<東京怪談ノベル(シングル)>


『秘書の仕事も楽じゃない!?』



 かつては関東と呼ばれ、3つの種族の中で結ばれたルールの元、神と魔、人が共存し合う街・ビルシャス。かつての大戦により、一度は壊滅したこの土地に現れたビルシャスの一角に、誰もが見ても家賃が半端なさそうな高級マンションがあった。
 そのマンションの一室に元・弁護士の事務所がある。主である弁護士は今は不在のようで、代わりに秘書である岩田・鋼太郎が、事務所内の積み上げられた書類の片付けを黙々とこなしていた。
 岩田・鋼太郎、本当の名を鋼、と言う。体は逞しい筋肉に覆われた逢魔で、普段は岩田・鋼太郎の名で主である魔皇の秘書や身の回りの世話をしていた。このマンションの事務所は魔皇の自宅でもあり、鋼は私室として和室をあてがって貰い、共に生活をしているのであった。
「眞人殿はいつお帰りになるのやら」
 鋼は電話での相談内容をまとめた書類をファイルに挟みながら呟く。自分の魔皇の事を気にしながらも、鋼は手元の書類に目を落とした。『振り込め詐欺被害相談の件』とタイトルのつけられた書類の束がファイルに挟んである。
 最近特に多く頻発しているようだが、中には何百万という大金を持っていかれてしまった人もおり、被害者の精神的な苦痛は計り知れない。被害者達はどんなに苦しい思いをしているだろうと、鋼がファイルを閉じてそれを棚に片付けると、手前の机に置いてある電話が鳴り響いた。
「はい、こちら…」
 電話の相手の言葉を聞き、鋼は頭が真っ白になった。
「眞人殿が、事故でござるかっ!?」
 動揺して普段の地の言葉が飛び出した。
「ビルシャスの郊外で自動車とぶつかったと!?相手は妊婦で胎児共々に危険!?しかも眞人殿まで意識不明の重体っ!!!示談にするには500万円必要でござるか!?」
 そうでなければ、刑事事件に裁判にかけると相手側が申し出ているというところまでは覚えていたが、鋼はパニックで頭で物を考える事すら出来なくなり、何だかわからないまま電話を置いた。
「眞人殿…事故…500万円…重体…眞人殿…」
 電話で聞いた断片的な部分をぶつぶつと口にしていたが、最後に思い浮かんだのは自分の魔皇の顔であった。
「とにかく、早く病院へ行かねばっ!!!事故にあってショックになっているに違いない!拙者が元気付けてあげねばっ!!!」
 もうじっとしていられなくなり、鋼は弾丸のように事務所から飛び出した。あまりにも慌てていたから、事務所の棚はひっくり返すは、絨毯に足引っ掛けて顔面から転ぶわで、せっかく片付けた事務所内が、整理する前よりも酷くなってしまったが、今の鋼にはそんな事などまったく目に入らない。
 入院するのだから必要な物を届けねばならないと、そこいらにあった小銭をつかみとり、嵐のようにマンションを出て、主がいる病院へと駆け出した。



●被害者1『洋服屋のおばちゃん』

 入院するなら寝巻きが必要になるはずだと、マンションを出てすぐに、鋼はそばにある洋服屋へと駆け込んだ。
「寝巻きが必要なのでござるよーーーーー!!!」
 店主のおばちゃんに吼える鋼、それに驚いてカウンターの椅子から落ちそうになる店主のおばちゃん。
「せせせ、拙者の大切な人が事故であって入院してしまったんでござるよ!!!拙者の大事な、愛する人なんでござるよおおお!!!」
 滝のような涙を流し、鋼がじりじりとおばちゃんに近づく。おばちゃんは恐怖の顔でわじわじわと後退しながらも、鋼を見てむりやり笑顔を浮かべた。
「そうかい、あんたの恋人が事故にあっちまったんだね。それは大変だろ、詳しい状況は良くわからないけど、せめて寝巻きぐらい可愛いのを持っていっておやり」
 おばちゃんは隣にかけてある寝巻きの数々を指差した。そこには、白や青、ピンクと言ったとても可愛らしいネグリジェがかけてあった。
「これにするでござる!」
 もうネグリジェを買う時点ですでに間違っているのだが、気が動転している鋼にはそんな間違えを気にしている余裕すらない。鋼はフリフリのレースのついた、ピンクの可愛いネグリジェをつかむと、おばちゃんに1000円札を手渡した。
「ちょっと、全然足りないんだけどね!」
「釣りはいらぬでござる!」
 こうして、鋼は再び病院へと向かって走り出したのであった。おばちゃんが遠くで何かを叫んでいるのも気にならないほど、鋼は急いでいた。



●被害者2『果物屋のおじちゃん』

「お見舞いなら果物も買わねばっ!高級の、高いのを買っていかねば!」
 鋼の主はブランド物を好む魔皇だから、食べ物もいいものを買っていかねばならないと思い、鋼はそばにあるデパートへと駆け込んだ。
 今日は丁度休日でデパートの中はかなり混雑していたのだが、買い物客達は鋼の形相を見ただけで青ざめて避けていくようで、鋼にとってはとても都合が良かった。
 エレベーターで最上階に上がり、屋上の遊技場で果物屋を探す鋼。
「いや違う!!食料品は普通、地下にあるものでござるよ!」
 エレベーターがなかなか来ないので、エスカレーターを転がるように駆け下りて、鋼は地下の食料売り場へと辿り着く。
「メロンーーーーー!!!」
 そう叫んで果物売り場へ駆け込み、床で足を滑らせてそばに山積みになっていたナスの山に突っ込み、果物屋で雪崩が発生した。
「大丈夫かい、兄さん。ウチに来てくれるにはいいが、売り物崩さねぇでくれよな?」
 ナスの山に潰されている鋼を、果物屋のオヤジが引っ張り出してくれた。
「お見舞いに行くのでござるよ!この店で一番高い果物を詰めて欲しいでござるっ!!」
 鋼はそう言いながら、果物屋を見渡した。値札から値札へと次々に視線を移し、はたと留まったその果物は、とても高価な果物の王、その名は、ドアリン。
「あれがいい、あれにするでござるよ!」
「ドリアンかい?けど、あれは匂いが強いからな、病院で食べるにはちぃっと向かねえんじゃ」
「拙者の主は、高価な物を好むのでござるよ!」
 鋼がとても真剣な顔をしながら言うので、果物屋のオヤジはたじたじになり、結局ドリアンとプリンスメロンを数個、バスケットに入れてリボンをかけて購入する事となった。
「早く、早くするでござる!」
「わあってる、ちょっと待ってろ、今綺麗にリボンかけてやってるから」
 オヤジがリボンをかけ終わると、鋼は慌ててそれを掴み取った。
「かたじけないでござる!」
「おうぅ、早く退院出来るといいな…ってオイ!!金!」
 鋼は金を支払う事すら忘れるほど、混乱しているのであった。エスカレーターを逆側からあがっている事にも気付かず(ちょっとあがりにくい階段だなーぐらいに思った)、さらにビルシャスを疾走した。



●被害者3『町の皆様』

「後は、後は何が必要か…そう、入院するならあれが必要かも」
 鋼は玩具屋に入り、可愛いクマのヌイグルミを購入。入院していると寂しいだろうから、と思ったのだ。
 さらにその後、スーパーマーケットに入り大量のお菓子を購入。やたら高い物ばかり買うのは、いつも主に接して好みがわかるからだろう。
「入院用の下着、これがないと困るでござるよ!」
 そう思いながら踏み込んだのは何故か女性用の下着売り場であった。
「下着が欲しいでござるっ!!!」
 そう叫んだとたんに、まわりの女性達から変態だの痴漢だの、キャーキャーと声が飛び交うのだが、相変わらず急いでいる鋼は、何でまわりが騒々しいかも気づかない。女性用の下着を買っていることすら疑わない鋼は、ガーターやブラまで買い込み、さらに奥へと走る。
 疾走し続け、鋼はすでにビルシャスから外へと出ていた。もし自分の主がこのまま帰らぬ人となってしまったら。もう、2度と会う事が出来なくなってしまったら。それを考えただけで胸が張り裂けそうになり、鋼は号泣しながら走り続ける。
 やがて目の前に工事中の看板が見え、道の真ん中で体格のいい、作業服のあんちゃん達がスコップだの穴掘りの機械などを持って汗を流している。
「すみませんね、ここは今工事中で通行止め…」
「拙者の大切な魔皇殿の命がかかってるのでござるーーー!!!」
 逢魔化して、ちゅどーんと魍魎の矢を放つ鋼、青空の下、作業服のあんちゃん達が土と一緒に花火の如く飛び散る。
 泣きながら雄たけびを上げ、鋼は買った物を抱えながらさらに走り続け、とうとう海岸まで辿り着いた。カモメの声が響き渡り、海を目の前にしてふと立ち止まった鋼の頭に留まった。
「そう言えば、病院はどこにあるでござるか?」



 その夜、鋼の魔皇はあっさりとマンションへと帰ってきた。その事から、昼間の電話は振り込め詐欺の典型的な手口であると判明し、鋼はやっと落ち着いたのであった。
 さらに翌日、鋼のいる高級マンションに、大量の人々が押し寄せて部屋はパンクしそうになった。洋服代や果物と言った商品の請求、工事現場の兄ちゃん達の苦情、さらには、町で怖い人が走っていてトラウマになってしまったなどなど、人々は口々に怒りや文句などを鋼へと向けたのであった。
 その後、鋼が主である魔皇にこっぴどく叱られ、殴られたのは言うまでもない。(終)

◆ライター通信◇

 新人ライターの朝霧・青海です。先日のシナリオ参加に続き、シチュノベの発注をどうも有り難うございました!タイトルは、ノベルの雰囲気からコミカルなものをつけさせて頂きました。
 鋼さん、行動と性格が可愛くてとても楽しいです(笑)プレイングを見て、かなりドタバタコメディに仕立ててみたのですが、鋼さんの性格が一本気でかなりつかみ易く、様々な行動もさせやすくかなり書きやすかったです。外見はとても気難しい感じがあるのですが、性格がそれに反した(笑)印象があるところも、とても楽しいですね。
 振り込め詐欺については、HPなどで少し調べたりしました。前回のシナリオの時もそうだったのですが、眞人さんも弁護士さんなので、このあたりはちゃんと書かねばと思いまして。なかなかこういうのは勉強になりますね(笑)
 鋼さんの恋の行方はどうなるのかな、と楽しみです(笑)それでは、今回は本当に有難うございました!