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<東京怪談ノベル(シングル)>


 おかしな依頼にご用心


「あんたが適任なんだよ」
「でも……」
「なんでも屋だろ、あんた。引き受けてくれないのかい?」
「う……確かに何でも屋ですけど」

 数日前に碧摩・蓮と交わした会話を思い出しながら、ファルス・ティレイラは手にした地図の指し示す場所へと向かっていた。
 蓮が依頼してきた仕事は、新作呪具の効果の実験台――嫌な予感しかしなかったが、彼女いわくティレイラが適任なのだという。なにか、条件のようなものがあるのかもしれない。蓮はそれを知った上でティレイラの名を上げて先方に伝えたようだが、ティレイラには「適任だ」と言うばかりで、条件のようなものは知らされなかった。
 けれどもあちらのほうが上手で、交渉を続けているうちに気がつけば引き受けさせられていたのだ。
(変な呪具じゃないといいけど……)
 どういった呪具であるかも知らされていないのだ、依頼人の元へ向かう足取りが重くなるのも当然というもの。それでも一度引き受けた仕事であるからして、放棄するわけにもいかない。
「ここ、かな?」
 地図と建物を見比べたティレイラ。確かに表札には依頼人の名字が書かれているけれど。
「普通に住宅街の一角……」
 思わず呟いてしまったのも無理はない。呪具の作成をしている依頼人というのだから、その住処には街外れの洋館や人里離れた一軒家、怪しげな廃ビルなどを思い浮かべていたのだが、住所が指し示すのは普通の住宅街にある、建売の一軒家なのだ。
(本当に、ここなのかな……)
 微かに不安をいだきつつチャイムを鳴らすと、しばらくして反応があった。



「碧摩さんに頼めば……安心だと思って……」
 ティレイラを家へと招き入れたのは、陰気で暗い雰囲気を纏う男だった。ティレイラが挨拶をして、どうして自分が指名されたのかわからないと告げると、答えは簡単に返ってきた。
「身体に変化を与える効果ばかりなので……そういう呪いや魔法の類に耐性のある人を、お願いしたんです……」
「そうなんですか……」
 なるほど、そう言われればティレイラも自分が呼ばれたことに納得せざるを得ない。なにせ両手で数えても足りないほど、「そういう変化」を体験したことがあるのだから。
 依頼人は話しながらついてくるようにとティレイラに示して、1階の廊下の突き当りで立ち止まった。
「???」
 どうしたのだろう、と思っているうちに依頼人が低く何かを呟いた。ティレイラには理解のできぬ言葉で紡がれたそれは呪文だったのだろうか。ぐい、と手を引かれて焦っているうちに、依頼人が壁の中へと入っていった!?
 そしてティレイラもまた、強い力で引かれて――。
(ぶつかる!?)
 思わず目を閉じたのだった。



「じゃあ……始めるよ……」
「えっ?」
 手を離され、そう告げられて、ティレイラは慌てて目を開けた。
 そこは先程までの普通の家ではなく、ひと目見ただけで実験室のようだと思えるほど「それらしい」場所だった。
「え、ここは……」
「さっきの場所と繋いであるんだ……じゃあ1回目……」
「ちょっとまっ……」
 依頼人はいいかもしれない、けれども説明もなくあんな風に連れてこられたティレイラに心の準備ができているはずはなく。
 だが反論の言葉をすべて発する前にティレイラの身体は魔力に包まれた。そして自分で身体を動かせなくなっていることに気がついたのは、身体が硬い床に叩きつけられて痛みを感じたその時。
「人形化……と」
 依頼人は勝手に実験をはじめてそして素早くメモを取っている。
(ちょっと、まだ心の準備がっ……)
 肝心のティレイラとしては、心の準備も何もできていないというのに。そう言えば研究者的な人は、研究欲に正直で、一度その世界に入ってしまうと他のことに気を使う事ができなくなってしまうきらいがあると、ティレイラは今までの経験から思い出した。
 文句のひとつでも言ってやりたい。けれど今のティレイラは人形であり、言葉を発することはできないのだ。
 と、その時。

 ぽむっ。

 まるでポップコーンでも弾けたかのような破裂音とともに人形のティレイラは煙のようなものに包まれた。
(きゃあっ!)
 生身であったのならば、思わず目を閉じていただろう――否、身体が動く。そして自分がまぶたを閉じているのだとようやく気づいてまぶたを開く、と。
「おぉっ!!」
 目の前で依頼人が感嘆の声を上げていた。ティレイラには何が起こったのかは分からないが、よくみれば目線が先程より高い気がする。陰気な依頼人を、若干見下ろす形になっているのだ。
「えっ?」

 ぺた。

 驚いて前に差し出したティレイラの手に触れたのは、透明な壁のようなもの。
「ど、どういうことですかっ!?」
 自らの置かれた状況がわからずに透明な壁にペタペタ触れるティレイラを、依頼人は楽しそうに見つめてメモを手にする。
「絵の中の住人、と」
「えっ?」
 その言葉にあわてて振り返れば、背後は鬱蒼とした森が広がっていて。
(この景色何処かで……)
 見覚えがある、そうだ、この部屋に飾られていた絵が、たしかこんな森の絵だったはず。ティレイラは絵の中に入ってしまったのだ。その上自由に動けている。
(どういう仕組みだかわからないけれど……)
「じゃあ次」

 ぽんっ!

(効果がランダムってやっぱり難ありなんじゃないのー!?)
 三度、ティレイラの心の準備ができる前に呪力が絵ごと彼女を包んだ。そして。
「ふむ……壺、か!」
 次はティレイラの顔がプリントされた、壺にされてしまったのだった。



(そろそろ頃合いかと思ったんだが)
 蓮は依頼人の家を訪ねたが、チャイムを押しても反応がない。鍵が開いていたので勝手に入り、廊下突き当りの隠された通路を『合鍵』で開ける。合鍵と言っても物理的な鍵ではなく、魔術的なものであり、通行証のような役目を持っていると言えばわかりやすいだろうか。
「やっぱりここだったか」
「ああ、碧摩さん! 彼女を紹介してくれてありがとうございます……とても助かりました……」
 蓮の姿を認めて、依頼人は陰気ながらもキラキラした瞳で彼女へと話しかけた。
「で、ティレイラは……と」
 蓮が尋ねたのと、その視線が真っ白な像に定まったのはほぼ同時で。
「これか」
「いやー色々な効果が発揮されましたけど、やっぱり望んだ効果が出せるように改良する余地がありますね……」
「そうだな」
 依頼人は紙束を机の上に広げて、何やら走り書きを始めた。すぐに没頭しだして、蓮のことすら頭から抜け落ちてしまったようだ。
(出来は素晴らしいな)
(たーすーけーてーくーだーさーいー!)
 白い陶器の像となったティレイラは、声を出せない。蓮がじっと自分を値踏みするように見ているのはわかる。だからこそ、思いよ届け! と念じたのだが。
「店にでも置くか」
(!?)
 やはり思いは通じないのか――ティレイラが心のなかでしょんぼりとした時、蓮は含み笑いを浮かべていた。





        【了】






■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【3733/ファルス・ティレイラ様/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】


■         ライター通信          ■

 この度はご依頼ありがとうございました。
 お時間を頂いてしまい、申し訳ありませんでした。 

 少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
 この度は書かせていただき、ありがとうございました。