<東京怪談ノベル(シングル)>


Ruins


 私は、本当だったら高校生だった。
 何時もみたいに学校に行って、友達と馬鹿なことを言い合って、退屈な授業をどうしようか、なんて考えたりして。
 そんな、本当に普通の高校生のはずだった。

 別に、自分が逢魔だということを自覚していなかったわけじゃない。
 でも、別に力を解放しなければ、それはただの人間と同じなわけだから、特に気にしていなかった。
 あの頃は、きっとこれからもずっと気にせずにただの『人間』として…きっと、そう思っていた。
 ずっと、楽しいときが続くと思っていた。
 それが崩れた、あの日。

 私は、逢魔透華として彼と出逢った。



 それから、色々なものが変わってしまった。
 逢魔という身の上、高校は必然的に辞めなくてはいけなかったし、それまで生きていたところで生きていくことが出来なくなって、しょうがないから先輩のところにいって。
 それからのことは、色々なことがありすぎて全部は覚えていない。

 ただただ必死に、生き残るために戦った。
 友達が何人も死んだ。目の前で死んでいった人もいる。
 その度に、悔しくて泣いた。自分の力のなさを、守れなかったことを悔やんで。

 そうして戦って戦って、大切な人が出来て、気付けば戦いの一応の終わりが見えた。

 私は、この戦いで何を守り、何を残したのかは知らない。
 意味など、なかったのかもしれない。
 そんなことを考えて、すぐさま首を横に振った。そんなことはないはずだから。

 そうして歩き出した。あの日と同じように。
 私のでた街に、今度は向かうために。





* * *



 久しぶりに歩く街は、色々と変わっていた。
 倒壊した建物が並び、歩く人たちにもあまり覇気がない。

 …それが現実だった。こうやって改めて見ると、自分たちの戦いが一体どういうものをもたらしたのか、否が応でも思い知らされる。

 それでも、そこにいる人たちは、二年前と何も変わらない顔ぶれだった。
 よく帰りに友達とよった喫茶店のオーナーもいたし、前はよく笑いながら店頭にでていたおばさんも、暗い表情だったけどちゃんといた。
 確かに荒れ果ててはいたけれど、それでもまだ壊滅的、というわけじゃなかった。
 その事実が、少しだけだけど私を安心させてくれた。





 それから、足は自然と高校のほうへと向かっていた。
 トクントクンと、胸が高鳴る。
 二年前まで、普通に人間として通っていた高校。思い出がないと言えば嘘になる。
 だから、今どうなっているのか、それが気になった。
 もし、既になくなっていたらどうしよう? まだあったらどうしよう?
 考えが纏まらない。でも、足が歩みを止めることはなかった。



「…あ…」
 自然と、声が漏れた。
 確かに、そこに高校が建っていた
 確かに、戦争によるものなのか、一部が倒壊していたりもしたけれど、それは確かに私が二年前通っていた高校だった。
「…透華?」
 そんなとき、後ろから声をかけられた。確かに聞いたことのある声に、ハッとなって振り返る。そこに、二人の女の子が立っていた。
 同級生だった、それも、同じクラスで仲良くしていた。
 ちょっと二年前とは変わっているけど、でも間違えるはずもない。思わず自分の頬が緩むのが分かった。
「あ、あの――」
「待って」
 思わず駆け寄ろうとした私を、彼女たちは止めた。
「え…」
 彼女たちの表情は、何処までも固い。

 一瞬、混乱した。何で彼女たちは私にそんな顔を?
 …そしてすぐに、私はその答えを理解した。
「…透華は、あの魔皇とか逢魔とか、そういうやつなの?」

 …考えてみれば、すぐに分かることだったと思う。
 彼女たちは人間、私は逢魔。戦いに巻き込まれたものと、巻き込んだもの。
 きっと、沢山のものをなくしたんだと思う。大切なものを、沢山。
 どんな理由があったにせよ、そうした理由の一端は私たちにある。
「……」
 少しだけ迷う。
「…うん」
 でも、それを否定することは、出来ない。
 だから、私は正直に答えた。
「私は逢魔よ」



 言ったら、どうなるかなんて分かっていた。
 人の心は、そんなに強くない。

 …思ったとおり、彼女たちの表情が見る見るうちに変わっていく。怒り、憎しみ、悲しみ…全てが混じったような、そんな顔に。
 思わず、すこし視線をそらしてしまった。今まで何度も見てきたけれど、慣れることなんて出来ないから。
「…悪魔」
 そして、そんな声がはっきりと聞こえた。余計に目を合わせることが出来なくなった。

「アンタたちがいたからこんなことになったのよ!」
 きつ、かった。ぐっと、唇を噛んで我慢する。
「何で、何でこんなことになったのよ…アンタたちがいたからでしょ!」
「アンタたちさえいなかったら…大丈夫だったはずなのに!」
 次々に浴びせられる罵声。私は、何も言い返すことが出来なかった。
 分かってた、はずだ。こうなるのは。
 でも、それでも…辛かった。
「アンタたちなんて消えちゃえばいいのよ!」
「なんでこんなことをしたのよ、ふざけないで!」
「疫病神!」
「悪魔!」
「死ねばいいんだアンタたちなんか、消えてよ!」
 そして、思いっきりはつられた。
 私は逢魔、普通の手段では傷つきもしない。でも…それは、何よりも痛くて、消えることのない傷を私に与えた。
「死ね!」
「消えろ!」
 暴力が、やむことはなかった。その度に、心が傷ついていく。何かが、音を立てて崩れていく。

 分かって、いた。彼女たちがこうするであろうということは。
 それでも…私の心は、それに耐え切れるほど強く、ない。

 だから、逃げ出した。まだ浴びせられ続ける罵声の中を、必死に走って。涙を止めることは、出来なかった。
 全てが、全てが崩れていく。友達と一緒に過ごした日々の思い出も、ちょっと嫌だったあの時間も。私が生きてきた時間全てが。

 何もかもが、音を立てて…。





* * *



 彼女たちの言うことは、確かに正論なのだ。
 きっかけを作ったのは私たちだし、そしてその過程を、結果を作ったのも私たち。
 そして何よりも、私は逢魔、魔に属するもの。
 彼女たちを非難することは、出来ない。



 今日、戦争の本当の意味を、知ったような気がする。
 戦争は、全てを壊していくけど、何よりも心を壊してしまうのだ。
 殺され、奪われ、後に残るのは絶望ばかり。
 負の連鎖が終わることはない。なんて、悪夢…。

 一人帰りながら、そんなことを考えた。
 思い知らされた、自分たちの犯した罪。

 でも、後悔は出来なかった。なぜなら、そうしなければ、私たちは滅んでいたのだから。
 それに、したくなかった。失われていった大切なものたちを、否定してしまう気がしたから。



 ずっと、帰り道で涙は止まらなかった。色々と溢れてきたから。

 気付けば、私は神社の前に立っていた。古の遺跡の中に立つ、魔皇たちが暮らす神社。
 そこに、何時ものように先輩が立っていた。
「…あ、透華ちゃんお帰りなさい」
 何時もと同じように、先輩は私を迎えてくれた。それに、また涙が止まらなくなった。
 思わずギュッと抱きつく。
「…透華ちゃん、どうしたの?」
 先輩は最初少し戸惑い、すぐに優しく撫でてくれた。それだけで、今日傷ついた心が癒されていく。
「…何でもないんです。ごめんなさい、少しだけ、こうさせてください…」
 私は、ただその胸の中で泣き続けた。
 まだ、私には帰ることのできる場所がある。その事実が、嬉しかった…。



 少し落ち着いてから、空を見上げた。
 何時か、彼女たちとまた笑いあえる時はくるのだろうか?
 分からない、それは。
 でも、私はまたそうしたいと思う。
 私が壊してしまったものなら、私が治したい。
 それはきっと、途方もなく大変なことだろうけど。

 大丈夫、きっと大丈夫。私には、帰る場所があるのだから。
 きっと何時か、廃墟と化した心を戻してみせる。



 そんなことを、先輩の胸の中で誓った。

<END>

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 初めまして、へっぽこライターEEEです。今回は発注ありがとうございました。


 今回は透華さんの心情を表すために一人称で書いています。書き終わって、意外にすんなり纏まりちょっとビックリです。
 ただただ悲しい、そんな風にはしたくなかったので最後のシーンは付け加えました。
 彼女がどんな風に三年を過ごしていったのかは別のお話なのですが、そちらもちょっと気になりつつ…。

 それでは今回はこの辺りで。ありがとうございました。