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<東京怪談ノベル(シングル)>


『1人、自室にて』

 広い公園でアレスディア・ヴォルフリートは、ディラ・ビラジスに自らの過去を語った。
 話を終えると、ディラは思案してアレスディアに謝罪し、今日はもう帰ろうと言った。
 それから2人は、あまり言葉を発することなく、買い物も食事もせずに帰路について。
 次の仕事を打ち合わせを軽くしてから、別れた。

 たまの休日。まだ明るい時間に帰宅したアレスディアは、着替えを済ませるとベッドに腰かけた。
 部屋着といっても、事件が発生したのならすぐに飛び出し、誰かを護れる装いだ。
「つまらぬ話をしてしまって、気を遣わせてしまったか」
 今日の事――公園での彼との会話、彼の反応を思い浮かべて、思わず苦笑しながら首を左右に振る。
「いかんいかん」
 ディラが口に出さなかった言葉、全て汲み取れるわけではない。
 彼はあれでも言葉を選び、表現を抑えて語ったのだということをアレスディアは感じ取っていた。
 彼が言いたいことはわかる。
「それが世界の仕組みだ、と。名目がどうであれ自らの意思で人を手にかけたことに変わりはない、と」
 以前の彼女なら、そう、あの頃の自分なら、そのようなことを言われたのなら、感情的になり噛みついていたかもしれない。
 喧嘩になっただろうか。
 それとも、彼は反論せず口を閉ざしただろうか。
 だけれど、今なら。
 直接、もっとストレートに言われていたとしても、受け入れることができる。
 何故なら……。
「それでも、私のやることに変わりはないから」
 護るために討つ矛盾に答える言葉がないことにも、変わりはないけれど。
 そして、いつか彼が言った『殺しの連鎖』が自分の前に立ちはだかるというのなら。
「ああ、そうだな、私の命で連鎖が断ち切れるなら、喜んで殺されよう」
 一人、アレスディアは迷いのない目で言う。
「そうして誰かが『殺しの連鎖』から抜け出し、『そういう幸せ』の中で生きてくれるなら、本望だ」
 軽く目を伏せて、彼の姿を思い浮かべた。
 何も言わず、黙ってアレスディアが話終えるまで、聞いていたディラ。
 真剣な顔で、自分を見ながら長く沈黙していた彼を。
 彼もまた『殺しの連鎖』の中にいた一人だ。
 アレスディアとは立場も、思いも違う連鎖の中に。
「私は、それが本望だから。だから、どうか――」
 彼の名を、彼が望むように呼ぼうとした。
 アレスティアの小さく開いた唇が、僅かに動く、が。
 しかし声に、音になることはなかった。
「『そういう幸せ』の中で、生きてほしい」
 脳裏の中の彼は、アレスティアの言葉に苦笑して、目を逸らした。
 何故だろう、自分がそう言ったのなら、彼がそんな反応をするということが、想像できた。
 彼の感情はわからないのに。
 ディラは以前より、よく話をするようになった。
 常に鋭かった眼も、随分と柔らいた。笑う事も多くなり、楽しげな顔を見せることもある。
 ただ、それが自分に対してだけであることに、その理由にアレスディアは気付いていなかった。
 彼が他の誰をも、未だ求めてはいないということ。
 それがディラにとって『そういう幸せ』が現実のものに成り得ない理由の一つであることに。
 アレスディアは彼が何故、人との関わりを拒むのか。
 その理由を、尋ねるつもりだった。アレスディアもまた、ディラのことを理解していないから。
 彼の過去を知れば、より彼を理解できるだろう。
 ディラが言っていたように『理解するのは難しい』部分もあるかもしれないが。

 それでも少しずつ。
 肩を並べて歩きながら話をしていくことで、お互いを理解していけるのだろう。

 そしていつか、そんなに遠くない未来に。彼の望むような呼び方で、名を呼ぶことが――。
 できる、だろうか。