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<東京怪談ノベル(シングル)>
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月下葬送 〜 The Prologue to a Death Game 〜
…Are you going to Scarborough Fair?…
…Parsley, sage, rosemary and thyme…
…Remember me to one who lives there…
…For once she was a true love of mine…
歌声が聞こえる……一度聞いたら忘れられないような歌声……誰……?
歌声に導かれるように、少女はそっと寝床を離れた。
…Have her make me a cambric shirt…
…Parsley, sage, rosemary and thyme…
…Without no seam nor fine needle work…
…And then she'll be a true love of mine…
声の主は、月明かりの下で透明な歌声を響かせていた。
歌唱の得意なセイレーンにも引けをとらない、いやそれ以上になにか引きつける物を感じさせる。
初めて聞く主の歌声に、少女はある種の感動のような物を覚えた。
…Tell her to weave it in a sycamore wood lane…
…Parsley, sage, rosemary and thyme…
…And gather it all with a basket of flowers…
…And then she'll be a true love of mine…
何かを堪えるかのように己の肩を抱きしめ、今は閉じられた瞼の下にある、その瑠璃色の瞳に映るのは彼女の双子の片割れの姿だろうか。
鎮魂の歌……己の魂の半身に捧げる1人だけの葬送の儀式。
遠く離れた翡翠の森に眠るはずの兄の元に届けとばかりに凛とした歌声を紡ぐ。
…Have her wash it in yonder dry well…
…Parsley, sage, rosemary and thyme…
…where water ne'er sprung nor drop of rain fell…
…And then she'll be a true love of mine…
普段は消して見せることのない主の痛々しげな様子に、少女ルシファーは声をかけることに躊躇いを覚えた。
そんな、逢魔に気づかず彼女は、ただ一人のために歌い上げる。
立ち聞きしている事に罪悪感を覚えながらも、何時までもルシファーはその場から立ち去ることができずにいた。
…Have her find me an acre of land…
…Parsley, sage, rosemary and thyme…
…Between the sea foam and over the sand…
…And then she'll be a true love of mine…
兄の訃報を聞いたとき、主は一言「そうか」とだけ呟いた。
そして、遺品を届けてくれた兄の戦友達に寂しげな笑みを浮かべて「ありがとう」と深々と頭を下げた。
…Plow the land with the horn of a lamb…
…Parsley, sage, rosemary and thyme…
…Then sow some seeds from north of the dam…
…And then she'll be a true love of mine…
あの日から、時々思いつめたような顔をすることが多くなった主の姿に不安を感じ、何度か尋ねては見た。
しかし寂しげに「なんでもない」といわれ、まだ何一つその心の内を聞けずにいた。
…Tell her to reap it with a sickle of leather…
…Parsley, sage, rosemary and thyme…
…And gather it all in a bunch of heather…
…And then she'll be a true love of mine…
幼い自分に腹がたって、仕方がなかった。
主が苦しんでいるのに、何も手を貸すことの出来ない自分が情けなかった。
…If she tells me she can't, I'll reply…
…Parsley, sage, rosemary and thyme…
…Let me know that at least she will try…
…And then she'll be a true love of mine…
あくる日の夕方、使用者のいなくなった携帯電話のメールアドレスから転送された1通のメールが、主と今は亡き主の兄が共用で使っていたパソコンに届いていた。
『このメールが届いていること信じて、頼む力を貸してくれ………』
1人の密からの悲鳴のような切羽詰った内容のメールを受け取った主は絶句していた。
…Love imposes impossible tasks…
…Parsley, sage, rosemary and thyme…
…Though not more than any heart asks…
…And I must know she's a true love of mine…
先日の紫の夜での後遺症とも言うべき、悪魔化をした仲間を止めてくれ……
場所は、福島県会津若松……絶対不可侵領域内……場所柄から殲騎の使用は不可能……。
無謀ともいえる作戦内容。
アークエンジェルとも互角に渡り合える、相手との生身での戦闘……パートナーである自分が幼い所為で、依頼を受けるのに躊躇している主の背中を押したのは少女自身だった。
「マスター……行きましょう。あの方々が好きだった場所を私も一度見てみたいです……」
何時になくきっぱりとルシファーは主の深い海の色の瞳を見つめ言い切った。
無事に帰れる保証はない、むしろ最悪の事態が待っているかもしれない……
静寂の中に響く主の歌声が、何かへの祈りを含んでいるような気がししてならなかった。
失われし魂に安らぎを…戦いゆく総ての者たちに武運を……
…Dear, when thou has finished thy task…
…Parsley, sage, rosemary and thyme…
…Come to me, my hand for to ask…
…For thou then art a true love of mine…
彼女は歌う、自身の不安を打ち払うかのようにただ無心に…兄が好きだった歌を……
……レクイエムに変えて……
【 Fin 】
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