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<東京怪談ノベル(シングル)>


 世にも珍しき鍾乳石


「ふんふんふふーん」
 ファルス・ティレイラは魔法の光を灯しながら、鼻歌混じりの上機嫌で洞窟の中を歩いていた。生業にしている配達屋さん(なんでも屋さん)のお客さんから「魔力の溜まり場となっている洞窟がある」と教えられたのは昨日の事。生命力溢れんばかりの元気さを取り柄としているティレイラは好奇心も非常に強く、珍しいもの見知らぬものがあると聞けば訪ねずにはいられない。もっとも、そのおかげでトラブルに巻き込まれる事も多々あるのだが……
「ふんふんふふーん」
 そんな事で大人しくしてくれる好奇心なら、そもそもティレイラはこの世界を訪れる事もなかっただろう。未知の代物にわくわくと胸を高鳴らせながら、ティレイラは洞窟の中を歩く。歩く。
「空気もひんやりしていていい感じ。……と、ここはもしかして飛んで進んで行けるかな……?」
 しばらく道なりに歩いていくと、翼を広げて行ける程巨大な鍾乳洞に辿り着いた。ひとっ飛びで行けるなら断然そちらの方がいい。ティレイラはご自慢の竜の翼をばさり広げると、一応天井にぶつからないよう気を付けつつもさらに奥へと羽ばたいていった。しばらくするとこんこんと水が湧き出る泉が一つ見えたので、ティレイラは地面に降り水に手を浸してみた。ひんやりと心地いい水はどうやら魔力を帯びているらしく、魔力の溜まり場となっているのはこの水と泉が原因のようだ。
「やった! さっそくちょっと頂いて……」
「まてまてまてまてェ〜!」
 水を汲もうとティレイラが水筒を取り出した、その時、何処からともなく見知らぬ少女がティレイラの前に出現した。紅色の髪から伸びる二本の角。腰より下からひょろりと伸びる黒い尻尾。
「もしかしてあなた、魔族の子?」
「そうだよ! 一体誰の許可を得て水を汲もうとしてんのさ!」
「誰の許可をって……誰かの許可が必要なの?」
 首を傾げるティレイラに、魔族の少女は「むきぃ〜」とその場で足を踏み鳴らした。くりくりした目をきっと吊り上げビシリとティレイラに指を差す。
「そんなの、アタシの許可が必要なのに決まってんでしょ!」
「なんで?」
「アタシがそう決めたから!」
「あなたがそう決めたって事は、他の人が認めたワケじゃないって事でしょ?」
「うるさいうるさいうるさーい! とにかくこの水はアタシのものなの! アンタなんかに一滴だってやるもんか!」
 騒ぎ立てる魔族の少女になんだかティレイラもむっとしてきた。どう考えても言いがかりだし、このままでは埒が明かない。
「そこまで言うなら……こっちにだって考えがあるわ」
「なんだよ。力づくで奪おうっての?」
「あなたが素直に水を渡してくれないならね」
「ふーん……あっそ。そうですか。それならこっちだって力づくで追い出すからね!」
 魔族の少女はティレイラ目掛け魔法弾を撃ち放った。ティレイラは竜の翼で宙を舞い魔法弾を回避すると、お返しとばかりに火炎球を炸裂させる。普段は目立たないように人の姿をとっているが、本性は別世界からやってきた竜族の少女。火の系統の魔法を得意とし、空間を操る事も出来る。
(とは言っても空間を操るのは、使い過ぎると疲れるからあんまりやりたくないけれど)
 子供の喧嘩のような言い合いからなし崩しに始まった魔法勝負はティレイラ優勢で進んでいった。ティレイラだって魔力にはそれなりに自信があるし、空を飛べる分機動力的にも有利である。このまま余裕で勝てるかな、と笑みさえ見せていた、その時、魔族の少女がにやりと幼い口元を吊り上げる。
「アタシに勝てると思ってる? 甘い、甘いね、激甘だね!」
 魔族の勝ち誇った声が響いた瞬間、ティレイラの全身から力が抜け腕が重みでダラリと下がった。何事かと視線を落とし……そこでようやく異変に気付く。
「な、なにこれ……!?」
「言ったでしょ? この水はアタシのものなの、って。天井から降り注ぐ雫や周囲の水に魔力を込めたの。アタシの魔力を込めた水に触れたヤツは、徐々に鍾乳石に変わってそのまま封印されちゃうんだよ!」
 ティレイラの肌のそこかしこは、滑らかな乳白色の鍾乳石へと変化していた。慌てて反撃しようとしたが、水滴が身体を濡らす程に徐々に力が抜けていき、ついに接近してきた魔族にそのまま取り押さえられてしまう。
「きゃあ!」
「この水が欲しかったんでしょ? アタシがいっぱいかけてあげる!」
「ひう! 冷たい! ち、違うの! 水浴びしたかったワケじゃ……ひゃう!」
 魔族の少女はティレイラに抱きついたまま水をティレイラにかけ始めた。ばしゃばしゃと水をかけられる度に、身体から一層力が抜け肌は鍾乳石へと変わっていく。完全に形勢逆転、どころか勝敗が決定した所で、魔族の少女はティレイラの翼や尻尾に直に水を塗り始める。
「ひゃあ! ど、どこ触って……」
「こうやって魔力を込めながら塗った方が効果が高いんだもーん。さぁて、どんな形にしてやろうかな」
「や、やめて、そんな格好させないで……!」
「アタシの水を盗もうとした罰だよ! さーて、ここはどうしてやろうかな」
 魔族の少女は慌てるティレイラを見て優越感に浸りながら、じっくりと楽しむようにスキンシップを繰り広げた。ティレイラに抱きつくように密着したまま手を伸ばし、ティレイラの手足や角の先まで広げながらぬりぬりぬりぬり。
「や、やだぁ……からだうごかない……かたまっちゃう……」
「ここはこういうポーズの方がいいかなー」
「やだぁ……やめて……やだやだやだぁ……」

 かくして、魔族の少女は存分に戯れ至福の時を満喫し、ティレイラは鍾乳石の像と封印され、しばらく鍾乳洞の中で佇んでいた……らしい。


【登場人物】

 3733/ファルス・ティレイラ/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)


【ライター通信】

 こんにちは、雪虫です。ご指名下さり誠にありがとうございました。
 最終的にどんな造形の鍾乳石像が出来上がったか……それはご想像におまかせします。
 お気に召して頂ければ幸いです。またの機会がありましたらどうぞよろしくお願いします。