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<東京怪談ノベル(シングル)>


いろいろがんばる御令嬢とねむる氷の女王様。





 ばたり。





 そんな効果音がよく似合いそうな様子で、自室に着くなりベッドに向かって突っ伏した少女が一人。まだ幼さの残る、十代前半と思しき小柄な少女。幾ら突っ伏した先がふかふかのベッドだったとは言え、いっそ「倒れる」と言った方が適していたかもしれないその様子。…とは言え、何か不測の事態があってと言う訳ではなく、本人承知の上での「何か」があった後――と言う状況下、ではあった。

 つまり、「酷く疲れている」と言う事で。

 妖怪絡みか、虚無の境界絡みか、はたまたピーク時の大仕事か。この少女の――アイス屋さんにして氷の女王を先祖に持つ…と言われているアリア・ジェラーティの日常を思えば幾つか可能性は思い至るが、何にしても傍から見る限りは――とにかく、とてつもなく疲れ果てている事だけは見て取れる。

 ベッドにばたりと倒れ込んで、そのまま暫く動かない。
 …本当に大丈夫かと心配されそうな程にそのまま暫く動かなかったかと思うと、やがてアリアはのっそりと身体を起こす。…とは言え確りはっきり起きると言うより、もぞもぞと本格的に眠る支度をし始めた。…つまり眠る支度をする事すらすぐに出来ない程疲れていた訳である。覚束無い手で(疲れているので手を動かすのも億劫)寝間着に着替えて、それが済んだら今度こそきちんとベッドに入る。…ここで倒れ込む前に、お手伝いのお休みは貰って来てあるから大丈夫な筈。さすがにもう限界である。眠い。

 無言のままで茫洋と思いつつ、ベッドに入ったアリアは重くなった瞼を今度こそ閉じる。…やっと眠れる。ゆるゆると意識が溶けていくまで、然程時間はかからない。

 が。

 事はそれだけで済まなかった。
 意識が溶けて、寝息が聞こえ始めたか――と思った、その時。

 アリアのその身が、ぴしぱしぱきりと音を立て、一気に氷に覆われた。



 その後。

 さすがに娘の疲れ果てた様子が気になったか、アリアの母親はアリアの様子を見にアリアの自室を訪れる。と言っても、娘がここまで疲れた様子を見せていたのはこれが初めて、と言う訳でもない。こうなる度に、そこまで疲れる程に頑張らなくとも…と気遣わしくは思うけれど、前例は、まぁある。
 即ち、それ程深刻に心配する事でもない。

 ただ、

 ここまで疲れている様子だと、ちょっと普段とは違う事が起きがちだから。
 そう気になって、アリアの母親は様子を見にアリアの自室へ顔を出す。

 と。

 案の定、の姿があった。
 アリアの場合、意識を失うと能力が勝手に発動してしまう事がある。…とは言っても、本人に不都合が起きるような発動の仕方はしない。ただ、本人を――『氷の女王』を守ろうと「能力の方で勝手に判断する」ような発動の仕方をする。
 つまりは、誰の手にも触れられないように――誰にも安らかな眠りを妨げられないように、氷に閉じ込められたかの如き氷漬け、の姿になってしまう訳で。

 今「そうなっている」のを認めた時点で、あらあら、とアリアの母は微笑ましく思い、苦笑。こうなってしまえば、なかなか起きない。…まぁ、起こす必要もない。ゆっくり休むのよと内心で語りかけつつ、そのままそっとしておく事にする。

 が、そこに。

 ぴーんぽーん、と、来訪の意を告げるインターホンの音が鳴り響いた。



 鳴り響くインターホンの音にアリアの母は小首を傾げ、誰かしらと思いつつも玄関に向かう。扉を開けて応対に出たところ、待っていたのは帽子を被ったおさげの少女。アリアよりもまだ小さく、確か八歳になる小学生だと聞いてもいる。

「あら、四菱ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちはアリアちゃんのお母さん、アリアちゃんは居るだろうか? 桜ちゃんが遊びに来たのであるっ」
「ええ…いつも有難う。…でもごめんなさいね、今はちょっと」
「?」
「…ああ、アリアは居る事は居るのよ。でもね、今」

 と、やや困ったように続きを言い掛けるも、四菱ちゃん――四菱桜の方は、居るのだなっ、と喜びの声を上げるなり、じゃあおじゃまするのである! と声を掛けつつ玄関で靴を脱ぎ、脱いだ靴も確り揃えたかと思うと家の中へとすったかたー。勝手知ったる友の家。アリアの自室は桜も承知。アリアちゃんアリアちゃん桜ちゃんが遊びに来たのだぞー、と元気に来訪を告げつつ、桜はアリアの自室へと飛び込んでいる。…ちょっと待って四菱ちゃん、と俄かに呼び止めるアリア母の声も間に合わない。
 即ち、アリアの母親が事情を説明するより、実際に「見て」しまう方が早かった。

「…え、アリアちゃん? どうしたのだアリアちゃん!」

 桜は驚き慌ててベッドに駆け寄り、そこで眠る氷漬け状態なアリアに触れ――その冷たさに反射的に手を引っ込めつつ、それでも気を取り直して再び触れ、正気付かせようとしてかアリアを揺さぶる――揺さぶろうとする。
 が、そもそも氷漬けなので重くて揺さぶるも何もない。更には冷たくて満足に触れてもいられない。桜は、う、と泣きそうになる――そこに何処からともなく卒無く差し出されるハンカチ。桜は当たり前のようにそれを手に取り、アリアちゃんが氷になっちゃったよう! と嘆きつつ少々ぐずる。
 そこに、ごめんなさいね驚かせて、とアリアの母の声。聞いた桜は顔を上げ、アリアの母を見る。アリアの母の様子は、至って普通。アリアの姉とも見紛う若く美しい姿に陰りはなく、何か悪い事があったと言う風でもない。むしろ桜が驚いて泣いてしまった事をこそ気遣っている風である――いつも通りでしかない優しく綺麗なその貌を見て、桜も少し落ち着いた。

「…アリアちゃんに何があったのだ」
「大丈夫なのよ。少し疲れて眠っているだけなの」
 氷の中に居るのは、能力が勝手に発動しているだけで――と。
 アリアの母がそこまで話した時点で、だったら桜ちゃんが助けてあげないとなのだ! と桜は奮い立つ。能力が勝手に発動→アリアちゃん自身がそうしたい訳じゃない→だったらきっと困ってる。そんな論法が桜の頭の中で成立した。…疲れて眠っているだけ、と言われた事については既に忘却の彼方である。

 アリアちゃんが困っているなら、ともだちの桜ちゃんが何とかしないとなのだ。そう決意し、桜は腕組みして考え込む。氷に閉じ込められているアリアちゃん。助け出すには――…。

「うん、火が必要だな!」

 言った途端に、マッチやらライターやらが再び卒無く桜の目の前に差し出される。…何処からともなく現れた複数の黒服から殆ど同時に。ちなみに先程ハンカチを差し出したのも、アリアの母ではなくこの黒服の一人である。…桜の周りにはいつも桜を助けてくれるこんな黒服さんたちがたくさん居る――但し桜自身はこれがどういう事なのかあまりよくわかっていない。
 そして複数の火種を取り出した黒服さん同士で俄かに相談の上、「危ないですから」と差し出したのみならず黒服さん自身がライターを選んで着火。桜の指示のままその火をアリアを閉じ込める氷へと近付ける――が、焼け石に水と言うか何と言うか、殆ど効果なし。…ほんの一滴分すら溶けたようにも見えない。ならもう少し火力を上げてみるべきか、と桜が思えば、これまた黒服さんが火種に恰好の紙屑のようなものを取り出し、そこにライターの火を付け、少しだけ火を大きくした。ちなみに燃えカスが落ちないように、金属の皿で確りその下に受けも作られている。
 そしてその少し大きくした火も、桜の指示でアリアを閉じ込める氷へと近付けるが――やっぱり、殆ど意味がない。

「うーん…もっともっと大きい火じゃないと駄目であろうか…」

 と。

 そう呟いた時点で、今度は火炎放射器を持った黒服さんが現れた。うん、と力強く頷く桜。そこに、それを使うならさすがにお外でにして貰った方がいいかもしれないわ、と小首を傾げつつおっとり言い添えるアリアの母。と――その言葉通りに、黒服さんたちが氷漬けのアリアを部屋から運び出し始めた。…アリアの母に言われ、桜の方でも素直にそうしようと思った、らしい。ついでに黒服さんたちはそうする中、一応アリア母の意向を窺うように、さりげなくもぺこりとお辞儀をしてもいた。



 そして、アリアちゃんちのお庭に出て。

 ごおおおおお、と火炎放射器の火がアリアを閉じ込める氷に向かって放出されていた。が、幾らその炎に炙られてもその氷はやっぱり溶けそうにない。アリアの母の方も、何やらその様子を微笑ましく見守っている――その時点である意味尋常ではない状況に見えるかもしれないが、アリアの母にしてみればアリアの氷はそう簡単に溶けるものでも砕けるものでもない事を知っているので、ここは余程のやり方にならない限り桜の好きにさせておいてあげよう、と思ったと言う面もある(…ちなみに火炎放射器程度では『余程のやり方』に含まれないらしい)
 可愛いアリアのお友達が、折角アリアの為にと奮闘しているんだから、と。…その奮闘の方向性はさて置き。

 …何にしても、やっぱりアリアを包む氷には変化なし。

 やがて桜は火炎放射器を諦めると、じゃあお湯ならどうであろうか、と、ふと口に出す。そうだお湯だ、熱い温泉にでも浸かればよい! と更なる声を上げると――見計らったように何やらタンクローリーめいた液体輸送用の車両が家の前、庭に沿う形に乗り付けた。かと思うとそこから蛇腹のホースが伸ばされ、何処からともなくまた別の黒服が庭に何やら頑丈な枠のようなものを持ち寄り組み立て始め――気が付けばその組み立てられた枠の中に、蛇腹のホースから流れる高温と思しき液体がどばどばと注ぎ込まれる次第となった。
 つまり、温泉が持ち込まれた、らしい。組み立てられた枠は、要するに普通に風呂桶。そしてなみなみと温泉が満たされたそこに、粛々とアリアの眠る氷は入れられた。…全然冷水でうめる事すらしていない熱湯の温泉に、である。が、それでもアリアのその氷は溶ける気配がない。それどころか、熱湯だった温泉がだんだん温くなり始め――挙句の果てに、ひんやりと冷たい水になって来た。手を入れるとむしろ手が凍りそうなくらいである。

「うう、これでもダメであるか」

 ならば次は――と桜が考えたのは物理手段。かき氷のように削るのはどうかと思い付いたそこで、黒服さんたちは今度は何やら特殊な建機らしい巨大な車両をやっぱり家の前にまで乗り付けて来た。回転刃と思しき刃が付いている――厳密には違うが、要するにアリアの氷のサイズでかき氷器と同じ事が出来るだろう何がしかの建機、であるらしい。
 が、それを使っても全然削れる気配なし。ならぎゅーって潰したらどうか、と桜もそろそろ意地になりかけ、黒服さんたちが素直にそれに答えてプレス機を持ち込んだところで――さすがにそれは止めて頂戴ね? とアリアの母からやんわりと制止の一言が入り、桜もはっと我に返る。…アリアちゃんを助ける為に氷を何とかするのに、アリアちゃんごと潰しちゃったら確かにダメである。
 …手段に拘るあまり目的を見失いかけていた。ならばどうすると悩み果て、うーんうーんと知恵熱が出そうな程に桜は考え込む。…氷を相手にするとなれば、溶かすか砕くかどちらかしかない。溶かすには火やお湯であっためる、でもそれでもダメだった。削るのもダメ、潰すなんてもっとダメ、じゃあどうしたらいいのであろうか――温泉のその先、火山の火口ともつい頭に過ぎるが、これもまた潰すのと同じ意味でダメである。もしそれで氷が溶かせたとしても、それは多分アリアちゃんごと溶けてしまうと言う事にもなる。…絶対絶対ダメである。

 そして考え続けて色々やってみて――暫し後。

 桜の様子が少々変わって来た。ぐるぐるぐると考え込む中、何と言うか、むずがる子供のように言動が色々覚束無くなって来る――見れば瞼も重そうになって来ている。





 どうやらそろそろ、考え疲れて――眠くなっても来たらしい。





 気付いた時点で、アリアのお母さんと黒服さんたちは、どちらからともなく顔を見合わせる。

 そして――…。







 再び、アリアの自室。

 氷漬けになっているアリアからは聞こえる筈のない、すぅすぅと健やかな寝息が部屋の中には聞こえていた。その主は、桜。考え疲れてすっかりおねむになってしまった彼女と氷漬けで既に眠っているアリアは、黒服さんたちの手によって元の部屋にまでエスコートされ、アリアのお母さんの厚意で一緒にお休みさせて貰う形に纏まった。…但しアリアが氷漬けと言う形なので、同じベッドで添い寝と言うのはさすがにちょっと桜ちゃんが寒過ぎて体調崩すのではと懸念され、床に別にお泊まり用のふかふかな寝具(これも勿論黒服さんたちが以下略)を広げて、桜はそこで眠っている。

 今度こそ、誰にも邪魔をされない眠りが、部屋の中に満ちていた。







 ぴしぱし、ぱきり。





「…んー…」

 心行くまでの深い睡眠の後。寝惚け眼をごしごしとこすりつつ、ベッドの上で――氷の中から当たり前のように目を覚ました少女が一人。透き通るような青色の髪に、今にも零れ落ちそうな黒色のつぶらな瞳。本来の歳より幾分幼く見えもする彼女は、今自分が何処に居て何をしていたのかの見当識さえあやふやな状況ながらも、自分が寝ていた(らしい)ベッドのすぐ横に何故か完備されているふかふかの寝床から、健やかな寝息が聞こえている事に少し遅れて気が付いた。

 …見れば、そこに居たのはお友達の四菱ちゃん。
 あれ? と疑問に思いつつも、取り敢えずベッドから降り、何となくそのすぐ傍らへと行ってみる。
 そしてそのまま、四菱ちゃんの寝顔を無言で、じー。

 見ているところで、ぱちり、と四菱ちゃんの瞼が開かれた。…偶然か必然か、たぶん、四菱ちゃんの方でも自分をじっと見る視線に気が付いたと言う事なのかもしれない。
 そしてそのままじっと見つめ合い――暫し後。





 アリアちゃんっ!! と、感極まったように四菱ちゃんが跳ね起き、自分をじーっと見ていた少女に――アリアちゃんにがばりと抱き付いた。

 アリア、何事かと思わず目をぱちくり。
 よかった無事だったんだな心配したのだぞ! 等々、四菱ちゃんはアリアに抱き着いたまま息せき切って何度も言い募る。言われる度に当のアリアの方では訳がわからず頭上に疑問符が浮かびまくるが、よかったよかったと四菱ちゃんが喜んでいるらしい事だけは、まぁ、確か。…四菱ちゃんにぎゅーと抱き着かれたままで、何かよかったと言われるような事があったのだろうかとアリアは暫し自問。…してはみるが、どうにも答えが出ない。…アリアにしてみれば、眠る前の事を思い出してみても、特別変わった事をしていたとは思っていない。

 何が何だかわからないけど…四菱ちゃんが喜んでるなら、まぁ、いいか。

【了】