<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


12月最大の作戦!!


 ごおおお、という低い唸りは永遠に続くかと思われた、そんな12月24日。
 息も凍る寒さの、ここは空の上。
 漆黒の翼を広げる軍用輸送機は、我がもの顔でかつて東京だった街の上空を飛んでいる。さらにかつて、この東京の上を飛びまわっていたのは、ギガテンプルムと天使たちだった。あの頃は大変だったが楽しくもあった。いや今も充分充実した毎日を過ごしているわけだが。
 現実逃避。
 御堂力は、その屈強な身体を出来るだけ小さくして、機内の片隅で座りこんでいた。彼の鋼の心は、身体の震えすら押し殺していた。――にしても、寒い。

 この時期、パティシエは腕のみせどころであり、活躍出来るはずなのだ。そして今日は、世界中の洋菓子屋が大繁盛する日なのである。力の目の下には隈があった。本来なら、営業時間が許す限り、今日はケーキを作り続けていたかったのだが――いま力は空の上。
 数量限定のスペシャルデコレーションケーキは、午前中に気合と闘魂ですべて作り上げ、秘伝のレシピを厨房にて舎弟……もとい弟子たちに叩きつけ、力は後ろ髪を引かれる思いで強制連行されてきたのだ――九尾霧江というコマンダーに。
「定時に降下予定地点に到達する。装備確認!」
「……どうでもいいが何で作戦が今日で、しかも参加者がこの俺だけなんだ?」
「なんだその態度と返事は。死にたいか御堂隊員!」
「おい、隊員とはなんだ! そもそも何で俺がおまえに命令されてるんだ?! 俺が経営者でおまえが店員だろう!」
「ここは『シュバルツバルト』ではない! 作戦に参加している時点で貴様の上官はこの私だ。命令に違えば銃殺するぞ!」
「うむぅ!」
 パルスマシンガンを鼻先に近づけられては、さしもの『地上最強のパティシエ』も黙りこむしかない。大人しくなった力(しかし目には手負いの獣じみた怒りの炎が宿っていた)を見て、霧江も得物を引っ込めた。
「作戦決行日に今日を選んだのは他でもない。今日でなければ意味を成さないからだ。内容は事前に説明したはずだが?」
「まあ……そうだが……いや、しかし……俺たちの今の仕事を考えると……」
「この作戦によってどれほどの心が救われるか、考えてみるがいい」
「……」
「支給した装備を確認せよ。まもなく降下体勢に入る」
 有無を言わせぬ霧江の口ぶりに、力は顔を拭って深い溜息をついた。なんで俺が、とはまだ思っていたが、彼は大人しく霧江に従い、傍らの装備品を引き寄せた。迷彩柄の頭陀袋に入っていたのは、赤い――
「……」
「何か問題でもあったか?」
「いや、なんだか……これ、どこかで見たようなデザインなんだが……」
「それは当然だ。貴様はこれから世界でもトップレベルの著名人に扮してもらうのだからな」
「いや……なんか違うような……」
 力が黙りこんだとき、機内にアラームじみた音が鳴り響いた。ぴくっ、さっ、と霧江がメリハリの利いた反応を見せた。彼女は腕時計で現在時刻を確かめ、自分の装備を置いた方向に顔を向けた。
「降下地点に到着! これより降下体勢に入る!」
 凛とした声に一抹の不安を感じて、力は小さな窓から外を見た。
 そして、うおお、と呻き声を上げる。
 山だ。
 街はどこに行ってしまったのだろうか。
 いつの間にか輸送機は何処とも知れぬ山奥を飛んでいる。そして霧江は、はっきりと、ここが降下地点だと言っていた。こんなところで飛び降りてどうするつもりだ。力は店番を任せてきた自らの逢魔に心で詫びた。すまん、俺は生きて帰れないかもしれねェ。

「降下――――――ッッ!!」
「うおおぉ――――――ッッ!!」

 それは悲鳴か怒号か、ともかく輸送機のハッチはぱかりと開き、M551空挺戦車と、ふたりの魔皇を吐き出した。すぐにパラシュートが開き、落ちる戦車のスピードは抑えられたが、力の雄叫びは止まなかった。
「くそおおおオオ!! 俺は死なん! 死なねェぞオォ!!」
「そこで気を利かせて『やらせはせん! やらせはせんぞォォ!!』と叫ぶのが筋だろう!」
「なにマニアックなこと言ってやがる、ちくしょーォォォォ!!」
 ぼひっ、と戦車は雪が降りつもる山肌にめりこんだ。


 基本的に魔皇という存在は不死身である。
 生身で上空から飛び降りたところで、失うような魂はない。
 しかし、御堂力はキュラキュラと順調に進む戦車のうえでしかばねと化していた。
 彼はちゃんと支給された装備品を身に着け、……すっかりサンタクロースの格好になっている。しかし、知識ある者が見れば「ん?」と首をひねるバージョンのサンタ衣装であることは間違いない。首もとにひらひらと風になびくスカーフ、胸元にはわざとらしいほど大きなボタンが4つ。マニアックな連中は或るサイボーグを連想するにちがいない。たとえば加速装置がついたやつとか。
 が、それを差し置いても、肝心の霧江の扮装はさらなる疑問を投げかけるシロモノだろう。
「……おい、九尾……」
「目標地点まであと30キロ。私語を慎め」
「……シェリダンがソリ代わりってことか、おまえの頭の中じゃ……」
「雪道をすべるように進むことが出来れば、それはみなソリといえるだろう」
「……わかった……わかったよ……。100歩譲るぞ……シェリダンはソリだ。だがな……何故に……」
 力はそこで大きく息を吸いこみ、戦車を引っ張って雪道を突っ走る霧江に、全人類を代表して疑問を投じたのだった。
「何故におのれはバニーガールなんだああああああああ!!」
「貴様の目は節穴かぁーッ!!」
「ぐはーーーッッ!!」
 霧江は戦車を止め、力に飛び蹴りを見舞った。
 嗚呼網タイツ、レオタード。思いッきり開脚。揺れる乳。力は鼻血を散らしながら戦車から転げ落ちた。
「私のこの格好のどこがバニーちゃんか!!」
「*ぐふっ・・・。」
「どこからどう見てもトナカイガールであろうが!!」
 おお、確かにヘアバンドについているのはウサギ耳ではなくトナカイの角だ。
 なるほど、それで彼女が一生懸命戦車(と書いてソリと読む)を牽いているわけだ。力が戦車の上でのびていても文句を言わなかったのは、サンタクロースが自らソリを牽くというシチュエーションが霧江的に素っ頓狂だったからである。
「バニーかトナカイかは問題じゃあねェだろう!」
 ぼはっ、と雪を吹き飛ばして、力が立ち上がった。
「俺はなんでおまえがそんな格好なんだってことを聞いてるんだ! ふたりでサンタやればいいだろうが!」
「サンタは女か? それに引き換え、ソリを牽くトナカイにはメスがいるかもしれないではないか」
「……こだわるやつだな……ほんとに……」
「それに、これを用意した者によれば、見る者の心理的影響を考慮したとのことなのだ」
「なんだそりゃ!」
「つまり見栄えだ。問題があるか?」
 ふん、と霧江は腰に手を当てて仁王立ちの体制をとり、ぐんと胸を張った。
 うっ、と力は思わずその豊満な胸にみとれた。
 みとれた次の瞬間にはまた飛び蹴りを食らって吹っ飛んでいた。
「ぐわー!! なんで蹴るー?!」
「ここに鏡を置いておくべきだったな! 貴様はいまなんといういやらしい目つきをしたのだ!」
「おっ、おまえが見せびらかすような体勢とるから……! じゃねェ、お、俺はいやらしい目つきなんかしてねェぞ!」
「いいや、した! 御堂のバカッ、もう知らない!」
「おまえどういう頭の構造してんだ、おいッ、どこ行くんだおいーッ!!」
 雪崩を起こしながら走り去る霧江の背に、力の声と手は届かない。
 トナカイがどっかに行っちゃったので、サンタが自らソリを牽くことになった。サンタはぶつぶつ悪態をつきながらも、霧江の足跡を追って歩き出す。よくわからないキレ方をした霧江だったが、そのプロたる身体は任務に忠実であったようだ。ちゃんと目的地に向かって突進していた。


 んメリーーーーーーィクリスマス!!


 山中の養護施設に、サンタクロースとトナカイの声が飛びこむ。主砲がついたソリに子供たちは唖然としていたが、屈強なサンタと色気MAXトナカイは素直に歓迎した。わざわざふたりが戦車を牽いていたのは、せまいコクピット内にプレゼントを詰めこんでいたからだ。戦車はソリであり、サンタの頭陀袋でもあった。
 神帝軍との戦いや騒動で、身寄りをなくしてしまった子供は少なくないようだ。ふたりはきっと、その心を少しでもなぐさめ、光を投げかけることが出来たのだろう。
力はこの作戦を霧江に命じた者の正体をついぞ知ることはなかったが――無理矢理駆り出され、蹴られ、ひどい目に遭ったとはいえ――悪い気はしなかった。弱きを助け強きを挫く、といった王道を地で行く御堂力には、胸がすくようにも感じられる善行だった。
 プレゼントを配り、ついでに厨房で簡単な洋菓子を作り上げた力を、霧江は無表情で引っ張り、凍える外界に連れ出した。
「お、おい、まだクッキーを子供たちに配ってないぞ……!」
「何を言う。次の襲撃目標地点に向かうぞ」
「襲撃っておまえ! って、まだ行く施設があるのか?! 何軒まわるんだ!」
「あと23だ」
「なーにー!!!!」
 力の太い絶叫は、雪深い山中にこだました。雪崩が起き、森の一部が雪に飲みこまれていく。
「俺は一昨日から寝てないんだぞ、下ろせー! 帰せー! 店に行くー!」
「ならば急げ! 1軒につき5分で状況を終了させたら移動時間も含め25時間で終わる計算になる。出撃!!」
「もうだいぶ前から出撃してるだろうがこの野郎オオオーッ!!」
「私は野郎ではないッ!! 貴様の目は節穴かッ!!」
 雪崩を起こしながら、ソリは行く。
 風は唸っていた、ごおおおお、と、永遠に唸り続けているかと思われた。そんな、御堂力の12月24日。
 霧江のめずらしい笑顔を、ソリの主砲にしがみついていた力は見ていなかったのである。
 レオタードの尻についているのは、ウサギのまるい尻尾だった。




<了>