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<東京怪談ノベル(シングル)>
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【 獣、眠り 】
――時折思い出す、獣の記憶――。
「…ぅ…ぁあ…」
自分の目の前で起きたことを、俺は理解できずにいた。
紅い、紅い景色が広がっていく。
息が止まるほどに、その光景は頭に焼きついた。
「ぁああ…ぁ…」
苦し紛れに吸った息が喉を焼く。
ドクドクと流れていく紅い水。
それは、生命の水。
そして、紅い水を流しているのは――自分の弟。
「アアアアアアアアア!!!」
気づけば、俺は大声で叫んでいた。
たった一人の弟――共に捕らえられていた俺の目の前で、その命を奪われた。
叫んで叫んで叫んで、涙を流した。
俺は助けられなかった。
助けられなかったから、弟は神帝軍に殺された。
俺に力がなかったから、両親もサーバントに惨殺された。
俺は―――俺に力がなかったから、全てを失った。
そのリアルに打ちのめされ、力なくその場に座り込む。
いつのまにか、目の端に映った自分の髪の色がおかしい事に気づく。
黒色だった髪は、銀色の髪へと変わっていた。
何故だか分からない、その理由を考える余裕もない。
スローモーションで延々と繰り返される紅い記憶が、俺の心を蝕む。
鈍器で思い切り頭を殴られたような衝撃が、俺の思考を焼いた。
もう、何も分からない、分かりたくはない――。
閉じ込められた折の中、延々と繰り返される紅い記憶。
あぁ――俺は、もうすぐ殺されるだろう。
弟と同じく、俺はあいつ等に殺される。
抗う力も術もない、只の『人間』なのだから。
決められたリアル、定められた運命――。
カッカッカッカッ…。
誰かが近づいてくる音が聞こえる。
それは、弟を殺した奴等とは別の奴だった。
動く気力もなく、そいつを見つめる。
武器を持った女性だった。
手に持つ凶器は俺の命を奪うための物なのだろうか。
ぼぅっと呆然と俺は彼女を見つめた。
そして彼女は武器を持つ手を振るい―――。
――ギィンッ!
響き渡る音。
ギギィっと無理やり檻があけられた。
「……あ……?」
一瞬、何が起こったのかわからずに眼を瞬く。
この女は、俺を助けてくれたのだろうか?
――そして彼女は口を開く。
私は貴方の『逢真』です、と彼女は言った。
貴方は私の『魔皇』です、と彼女は言った。
『魔皇』ならば、俺はあいつ等に抗う力が手に入るのだろうか。
『魔皇』ならば、俺はあいつ等に弟達の仇を返す事ができるのだろうか。
抗え、仇を返せるのならば―――俺は、『魔』へと姿を変えよう。
そして俺は、新たな力を手に入れる。
ドクンっと心臓が大きく鳴った――覚醒の衝動。
視界が紅く染められていく――色の衝動。
強い感情が体を駆け巡る――激情の衝動。
激情は紅い色を伴い、俺の体に染み込んでいく。
魔なる者、【激情の紅】の印が俺の体に刻まれた。
湧き上がる、復讐の為の力。
俺は、復讐の狼煙をあげる為、弟を処刑したグレゴール達の元へ向かった。
「な…魔皇!?」
焦ったように武器を持ち、俺に向かってくるグレゴール達。
弟の命を奪ったグレゴール達――こいつ等だけは許さない。
振り下ろされた刃を避け、拳を思い切り顔に打ち込む。
メキョリと、相手の鼻の骨が折れ、顔が潰れる感触を手で感じた。
飛び掛ってきた相手の腹を殴り、武器を奪う。
相手の命を確実に奪う為の、復讐の道具。
弟の命を奪った、憎き凶器。
「全てすべてスベテ、殺し尽くしてやる――!!!」
奪った武器を片手に、狂ったように叫ぶ。
復讐の炎が、どす黒い感情が、俺の全身を駆け巡った。
「はぁっ!!!」
武器を振るう。
血が飛び散り、壁を紅く汚す。
俺の後ろから、脱出しましょうと、逢魔は言った。
だが、俺は――目の前の獲物を殺すのみ。
狩り殺す、只その為に武器を操る。
悲鳴と血と嘆きと怒りと――全てが混ざっていく。
ガッ…ドシュッ…!!
「ギャァ――!!」
刃を受け止め、突き放し、叩き切る。
相手の口から悲鳴が漏れ、体から血が吹き上がった。
俺は、相手の命が亡くなるまで斬りつけ、突き殺す。
武器が折れれば、奪って殺す。
もう前の生活になんて戻る事なんかできない。
両親も弟も亡くし、魔皇へと覚醒した俺に、平和な暮らしは望めない。
ならば――神帝軍に属する輩を総て排除してやろう。
無くす痛みを、傷つく痛みを、こいつ等にも味合わせてやろう。
そうでなければ、俺の気がすまない。
殺され、傷つけられた報いを、その命で償わせてやろう。
「おぉおおぉお!!!!」
傷ついた獣の咆哮。
復讐の炎に心を焼かれた獣の咆哮。
全てを失った獣の、嘆きの、咆哮―――。
「――っ!!」
ハッと我に返る。
そこは、血まみれの壁も無く、悲鳴も聞こえない。
当たり前だ――此処は、自分が館長をやっている写真館。
自分以外出かけていて、とても静かだった。
「……平和だな…」
あの出来事から、もう数年過ぎた。
神帝は倒れ、新たな時代が生み出されていく。
その時代の中で、俺は今、平和に時を過ごしている。
新たな家族や仲間と共に――。
獣は眠る、怒りを忘れるように。
獣は眠る、嘆きを忘れるように。
獣は眠る、もう全てが傷つく事が無いように。
眠る、眠る――。
【END】
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