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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
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あの日の約束は、今も
―――死んだら、人はどこへゆくの?―――
それは誰もが一度は抱く疑問ではないだろうか。
あどけない表情で幼子に訊ねられると、大人たちは頭を抱えるしかない。誰も本当の答えなど知らないのだから。
『お星様になるんだよ』
『お空の上の国に行ってしまうんだよ』
『またどこかで生まれ変わるんだよ』
どうにか子供を納得させようと、大人たちは知恵を絞って色々なことを言う。
その言葉が子供たちにとってどんな意味を持つのか、深く考えもせず……
* * *
「死んだ人はここからいなくなって、遠いところにいるんだよ」
両親を亡くしたリラは、こう聞かされた。
リラはまだ5歳。疑うことも知らずに、その言葉をすっかり信じ込んだ。
遠いところに行ってしまったから会えない……そんなふうに考えたのならまだ良かったのだが、純粋であるがゆえに、その心はもっと別の方向へと向かってしまったのだ。
「うーちゃん、リラのお父さんとお母さんは、遠いところに行っちゃったんだって」
リラは羽月にもそう教えた。
「遠いところって、どこかな? そこに行けばお母さんたちにも会えるのかな……」
淋しげに俯くリラを見て、羽月は真剣に考え込む。
リラがこんなに悲しそうにしていると、見ているほうもつらくなってしまう。
それに羽月自身にも、どうしても会いたい人がいる。
もしリラの言っていることが本当なのだとしたら、死んでしまった人たちがいるというその場所に行ってみたい……幼い彼がそう考えたのも、無理からぬことだった。
「あの山は?」
ふと思いついたように、羽月は窓の外を見る。
そこに見える山は、大人たちにしてみればそう遠い場所ではない。ハイキングやピクニックの対象となるような、気軽に行ける場所だ。
けれども羽月にしてみれば、そんな近場の山でさえとても遠く感じられた。
それはリラにとっても同じこと。
「あのお山は、遠いものね……きっとお父さんもお母さんも、あそこに行ったんだ……」
「じゃあ、探しに行こう」
羽月に言われて、リラはすぐさま頷いた。
子供の足でそこまで行くのがどれほど大変か、などということは考えもしなかった。ただ、そこに行けば両親に会えるかもしれない……その想いだけで胸がいっぱいだったのだ。
2人は早速、子供用の小さなリュックサックにわずかばかりのお菓子を詰め、彼らなりの旅支度を整えた。
そして誰にも内緒で、2人だけで山に向かった。
後になって考えてみれば、もしかしたら2人とも無意識のうちに悟り、恐れていたのかもしれない。
もし大人たちにそのことを告げたなら、「そこへ行っても死んだ人には会えないんだよ」と呆気なく否定されてしまうであろうことを―――
* * *
大人たちは「常識」というものに当てはめ、こんなふうに考える。
『子供の足では、そう遠くまでは行けないだろう』
しかし子供というのは、大人たちが思うよりずっとタフでひたむきで、強固な意志を持っているものなのだ。
そしてそれはしばしば、思いも寄らぬ結果へと結びつく。
リラと羽月も、両親に会いたいというその一心でひたすらに歩き続け、ついには目指す山にまで辿り着いてしまった。
「どこに行けば会えるんだろうね?」
「きっと、もっと上のほうだよ」
そんなふうに言い合いながら、頂上を目指して登ってゆく。
もちろん疲れてはいるものの、期待と希望とが幼い2人の足をしっかりと支えていた。それがなければ、2人ともとうの昔にへばってしまっていただろう。逆に言えば、2人の想いはそれほどまでに頑ななものだった。
「2人とも元気かな」
持ってきたお菓子を頬張りながら、リラは思いを馳せる。
彼女は両親といるよりも、祖父母と過ごす時間のほうが圧倒的に多かった。「しかし」と言うか「だからこそ」と言うか、今はただ元気な両親の姿を一目でも見たいという想いが強い。
「きっと、元気でいるよ」
羽月は自分のお菓子を半分リラに分け与え、励ました。
リラはそれを受け取ると、今度は自分のお菓子を半分に割って羽月に差し出す。
「……うーちゃん、ありがとうね。頑張って上まで行こうね」
「うん」
2人は立ち上がり、手を繋いで再び歩き出した。
けれども無情にも日は傾き始め、暗く深い夜が音もなくゆっくりと近付いてくる……
* * *
「…………」
「…………」
いつしか2人の間で交わされる言葉はだんだんと減り、しまいには終始無言になってしまっていた。
顔に浮かぶ疲労の色も濃くなり、足取りも重い。2人とも口には出さないけれど、芽生え始めた不安は膨らみ、今や嵐のような勢いで胸の中に渦巻いている。
どこまで行っても、リラの両親の姿など見えない。
周りを取り囲む木々や草花は、昼間であれば……そしてピクニックにでも来た時であれば、見る人の心を楽しませてくれるのだろう。でも今はもう日も暮れかかり、探す人も見つからない。そんな2人にとって、延々と続く同じような景色は不安を掻き立てるだけのものでしかなかった。
元より、揺るぎない期待だけに支えられて、どうにか歩いてこられたのだ。それが薄らいでしまった今、2人の力になってくれるものなど何もなかい。やがてどちらからともなく足を止め、疲れ果てて木の幹の下に座り込んでしまった。
「……お父さんもお母さんも、いないね……」
「うん……」
「2人とも、ここにはいないのかな……」
どうしようもなく切ない響きを含んだその言葉に、羽月はどう答えて良いのか分からなかった。
そうだね……と言えばリラは悲しむだろうし、羽月自身の希望も絶たれることになる。
かと言って「そんなことはない」などと気軽に言えるような雰囲気でもない。
それでも黙っているのはなんだか気まずかったので、羽月はわざと何もないふうを装って言った。
「何も言わないで来ちゃったから、みんな心配するね」
「そうだね……探しに来てくれるかな……」
リラは俯き、膝を抱える。
羽月も同じようにうなだれる。
リュックサックの中にお菓子は残っていない。歩き回る体力もないし、もうここでじっとしているしかなかった。
「…………」
「…………」
また2人の間に沈黙が流れる。
もはや喋る気力さえないというのが本当のところだったが、それでもしばらくして、リラはぽつりと呟いた。
「……うーちゃんとも、こんなふうに会えなくなっちゃったら、嫌だな……」
それを聞いて、羽月はびっくりしたように顔を上げる。
今まではとにかくリラの両親を探すことで頭がいっぱいで、そんなことを考える余裕などなかったのだ。
けれども、リラの両親が突然いなくなってしまったのと同じように、リラだって羽月の前から突然消えてしまうかもしれない。逆に、羽月がいなくなることだってあり得る。もちろん、周りにいる他の人たちも……
それは、とても淋しくて怖いことのように思えた。
だからその不安を振り払うように、羽月はなんとか笑顔を作って言った。
「それじゃあ、いつかふたりだけの場所を創ろう」
「ふたりだけの場所……?」
「うん。遠いところになんか行ったりしないで、ずっとそこにいるんだ。そうしたらずっと一緒にいられる」
その言葉に、リラはようやく少し安心したような笑顔を浮かべた。
そしてゆっくりと小指を差し出す。
「リラのこと、置いていかないでね……約束だよ?」
「うん……」
羽月も小指を差し出し、しっかりと指切りをした。
そしてすっかり疲れ切った2人は、そのままいつの間にか眠りに落ちてしまったのだった。
* * *
見知らぬ景色の中、羽月は1人ぼっちで立っていた。
心細くて、誰かしら知っている人がいないだろうかと探し回る。
すると、遠くに義理の両親と姉の姿が見えたので、ほっとして駆け寄ろうとしたた。それなのに彼らは羽月に背を向け、どんどん先へと歩いて行ってしまう。必死に走ったけれど追いつけなくて、羽月はとうとう置き去りにされてしまった。
呆然と立ち尽くす羽月の前に、今度は本当の両親の姿が現れた。けれども、やはり2人とも羽月を残して行ってしまう。今度こそはと、先ほどよりさらに全力を込めて走るものの、また取り残されてしまった。
本当に1人きりになってしまった羽月は、深くうなだれる。
でも、そんな羽月に手を差し伸べてくれた人がいた。
「リラちゃん……」
いつの間にか目の前に立っていた少女を見て、羽月も恐る恐る手を差し出す。
彼女は羽月を置いて先に行ってしまったりせず、その手をそっと握り締め、にっこりと微笑んでくれた。
「『ふたりだけの場所』に行こうね、うーちゃん」
「うん……」
2人は手を繋ぎ、歩き出す。
約束した「ふたりだけの場所」を目指して―――
* * *
なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする。
目が覚めた瞬間、羽月はぼんやりとそう思った。少しずつはっきりしてきた意識で、消えそうになる夢の断片を必死に掻き集めようとするものの、それは虚しくすり抜けていってしまう。
結局どんな夢だったのか思い出すことはできず、ただ無性に懐かしい想いだけが残った。
その想いを心の片隅に留めたまま、いつも通り登校する。
「あ、藤野君……おはようございます」
「おはよう、リラさん」
廊下でリラと会った羽月は、挨拶を交わしながらふと不思議な感覚を覚えていた。
今朝感じたあの懐かしさ……それがリラと出会った瞬間、また唐突に溢れ出してきたのだ。
そんな羽月の表情に気付いたのか、リラはきょとんと首を傾げる。
「どうかなさいました?」
「いや……何でもない」
不審に思われただろうか? などと思いつつ、軽く誤魔化して教室へと入る。
羽月は気付かなかった。
リラもまたとても懐かしげな瞳で、羽月の背中を見つめていたことに……
幼いあの日の出来事は、2人の中で曖昧なものへと変わってしまっていた。
周りの人たちにたくさんの迷惑と心配をかけてしまった罪悪感が、「忘れてしまいたい」という思いへと繋がり、知らず知らずのうちに記憶を薄れさせたのだろう。
けれども、あの日の約束は決して消えてなくなったわけではない。
思い出の小箱に大切にしまわれて、鍵をかけられ、心の奥底にひっそりと眠っているのだ。
そしてその約束どおり―――今も2人はこうして傍にいる。
たとえ本人たちが気付かなくても、ずっと……
fin
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