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君臨し、征する女帝に敵う者無し
戦う余地など、最早、無い。
それはこの様を見れば明らかな事。糾されるべき不謹慎な趣味の愚かな人間が新たに現れたかと思いきや、恥ずかしげもなく目の前で正体を現した凄まじき害悪の具現。善良な男を堕落させるべく膨らんだ歪な体躯、口に出すのもおぞましい程の“女”と言う性を強調するだけした巨大な姿――その形を取った、色欲の権化。
神の名の元に排除すべき、討ち滅ぼすべき悪魔。頭ではわかっていても――その姿を前にした天界の使徒たちは、その御題目がどれ程儚い空言であるのか、自分たちがどれ程身の程知らずであったのかを身に沁みて感じ取る。
…この圧倒的なサキュバスの女帝を自分たち如きで排除するなど、出来る訳が無い。
理屈ではなく本能で、殆ど自動的に理解する。幾ら神の名を叫び猛ろうとこの矛が届くとは思えない。いや、それより先に己が体から力が抜ける。体の芯から震えが来る。見てはいけないのに目が離せない。怯惰に――そして訳がわからなくなる程の欲情に今にも狂ってしまいそうになる。その肢体から醸される凄まじく暴力的な色気に――女帝の纏う闇の淫気に、ただただ圧倒され心がおかしくなる。罪を罪と感じながらも堕落への誘惑に抗えぬ心。その背徳に昏い喜びすら覚える己はもう天界の使徒と言えるのか。誰のものかも知れない喘ぎや、生唾を呑み込む音がすぐ側から聞こえた気さえした――ああ、皆の心が折れていく。
害悪の具現が近付いてくる。ゆっくりと、ゆっくりと歩を進めて来るその姿すら冒涜的極まりない。最早別の何かではないかと思える程に膨らんだ巨大な胸が、女帝の歩む振動に合わせて不謹慎に揺れている。まるで視線の集め方を心得ているようなその揺れ方――否、揺らし方、なのだろう。そうわかっても、どうしても視線が釘付けになってしまう。
…どれだけの魔力がその淫らな胸に籠っているのか、見当も付かない。
だがそれでも、我らは――…!
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あらぁ? とサキュバスの女帝――セルフィナ・モルゲンは少々意外に思う。
何がかと言えば、か弱い子ウサギちゃん――もとい天界の使徒たちにまだ抵抗出来るだけの力が残っていた事が。この様子じゃあ、もうとっくに籠絡完了しちゃってるかもしれないわねぇ、と思っていたのに、まだまだちゃあんと儚い抵抗をして見せた。
歯が立たないとわかっているのに、それでも必死になって――震えつつも立ち向かって来る姿はなかなかに健気である。泣きべそかいて自棄になったように何度も剣を突き込んで来る子も居れば、見るのが怖いのかぎゅっと目を瞑ってつたない神聖魔法を繰り出して来る子も居る。
勿論、どれもまともに受けてなんかあげない。…そもそも攻撃を弾くのに何の所作も要らないくらい。自分たちの攻撃が簡単に弾かれるのを認めて、か弱い子ウサギちゃんたちの顔が絶望に染まる。でも、その絶望の中に被虐に目覚めたみたいな火照りがあるのもセルフィナにはお見通し。完全に堕ちるのは時間の問題ねぇ? と思いつつ、それでも攻撃を――なけなしの抵抗を続けて来る天界の使徒ちゃんたちの諦めない姿が堪らない。
ゾクゾクする。これからどう押し潰して――どう料理してあげようかしらぁと考える。何の抵抗も出来ない輩を相手にするより、抵抗してくる相手を「折る」方が格段に楽しいもの。ンフフフフ、とまた後への期待に笑みが零れる。それだけでセルフィナの纏う闇の淫気が一段と濃くもなる。更に濃厚に天界の使徒たちを包み込む――更には周囲一帯を、じんわりと満たしていく事にもなる。
最早セルフィナのその身に近付くだけで、濃厚過ぎる淫気に中る。びくりと震え、倒れ込む。…近付いて来た子から一人ずつ、まともに立ってさえいられないようにしてあげる。まずは真っ先に剣を突き込んで来た子から――魔法攻撃を仕掛けた子もおんなじように。他の子たちにもみんなみぃんな教えてあげる。…カミサマなんかじゃ、教えられないコト。
倒れたそこで、快楽にか屈辱にか悶え震える姿もまた健気で。セルフィナは、んふふ、とちょっと気取ってそんな彼らの上に腰を下ろす――二人か三人くらいは覆い切れる程のその巨大な尻で、天界の使徒を押し潰す。と言っても押し潰す『凶器』の方が“女”の性を強調した柔い肉、本当に潰してしまう訳でも無い。ただ圧迫し、魔力や精力を吸収して無力化するのが目的である――押し潰されている天界の使徒からは、何を思ったのかあられもない声まで上がっていた。
その反応にまた気を良くし、セルフィナはぎゅうぎゅうと圧迫を――力の吸収をこれでもかとばかりに続ける。次の子は胸で、その次の子はまた尻の方。思うままに力を吸い尽くし、一応の満足を得た頃にはセルフィナの胸も尻も、また更に一回り大きくなっていた。…元々巨大だったところに更に、である。…セルフィナの能力はこうやって他者の魔力や精力を吸収する事――そして吸収したそれらの力は、胸に蓄積されていく。
セルフィナにとっては、その事自体が、快楽でもある。…敵対勢力の無力化を終え、己が闇の淫気の中で新たに吸収した力の余韻にじっくりと浸る。
んふふ、最高♪
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急がねば、と気ばかりが急く。
…何故あいつらだけであの場所に教化に行かせてしまったのか。あの一帯には害悪の具現である強力な淫魔が巣食っている。幾ら天界の使徒だとは言え、あいつらだけでどうこう出来るような悪魔では無い。せめて自分が居なければどうにもならないレベルの奴なのだ。
だからこそ、どうか無事で居てくれと神に祈る。祈りながら目的の場所にまで空から急行する――禍々しい闇の淫気が周辺に広がっているのを確認した。その中に、一体の巨大な悪魔が居る事も確認。そして既に倒されてしまっている神のいとし子たちも確認出来た。思わず唇を噛む。…彼らの内、どれだけが神の家に戻って来られるだろう。かの淫魔にやられたとなれば最早難しい事はわかっている。悲しい事だが、仕方無い。
ならば、今は仇だけでも――かの淫魔だけでも討ち滅ぼすべし。
その一念を以って、見るに堪えない姿で何やら寛いでいる淫魔を狙う事をする。自分は槍を構え、上空から一気に突進した。淫魔の方でもインパクトの直前で気付き、こちらの一撃をぎりぎりでいなしている――祈りが信仰が足りなかったかと後悔する。ならば次こそ、神の力で淫魔を討ち滅ぼさねば。
「んもうっ、せっかくイイ気分だったのに…今度はずいぶんせっかちな子が来たのねぇ?」
…その声ですらねっとりと粘り付くように耳に残る。悪魔の声など聞いてはならない。話をすれば隙を見せる事になる――それだけでも堕落への道標となってしまう。改めて自分は槍を構え直し、神に祈りを捧げて――次の一撃を淫魔へと繰り出す事をした。
淫魔は聞くに堪えない下品な軽口を叩きつつ、その攻撃もまたいなしてしまった。…まだ祈りが足りないのか。思う間にも淫魔が――何かの魔法を手の内に凝らせているのを確認。当然、発動前に潰す事を選択し、再び槍を構えて淫魔に躍り掛かる――あんっ、と無駄にはしたない淫魔の嘆く声が、無防備な耳に飛び込んで来る――それすらも誘惑の声である。が、その割にまだ手の内の魔法は潰せていない。そう見た時点で次の一手を更に繰り出し、淫魔を追いつめる事を狙う。
今の間合いなら未発動の魔法より槍の方がまだ有利。連続して槍穂を突き出し、魔法発動の邪魔をしつつ――隙あらばその醜く巨大な異形の身体を貫ければと狙う。
重たそうなその体躯の割に、この淫魔の動きは異様に軽やかでもある。発動し掛けた魔法をそのままに、体捌きだけで槍穂を避けるなどと言う器用な真似をする。それだけでも目の毒極まりない肢体が、揺れる。
が、その程度で全て避け切れるなどと思うな――裂帛の気合いと共に、自分は漸く、淫魔の胸へと槍穂を突き入れる。恐らく致命傷は外れてしまったが、それでも侮れないダメージにはなる筈――――――
――――――なんだ、これはっ!?
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…。
…まず、己の見当識を探る。今自分は何処で何をしていたのか――天界の使徒として邪悪な淫魔と戦っていた。そして神の名の元に淫魔の胸に槍穂を突き入れる事が叶ったのだが――その時、槍穂を突き入れた傷口から、凄まじい勢いで飛沫めいた「何か」が噴き出して来た。その「何か」の正体は不明だが、血液では無かった事だけはその時点でわかっていた。が、それ以上は何もわからず、避ける間も無く自分に直撃してしまったのだと思い出す。
そして、その直撃した衝撃で、自分は今まで気を失っていたのだ、とも。
…だが自分は、今こうやって何事も無く無事で居る。
ならば、あの淫魔はどうなったのか。
疑問は尽きない。そもそも、今この場は――夜にしても異様に暗くは無いだろうか。都会の街中であるならば夜であっても暗い場所の方が少ない筈なのに――いや。
ごくり、と生唾を飲み込んだ。
…異様に暗く感じた理由は何か。その答えは、目の前にあった。この暗さは、空じゃない。自分は今、巨大な影に覆われているのだと気が付いた。それも、柔らかそうな丸みを帯びた、はちきれそうな黒――――――
――――――淫魔が、居た。
胸部と臀部の異様な膨らみで顔までは見えないがそうとしか思えない。あまりにも冒涜的なその体躯。槍持て対峙していた時のあの淫魔と比較して、大きさは全く違うが形状自体はほぼ同じものだった。認識すると同時に、最早胸とは言いたくない二つの山がゆっくりと目前に迫っても来る。その事に言い知れぬ不安と恐慌――そして心の何処かしらで仄暗い期待を覚えている己に絶望した。自分がどうすべきなのかわからない。手許に槍はあるがこれであれにどう立ち向かう。どう振り回したって何も出来るとは思えない。思う間にも「ソレ」は自分に近付いてくる。大き過ぎて何処に逃げても逃げられる気がしない。
やがて二つの山の隙間――もとい胸の谷間に、己が身が完全に挟み込まれた。そのまま押し潰されるようにして――じりじりと己の中から力が吸い出され、無力化させられていくのをただ感じていたのが最後の記憶。
…この天界の使徒もまた、結果として為す術も無く意識を失った。
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ンフ、といつも通りの含み笑う声がする。
そこに続くのは、少し手こずらされちゃったわねぇ、とのセルフィナの甘やかなぼやき。眼下には、槍を使っていた天界の使徒が意識を飛ばして倒れている姿。既に無力化も成っている。闇の淫気で作り上げた結界を用い、太刀打ちする事自体を諦めそうな――セルフィナが巨大化した幻覚を見せる事で、何とかここまで持ち込んだ。
幻覚。…とは言えそれを為したのがサキュバスである以上、それもまた本物と言える。んふふふふ、と機嫌良く含み笑うと、セルフィナは己の胸にそっと手を添え、新たな感触を確かめた。…たくさんたくさん力を吸収して、また、とっても大きくなったから。
そう。この場にサキュバスの女帝として降り立った時と比べても、セルフィナの胸も尻もどちらも、より豊かになっている。…その事自体にもう、セルフィナは満足を覚えている。
こうなればもう、敵対勢力の抜け殻の事などにかかずらいたくはない。可能な限り、今のこの満足感を心行くまで味わって、愉悦に浸り続けていたい。
勿論、己の支配する素敵な素敵な『日常』の中で。
…さぁ、そろそろ帰りましょうか。
今宵の宴は、これでおしまい。
【了】
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