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<東京怪談ノベル(シングル)>
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emotional runs〜いと高きところにては紙に栄光あれ〜
「だめだ…もうおしまいだ…」
それは重い溜息を吐いて壁にもたれ込んだ。
自ら蒔いた種とはいえ、芽吹いてしまったそれは覆い隠すこともできないほどに膨れ上がり、分裂を繰り返す細胞のように際限なく増えていく。
彼はそれを思い出して顔を両手で覆う。
愛しい我が創造物たちは毎日自分に語りかけ、そして大きな成果を自分に与えてくれた。それは神々しき者――アークエンジェルである自分に対してのささやかなお礼ほどのものでしかないのだが、それでもそれは嬉しいものである。
今日も一つ、明日も一つと創造している時までは良かった。ある一時を越えたあたりから…そう、臨界点を超えたところで喜びは不安になり、いつしか忌々しささえ感じるようになったのである。
だが、そんな感情を感じているまでは、まだまだ幸せだったのかもしれない。
膨れ上がったそれは人間関係も圧迫し、時間をも彼から奪っていった。
手間がかかる。それが一番の原因だ。それでも最初はそれが愛しくて堪らなかったのだが、今はうっとおしいだけである。
「もうだめだ…こんなはずじゃなかったはずなのに…」
彼は奥歯を噛み締め、苛立ちと絶望に揺れる心の波を抑えようと低く唸るように言った。そう言っても時は流れ去り、この状況は変えようが無い。
「今は…今は逃げなければ…時間さえあれば」
責めてあの時に手を打っていればと後悔したが、そんなことは何の役にもたたない。あまりの過酷な状況に逃亡したアークエンジェルは、月夜の街の中を振り払おうとするかのように走り出した。
「あんなところにいたぞぉおおお!!」
「くっ!」
その声に彼は慄く。
彼は立ち上がると脱兎の如く闇から闇へと己の姿を見せぬように走った。常に光り輝く存在であった自分が新東京のビルシャスから抜け出し、小道が入り組んだ裏道を走っている。そのことがひどく可笑しい事のように思えて笑った。どことなく卑屈めいた笑みであることが酷く苦い。
獣人の下肢は大地を蹴り、暗き空間を跳躍した。
それを追う所属も種族も異なる幾人もの追撃者達は、或る一つの共通した目的を持って追い縋る。
「もう逃げられないぞ!」
「くそ……」
遂にアークエンジェルを追い詰めたのであるが、そう簡単に物事は進まない。追跡者を翻弄するように運命はいつでも回る。運命という厄介な存在は、ついぞ沈下した下界の騒動を彼らの前に展開した。
巻き込まれた人間とそれを追うサーバントたちが大通りから価値らの方へと大量になだれ込んでくる。
「狂犬だああ!!」
蒼い体毛の犬の姿が見えれば、人々は恐怖に駆られて逃げ惑う。そこをメノウ模様の暴れ熊が現れる。狭い小道で人々は右往左往し、アークエンジェルはその場に乗じて逃げようと振り返った。
「き、貴様はっ!」
「俺を見た奴は死ぬぜぇ」
その男は言った。
月光に照らされた風貌は未だ若い。
短く刈った茶色の髪が夜風に舞う。
「九条…縁」
「ふっ…逃げ回ってボケちまったか?」
ニヤリと笑えば、縁はビルの上から飛び降りる。
それを機にひそかや二アークエンジェルを追いかけていた人間たちが暗闇から顔を出す。野獣のような彼らの視線にアークエンジェルは苦笑した。
「俺も堕落ちたものだ……」
「言ってろ」
縁は彼を睨んだ。
「ここは去らせてもらうよ」
「させるかよ」
彼等の前に立ち塞がる幾多の罠とサーヴァント群、事情を知らないグレゴールたちの前に、一人また一人と次々に脱落して行く仲間。
絶叫が街を、夜を――染めた。
血色に染まる影も深遠に侵食され、月だけが白い。
そして遂に逃亡者を追い詰め、すべての元凶である彼を回収しようと人間たちは手を伸ばす。忌まわしき魔皇と逢魔はアークエンジェルの攻撃を避け、眼前に迫ろうとしていた。しかし、彼らもここまでの道のりで傷付いている。勝負は五分かと思われたが、満身創痍ながらも肉体の限界を超えた魂は自然界の法則さえも凌駕したのか次々と復帰を果たした。
その魂は圧倒的な神輝力さえも凌駕する。
そして、天を二分する咆哮。
彼らが魂の叫び。一斉に放たれる矢のように、彼を劈き射抜く一言の怒声。
「「「「「「「サッサと原稿寄越せ、ゴルァァァァァァ!!!!!!」」」」」」
放たれたオーラが天に煌く。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「漫画家のくせに、舐めくさっとんのかおんどりゃー!」
魔皇だけを集めた選りすぐりの原稿回収人にアークエンジェルは怯える。
「締め切りぶっ千切って業界で生きていられると思うなよ、ヴォケがっ!」
『俺の右手が唸って輝く、罪人(漫画家)生け捕れと轟叫ぶ!』
そう言うや、魔皇の一人が殲騎に搭乗(の)ったままシャドウプレッシャーを放つ。
「ばっきゃろー! あぶねぇだろうが!」
『悪ぃ悪ぃ〜♪』
「良いご身分だな。お前のお陰で俺たちは家に帰れねぇんだよ!」
「すみません、もうしませんっ」
「てめえ、今回で何度目だ。ボケ、アホ、カス!」
「数えてませんー(泣)」
「数えとけ、ボケ!!」
嗚呼……いと高きところにては紙に栄光あれ。
かの追跡者には安らぎを。
Kirie eleison
主よ……彼に愛と哀れみを。
■END■
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