そう分析する中、足元にカタログらしい冊子が落ちている事にも気が付いた。シリューナは少し警戒し魔法で走査、冊子に「その手の呪術」が掛かっている訳ではないとはっきりさせてからその冊子を拾い上げ、パラパラと捲って中を見る。
 どうやら店員用の商品カタログであるらしく、程無く、当の「魔法の布」の説明も見付けた。軽く読み込んで、やっぱりね、と苦笑する。そしてその魔法の布についての詳細を熟読、扱いを誤らなければ危険はない事も確認した。

 そしてそうなれば。

 先程から感じていた軽い欲求不満、を解消する術がすぐ目の前にある事にもなる。…いや、解消どころか、新たにじっくりと満たす術でもあるかもしれない。ふふ、と含み笑いつつティレイラの封じられている抱き枕に指先で触れてみる。…ふかふかの、沈み込むような柔らかい枕の感触。撫でてみれば肌触りも格別で。オブジェ化した時の硬質で冷たい感触を鑑賞するのも素敵だけれど、ふかふかなのもまた素敵。…それだけではなく、仄かな温もりまである。ティレがそこに封じられているのだと、わかる証。

 …ああ、もう我慢できない。

 シリューナは湧き上がる衝動のままに、ベットに横になりつつ、ティレイラの抱き枕をぎゅっと抱き締める。…それは、用途の通りの使用法。ここは寝具店でもあるのだし、それらしく置いてあるのだから試すのも自由な筈、とティレイラの抱き枕を実際に愛でながらも、ついつい頭の中で購入の検討すらしてしまう。
 ううん、そんな事より、今は、目の前の素敵なティレイラを愛でる方が先。後の事を考えるより愉しめる今を愉しみたい。言い訳なんか、理由なんか必要ない。

 シリューナは溺れるようにして、夢中でティレイラの抱き枕を堪能する。

 …結局、それは急用で外していた店主が帰って来るまで続いてしまう事になり、この「魔法の布」でカバーが作られている抱き枕を本当に購入する方向に話が進んでしまう事にもなるのだが。
 それはまた、別の話。

【了】