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<バレンタイン・恋人達の物語2005>
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<<How I wish you were here.>>
『貴方の事が、好きでした。』
その手紙は、・・・バレンタインデーのその雪の日に、届いた。
封筒には宛名が無かった。差出人の名前も。いぶかしいと思いながら、丁寧にその封を切ってみる。
白にレース柄の美しい便箋に、刻まれるのは青い文字。
ただ繊細で、ただ柔らかく、そうしてたった一言だけ。
『好きです』ではなく『好きでした』・・・だ。
・・・見覚えがあるような気もした。まるで見知らぬような気も。
それと。
「・・・・・」
掌に乗る、小さなリング。
ホワイトゴールドの華奢な台座に、粉雪の結晶のような小さなダイヤモンド。
そう、値の張るものではあるまい。だが上品で優しげで。
このサイズにあう細い指ならば、きっとこのリングが映えるだろう。
ふと、そう思った。
「あなたの事が、好きでした。」
それは、ごく唐突に。
届けられたたったその一言に、神薙・碧(w3i216)は愕然とした。
正月に会った時には、2月のその日は遊びに行くねと、そう告げられたばかりだったのに。
夕方近くになっても、彼女、立木・舞亜(w3f353)は未だ現れなかった。その代わり。
彼の手元に届いたのは、たった一言書き記された別れの手紙めいた言葉。
「舞亜さん・・・・」
想い人の名を、呼んでみる。そんな馬鹿なという想いもある。
綺麗なチュイールレース柄の便せん。確かに彼女が選びそうな美しい柄と、優しい癖の文字。それは彼女に相応しいと思えたが…でもこの内容だけは、彼女が書いたと信じられなかった。
がくんと膝を折って、その場に座り込む。
何度も中身を読み直してみた。裏返してみたり光に透かしてみたりもした。だがそれ以上の言葉もそれ以下の何かも、その便せんからは浮かんでこない。
そのときだった。
「あれ?…これ…」
不意に背後からかけられた声に、碧はびくりと肩をふるわせた。どうやら、近づく者の気配にも気付かない程、茫然自失だったらしい。
ひょい、とその声の主は便せん中身を覗き込む。にこにこと笑っていた顔が、中身にぶちあたると不意に曇った。
「…きっと、ラブレターだと思ったのに。」
彼女以外の子からなんて、魔皇様もすみにおけないなあって…。呟く逢魔・ミリフィヲ(w3i216)の言葉に、碧はミリフィヲの肩を掴んだ。
「フィヲ、見たんだね?!これを入れた人。…知ってる人?」
「魔皇様も知ってる子だよ。近くにコンビニがあるでしょ?そこのバイトの女の子。」
と、言うことは、やっぱり舞亜さんからじゃないのだ。
「…なんで、そんな子が…」
誰だか知らないが、見知らぬ者にこんな仕打ちをされる覚えはない。
いたずらだとしたら、タチが悪すぎる。
「フィヲ、しばらくここを離れます。」
「うん…」
静かに、怒っている。ミリフィヲは小さく溜息をついた。無理もない。こんな日に、いたずらとはいえ別れの手紙なんて貰ったら、誰だって気分を害するに決まっている。
呟くと、碧は走り出した。ミリフィオが、心配そうに碧の姿を見送る。
コンビニまでは、ほんの十分程の距離だった。
「…ええ、入れましたよ。」
あっけらかん、という言葉が相応しいくらいに。
その高校生は、碧の詰問をあっさりと認めた。
あまりに悪びれたところが無いものだから、碧はがくんと拍子抜けする。嫌がらせをする積もりなら、もうちょっと何か含みがありそうなものだ。それが、このコンビニバイトには一切見当たらない。どういう事だろうと思いながら、碧は更に質問を投げる。
「…な、…何で、入れたんです。」
「落ちてたから。」
「…は?」
レジに来た客に釣り銭を渡しながら、バイトの少女は言葉を返す。
「あなたのうちの郵便受け前に落ちてたから、きっとあなたのうちに配達されたんだろうと。」
そういう事か。
はあ、と碧は息をついた。
この子は、何かの意図があってそれを自分に届けた訳じゃなかったのだ。
たまたま自分の住まいの側にそれが落ちていたから、この家あてだと思って、郵便受けに放り込んだだけなのだ。
「…そう、ですか……」
いたずらでもなんでも無いとすると、…これは、単なる間違いという事になる。
自分に届く予定ではなかったその手紙が、この少女の勘違いから、たまたまこの手に渡ってしまっただけで。
と、いうことは。コンビニの少女に聞こえない声で、碧は小さく呟いた。
これで、…この手紙が舞亜からじゃないと分って、ほっとした。
となると、彼女はどうして現れないのだろう。
もともとゆっくりした所がある人なのは知っているけれど、だが約束を平気ですっぽかすような性格でない事は、碧が1番良く知っている。幾らなんでも、忘れているなんて事は無いと思う。とすれば、何か事情が出来たに違いない。
そうなると、今度は舞亜の身が心配になってくる。
今は平和な世の中とはいえ、少し前までどこもかしこも非常線下だったのだ。僻地や国外では未だに激しい戦闘が続いているし、野良サーバントだって頻繁に世間を騒がせている。
そんな碧の思考を断ち切るように、少女はぼんやりと呟いた。
「…あなたんちあてじゃ無いとすると、あの人かなあ…。」
「あの人?」
「あなたんちの側を、ものすごいスピードで走っていった人がいたの。」
男の人で、車から降りてこっちに走って来たの。凄い顔だったから覚えてる。
レジ袋を引っ張り出しながら、少女は答える。背面の陳列棚から煙草を取り出すと、スナック菓子とともにレジ袋に放り込んで。
「あなたんちの近くに駐車場があるでしょ?あそこに止まっている、ミニクーパー。」
それに乗ってる人が、持ち主だと思う。
付け加えられた言葉と手紙を手に、碧は一つ溜息をついた。
自分宛で無いと分った以上、もうこの手紙に構う理由はないのだけれど。
「………」
でも。
『あなたの事が、好きでした。』
こんな内容の手紙を、勝手に捨てる訳にもいかないし。
この時間になっても現れない舞亜の事は気にかかっていた。だが、持ち主に検討がついているのに、手紙を返さないのも気が引ける。
「…仕方無い。」
そう言うと、碧はコンビニを出た。
とにかく、車の側で待って、そのミニクーパーの男に会ってみよう。
この手紙がその男のものだったらそのまま返せば良いし、違っていたら、…ちょっと気が進まないが、うちの前の見える場所にでもつるして置こうか。『落し物です』とでも書いて。
そうと決まったら。碧は少女に礼を言うと、コンビニを後にした。
「…あの、」
呼び止めたその顔に、碧はぎょっとした。
明らかに色を失った顔だった。もっと詳細に言うなら、驚き、焦って、そうして悲しんでいる者の顔だった。
多分、恐らく、まちがいない。
この人が、あの手紙を落とした人だ。碧はそう直感する。
「急いでるんだ、」
男は止まらなかった。ミニクーパーのキーを回しあっという間に中に乗り込む。碧は慌てた。これでは手紙を返す機会を失ってしまう。慌てて助手席の扉を開けると、そこから首を突っ込んだ。
「急いでいると言って、」
苛つく男の顔先に、手紙を差し出す。
「これ、…落としませんでしたか?」
「落とした?俺が?」
早口でそう言うと、男はポケットに手を突っ込んだ。中にある筈のものが無い事を確認すると、碧の手にある手紙を食い入るように見る。不意に腕が伸びた。手紙を掴むと思われた腕は、そのまま碧を車内へと引っ張り込む。
「え、」
「悪い、話は中でしてくれないか。」
後でちゃんと送り返すから。
有無を言わさず、男はアクセルを踏んだ。焦りながら半開きのままのドアを閉め、背の高い碧には余りに小さいミニクーパーの助手席に収まると、困惑したように男の横顔を見る。なんだかおかしなことになった。この手紙を返すだけの予定だったのに。
「それ、何処で拾った?」
「…うちの郵便受けに入ってたんです。道に落ちていたのを、間違って放り込んだらしくて。」
ふう、と男が息をつく。その顔を見下ろしながら、碧は続ける。男は、碧よりもかなり背が低かった。だがその物言いと物腰から、敏捷そうな雰囲気が伝わってくる。
「自分宛かと思って、…ちょっと驚きました。」
「…そうか、それは悪い事をしたな。」
別に、男が何かをした訳では無い。謝る理由は無いのにと、碧はそう思う。
「…それは、俺の恋人が、俺に送ったものなんだ。」
恋人、と、男は言った。
こんな手紙が届いても、恋人と。
男は、手紙の主がまだ自分を好きなのだと確信しているようだった。そうして、それが原因で、こんな手紙を出す羽目になった事にも気付いているようにも。
どういうことなのだろう。この男と、その彼女との間に、…何があったのか。
聞きたくはあった。だが人の気持ちを詮索するのは、碧にとって好ましい事ではない。だから問わずに黙っていた。
「…何でこんな事になったんだ、って、聞かないんだな。」
切り出したのは、男の方からだった。
「聞きたくは無いのか?」
問われて、…少し躊躇いながら碧は答える。
「聞きたくない訳じゃない。でも、…人は誰でも、言いたい事と言いたく無い事を、持ってますから。何でも問うて良いとは、思わないんです。」
そういうと、男は小さく笑った。険しい顔つきが、ほんの一瞬緩む。
「…じゃあ、聞いてくれよ。俺は話したいと思っているから。」
その言葉には、『君が聞かなかったから』という響きが含まれているように、思えた。
碧が感じていたとおり、そう簡単に触れて欲しく無い事柄だったに違いない。碧がそう思っていると知ったから、男は話してくれる気になったのだ。
「…君は、人間か?」
ぽつりと、最初に男が投げた言葉は、そんな台詞だった。
少し考えて、碧はいいえと口にした。
「…人間では無いのか。」
「はい。」
「では、神帝側?。」
「違います」
じゃあ、男は小さく呟いた。
左手でハンドルを握りながら、袖のカフスを外す。手首の下に浮かぶ、白い紋。魔皇だと、言わなくてもそれで知れる。
「お仲間か。」
君も、犯罪者扱いされたクチなんだろうなあ。笑いながら告げられた言葉は、だが苦い。
和平が保たれた今となっては笑い話にできる筈のその台詞が、今の彼を苦しめる結果になっているのは、どうしてだろう。
「…追われた事を、恨んでいるとか?」
「恨んで?」
戸惑いながら問うた言葉を、男は口の中で繰り返す。
「恨まない事はなかったけど…それで仕事もなくしたしな…そういうのが、問題じゃなかったんだ。」
ふっと、ヘッドライトがついた。ミニクーパーは日の暮れ落ちた道を疾駆する。
「俺さ、医者の卵だったんだ。」
これでもね。
男の笑いは、力無い。
「インターンだった。大学病院で、担当の教授にくっついて歩くだけのひよっこでね。彼女はその頃、もう一人前の看護婦だった。」
自分が、注射があんまり下手だったもんだから、見かねて代わりに打ってくれたのがきっかけだったんだ。
懐かしむように、男は言った。
「俺は、彼女が好きだった。今でも好きだ。彼女と付き合えるって分った時には、それこそ天にも上る気持ちだった。」
「分かります。」
思わず口をついて出た言葉。
自分もそうだった。舞亜と付き合えるとそう知った時、本当に、本当に嬉しかった。こんな日がずっと続けば良いと、確かにそう思った。
「なのに、…あの日が来たんだ。」
感情の、搾取。それにともなう天使の降臨。
理由の分からないうちに、自分は覚醒した。それでもしばらくは、人のふりをして彼女の側にいた。昔のように志をもって働く事もしなくなった彼女を見て、心の底で酷く悲しんだ。でもそれを悲しむ顔はしなかった。他の者と同じように、無気力な姿を装っていた。それが、彼女の側にいる手段だったからだ。
「…おろかだと、思う?」
「いいえ、…少しも。」
もしも。
彼女が、人間だったとして。
あの時、心を失った無気力な人間の一人だったとしても、自分は舞亜を好きになったと思う。感情を押さえ込まれていたとしても、魂の基本的な部分までは変える事が出来ない筈だ。ならば、舞亜に出会うことさえ出来れば、自分は彼女の側にいたいと、必ずそう思えたに違いない。
だけど。
…彼女は、自分を好きになってくれただろうか。
人間ではない自分を、好きになってくれただろうか。
そう考えると、恐ろしかった。力を行使して神に戦いを挑むその事よりも、何故か恐ろしいように思えた。ならばずっと人として生きようと、決めた気持ちはとてもよく分かる。
「最初はなんとか誤魔化せていたんだ。だけど、」
ある日。
「一体の野良サーバントが、病院に紛れ込んで来た。俺は、…つい、自分の力を使ってしまった。」
「…正しい事だと思います。貴方は、みんなを助けようと思ったんだ。」
魔皇だとか、人間だとかではなくて
助けられる能力があって、そこに助けを求める者がいた。ならば、助けないでいられるだろうか。
それは分かる。碧には、とても分かり易い事だ。自分もそう思っているから。そうありたいと、思っているから。
「でも、それで、俺が魔皇だと彼女は知ってしまったんだ。」
彼女は、どうしたと思う。男は問う。
碧はじっと考える。多分そこにある答えが、男とその彼女を不幸にしている理由の核だ。
ただの人間の、彼女。
自分の好きな人が、ある日魔皇であったと…犯罪者であると分ってしまった、彼女。たとえ、それが真実でなかったとしても、…そう思い込んでいる、彼女。
もしかして。
「…連絡したんですか、…警察に。」
自分の、好きな相手を?
まさかと思いたかった。でも、彼女は人間なのだ。
「彼女は、俺を愛してなかった訳じゃないと思う。」
愛していたからかもしれない。
だから、…こんな事になってしまった。、
「あの頃、魔皇はみんな、犯罪者として取扱われていただろう。」
彼女は、彼を犯罪組織に関わる者と思っていた。感情の搾取で無気力になってはいたが、精神の骨格まで変わった訳では無かった。彼女は彼女の正義感…あの体制下で『正義感』を振りかざすという事こそ、その意志の強さを表しているといえるかもしれない…故に、彼の事を警察に話したのだ。罪を償って、更正してくれるものと思って。そうして、その後は自分とともに生きるものと信じて。
なのに。
「そうはならなかった、ってのは、君も分かるだろう。」
「殺されかけた。…そうですか?」
「ああ、もう散々だった。」
でも、問題は、そんな事じゃない。
確かにショックじゃなかったとは言わない。何の罪科も無いのに追われるのは酷く辛かった。それでも自分は生きのびた。それでも彼女を好きだと思えた。
だから、今となっては、そんな過去は何も問題にならない。
重要なのは。
「彼女が、自分のした事に、…今も死にたくなるくらい後悔してるって事だよ。」
感情のないそのときは、何とも思わなかったのに。
心が彼女の元に戻った途端、…そうして、魔皇達の罪が、神帝軍の情報操作であったと知った時、…彼女はどれほど驚き、嘆き悲しんだだろう。深く考えずに、…自分の愛する者を、天使に引き渡そうとした紛れも無い事実。それが、どれほど彼女をさいなんだのだろう。
ふう、と碧は息を吐いた。
重苦しい空気が、狭い車内を覆う。
「だから彼女は、俺と別れたいと。」
好きだから。愛しているから。
その好きな相手に傷を負わせるような事態をしでかした自分を許せるだろうか。どんな理由があったとしても。
許せると、思うのか。
「彼女は自分を責めている。俺の顔を見ると、どうしようもなく悲しそうな顔をする。そんな彼女を見るのは辛い。別れてしまったほうが彼女にとっては幸せなんだと思わないでもない、でも。」
でも。
碧は、ゆっくりと目を閉じて、その言葉を聞いた。
目を閉じたのは、男の顔を見ないようにするためだった。きっと、見られたくなかったろうから。
「…それでも、彼女と一緒にいたいと思うのは、俺のエゴかなあ。」
男の声は、涙声だった。
「この車、何処へ向かっているんです?」
小一時間ほど走った頃、碧はやっと、自分の置かれた状況を口にした。
男の話にのめり込んで、こんなところまでついてきてしまったが、だいたい今何処で、果たして何処へ向かっているのだろう。
「正直、何処へ向かって良いのか分からなくなってるんだ。」
見当のつくとろころは大抵探した。でも見つからない。何処へ行ってしまったのか。今どうしているのか。
うーん、と碧は唸った。探してやりたいのはやまやまだが、会った事も無い人間の跡を追うなんて、いくら魔皇でも厳しい。
「思い出してみてください。もしその女性があなたを思っているのなら、きっと、二人の思い出に繋がる場所にいる筈ですから。」
「…そう、言われても…。」
魔皇として追われてから、あちこち逃げ延び闘って。
この一年近くは、彼女の側に近寄る事すら出来なかった。
「じゃあ、その前は?幸せだった頃は、どんな話をしてたんです。」
「…その前、か。」
男が黙り込む。碧は根気強く、質問を繰り返す。
こうなったら、どうにかして男をその女性に会わせてやりたかった。
この二人がこのまま離れてしまうのは、碧にとっても辛いように思えた。…闘った結果が何もかもがうまくいったとは思わないけど、それでも幸せになれる筈だった人達が、その所為で痛手を負うのは悲しいと思うのだ。
「どこかへ行く約束は?…なにか、大きなイベントとか。」
「イベント。」
ふと思いついたように、男が言った。
言いたく唸り声をあげてから、少し俯く。
それから不意に顔をあげ、猛然とハンドルを切った。
「わわっ!」
つんのめった体を立て直す。
「どうしたんです。何処へ行く気です!?」
「…俺達が、去年の今ごろいる筈だった場所だよ。」
公園だと、男は言った。
広い公共の公園だった。そこでガーデンウェディングを開く予定だった。
男が告げる。本当なら、もう結婚している筈だったんだと。
「家にもいない、仕事先にも、実家にも。あちこち探し回ったけど、見つからない。…後はあそこしか思いつかない。」
彼女が、まだ俺を好きでいてくれるのなら。
呟いた言葉の悲壮感に、…どうか彼女がそこにいますようにと、碧は祈った。
…公園にたどり着いたのは、深夜になった頃だった。
ブランコのあたりに人影を見つけてから、碧はほっと息をついた。彼女がいなかったらどうしようと思っていたのだ。
だが、彼女は男の言うとおり、その場所にいた。
それと。
「…、…え?」
碧の上げた声に、向こう側の顔も上がる。
丸い綺麗な瞳が、こっちを見つめて一瞬固まった。
「…どうして、ここに〜?」
「それはこっちの台詞ですよ、舞亜さん!」
いる筈のないものを互いに見つけて、二人は顔を見合わせた。
「詳しい事は、後でお互い後で話しましょう。」
「分かりました〜。」
それよりも。
問題は、ここにいるこの二人だ。
向かい合ったまま、女性を見つめる男と。
目をそらしたまま、相手を見ようとしない女性。
「もう、一緒にいられないもの。」
彼女は言った。
「あなたを見てるのが辛いもの。あなたが側にいるだけで、好きになればなるほど胸が痛いもの。」
もう、側にいたくない。
血を吐きこぼすように、女性が言う。
男は、何も答えなかった。何度も繰り返されただろうそのやりとりに、もう話す言葉ももってないように見えた。
その時。
「いいえ〜」
口を開いたのは、舞亜だった。
「そんなの、間違ってます〜。」
きっぱりと。
舞亜が、そう言い切る。
「そんなの、逃げ回っているのと同じです〜。過ぎてしまった事が良いか悪いかなんて、人それぞれ違いますけど…でも、それを例え悪くても、それを取り戻す事は出来る筈です〜。」
なぜなら、まだ、生きているから。
まだ、取り戻す時間を、持っているから。
天使と、真魔とて手を取り合う日を迎えられたのだ。
お互いがお互いの痛みを許せなければ、そんな日は二度と来なかった。そうして、死んでいった者には、永遠にそんな日は来ないのだ。
「だから、…生き残った者が、その努力を怠ってはいけないんです〜。」
それは、舞亜の決意でもあった。
ましてや、…互いを思っているなら。
その言葉に、女は項垂れた。伸ばしたままの長い髪が、ばさりと音をたてた。
「…でも、」
「…彼は、それを飲み込むって、そう言ってます。」
静かに、碧は言葉を重ねる。
「それでも貴方が良いって、言ってます。」
俯いた顔から、ほろりと零れ落ちたもの。
それに似た小さな石の指輪を、舞亜は男に手渡した。
「渡すのは、あなたの役目です〜。」
にこりと微笑めば、男が笑い返す。
「ありがとう。」
「いいえ〜、どうか、お幸せに〜。」
どうか。
幸せになってください。
それは祈りでもある。天使であれ魔であれ人であれ、この地上にあるもの全てに対しての。
舞亜が、碧を見た。
目だけで意識を交わすと、二人は笑いあう。そっと手を握って、涙目のカップルを残したままその場を立ち去って。
「…過ぎちゃいました〜。」
残念そうに、舞亜が言った。
「何がです?2月14日?………画家モネの誕生日でしたっけ?」
碧のとぼけた物言いに、きょとんと舞亜が見返すと、それから数秒遅れて吹き出した。
「違いますよ〜。昨日は、バレンタインデーじゃないですか、〜。」
ああ。そういえばそうだった。あんまりばたばたしていて、途中から忘れてしまっていた。
そう告げると、更に面白そうに舞亜が笑う。酷く心地良い笑い声だった。来年も、再来年も、いつまでも聞いていたいと思った。
生きているから。
生き残ったから。
あ、と思いついたように舞亜が呟く。
「ちょっと遅くなってしまいましたが〜、碧さん、チョコ貰って頂けますか〜?」
思いながら、少しすまして、碧が嘯く。
「私にとってのバレンタインは2月15日と決まっているんですよ、去年舞亜さんに返事を頂いた時からね。」
そう言って、碧が微笑むと。
嬉しそうに、舞亜が碧の手を握った。
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神薙・碧(w3i216)/18歳/男性/孤高の紫
立木・舞亜(w3f353)/23歳/女性/孤高の紫
始めまして、KCOと申します。
このたびは、納品が大変遅くなりました。深くお詫びいたします。
本当にすみませんでした・・・。
バレンタインの話がホワイトデーに納品という、重ね重ね情けない状態です。
内容は、見てのとおり魔と人との恋物語になってしまいました。
喜んでいただけましたら、幸いです。
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