<東京怪談ノベル(シングル)>


悲愴の蒼、哀憎の紅。


 私に姉という存在がいると解ったのは、父へと宛てられた一通の手紙から。私の母と再婚する前の別の女性との間に生まれた命――それが姉と言う存在だった。
 『父さんへ』
 そう書かれた手紙に、最初は酷く驚いたけれど…。どんな形であれ、『姉』は存在する。私はそれが何だか嬉しくて、まだ見ぬ姉にこっそりと手紙を書いた。
 それが、私と姉との交流の始まりだった。
 私たちは様々な事を手紙に書きあう事で、見えない距離を少しずつ縮めていた。…私はそうであると確信していた。
 何でもないような日常での出来事から、嬉しかった事…悲しかった事まで。私は姉に全部伝わるようにと、手紙にしたためた。
 そうして、姉からの手紙が数え切れないほどになる頃、少しの変化が訪れる。
 姉の母親が亡くなった事。
 それから姉は、幼馴染である男性とひっそりと身を潜めて暮らしている事。
 そんな内容だけでも、私は居てもたってもいられなくなった。満足いく暮らしが出来ているのか、苦しくはないのかと――すぐさま姉へ手紙を送った。
 すると彼女は少しの日を置いた後、またきちんと返事をくれた。
 生活面では多少の辛さがあるけれど、それでも充実した暮らしをしている。だから大丈夫だと…。そんな文面で姉の手紙はまとめられていた。
 私はそのあたりから、心の奥で密かに生み出していた気持ちを、表に出すようになった。

 ―――姉さんに、会いたい。

 一目だけでもいい。会ってみたいと。自分のこの目で『姉』と言う存在を確かめたいと言う感情を、どんどん膨らませて、気がついたときには止めることが出来なくなってしまっていた。
 そしてついに、手紙で姉に抑えられない気持ちを伝えてしまった。
 拒絶されるかもしれない。そんな不安が私を襲った。
 届いた手紙の封を、怖くて何時間も開けることが出来なかったほどに。
 しかし、姉からの返事は私の不安を打ち砕く内容だった。快く、承諾してくれたのだ。『私も会いたい』と。
 私の心は歓喜に満ち溢れて、逸る気持ちを抑えるのに大変だった。
 嬉しかった、本当に。
 私だけの、姉さん――。ずっとずっと『会いたい』と思い続けてきたそのヒトに、やっと会うことが出来る。
 少しは似ているところがあるだろうか。姉さんは私を見て、なんと言ってくれるだろう。普段は何を好んでいるのか…。同居している男性は、優しい人であればいい。
 溢れる思いは、そんな期待ばかり。
 もちろん、小さな不安はたくさんあった。だけど、それを上回るほどの期待が今は私の心の中を占領していた。
 そして私は、手紙に書かれている住所を尋ね歩き、姉が暮らしている元へと足を運んだ。

「………ふぅ、…本当に、山の中なのね…」

 そんな、ぽつりと漏らした独り言さえも響き渡りそうな空間の中。
 私は小道をひたすら前へと進んだ。姉さんが教えてくれた住所へと実際たどり着いてみてみれば、本当に周りには何もなく遠くに小さな家があるくらいのものだった。日も既に傾きかけていて、少しだけ足元が頼りない。
 どうやら隠れて暮らしているというのは、本当のことらしい。
 その現状に少しだけの不満を胸に抱きながらも、私は歩みを止めることはなかった。

「……………!」

 あれから数分歩いたところで、目に見えたのはぽつりとある小さな一軒家。
 私はそこから、小走りになり目的地を目指した。
 もうすぐ。
 もうすぐだ。
 姉さんに会える―――。

「…………………?」

 息を切らしながら辿り着いた家の前。
 そこで私は僅かな異変に気がついた。見た目には何も、おかしいと思えるところはない。だけど…。

「……姉さん?」

 私はその家の扉を数回叩いた。
 何も反応がない。
 それでもまた数回扉をノックしていると、目の前の扉はゆっくりと開いた。鍵がかけられていなかった。
 最初に感じた、異変。
 それは、この家に全く人の気配が感じられないと言う事。
 私は恐る恐る、開いた扉に手をかけて、家の中へと入り込んだ。

「姉さん…?」

 しん…とした室内。
 小奇麗に片付けられた、生活感のない部屋の中。
 一歩、歩みを進めると足元から聞こえるのは木が軋む音だけ。
 本当に、誰も――誰の気配もない。

「姉さん、私よ。…どこなの?」

 言い知れない不安が、私の体の中を駆け巡った。
 誰も居ないとわかっているのに、探してしまう。家中を。
 部屋という部屋…さんざん探し回って…そこでようやく、私はその家を出た。

「……姉さん…どこに行ってしまったの…?」

 他にもどこか、探せる場所があるかもしれない。そう思った私は、ふいに辺りを見回した。どんなに小さなものでもいい、姉さんへと繋がる道が、欲しかった。
 そして目に付いたのは、細い獣道のようなもの。
 私は躊躇いもせずに、その方向へと足を向けた。

「姉さん…そこにいるの…?」

 どこまで続くのかわからない道を、ただひたすら私は突き進んだ。
 もうそこには、さっきまでの期待は、どこにも存在していなかった。
 そして少し開けた場に辿り着いたとき…私の目に飛び込んできたものは、あまりにも酷い現実だった。

「……これは…なに…?」

 ひっそりと、佇むのは一つの石。
 形は歪であったけど、それは墓石なのだとすぐに解った。
 恐怖感で足が震える。私の心の中で、鼓動が激しく波打っているのがわかる。手を差し伸べれば、それを小刻みに震えていた。
 墓石に刻まれた、名前――。
 私の元へと幾度となく届けられていた手紙の差出人と同じ名前だ。――即ちそれは、姉の名前(もの)――。

「ねえ…さん……」

 墓石の前には、一輪の蓮の花が添えられていた。そしてその隣には、紅玉が埋め込まれたブレスレットがある。きっとこれは、姉の『遺品』…。

「―――っ!!」

 私の中で、生まれたその言葉に吐き気がした。
 目の前が歪んで、熱いものが一気に込み上げてきた。そしてそれは、一つの雫となって地へと落ちていく。

「姉さん…っ!」

 がくん、と膝から下の力が抜けた。
 今まで作り上げてきた、私の姉へと思いが、音を立てて崩れていくさまを目にしたような感じだった。
 夕日に光るブレスレットへと手を伸ばして、私はそれを抱きしめる。

「姉さん…姉さん…っ!」

 会えると信じて疑わなかった。
 だって数日前までは、ちゃんと『生きていた』。私に手紙を書いて送ってくれた。
 こんな…こんな形での会うなんて…思いにもよらなかった。考え付くはずもなかった…。

 姉さん。

 姉さん。

 ……どうして…?

「…な、んで、なの…? …いや……どうしてなのよ、姉さん…ッ!!」

 涙が止まらなかった。止められなかった。
 やっと巡り合えた私たち。だけどどうして、姉さんだけそんな姿なの?
 そんな馬鹿げた考えさえも、私は止めることが出来なかった。

 まだ聞いてない。
 姉さんの声。

 見てない。
 姉さんの笑顔。

 脳裏に焼き付けていないよ、姉さんのすべてを…。

「……………、……」

 声にならないまま、私はゆっくりと顔を上げた。
 姉さんの事をグルグルと巡らせていると、気がついてしまった。思い出してしまった。
 姉さんには、幼馴染の男がいたと言う事を。
 その男の姿も…どこにも見当たらなかった。そして、墓石も。

 どうして?

 姉さんは此処で眠っているというのに。

 なぜ、男は何処にもいないの…?

「……なんで、いないのよ…ッ」

 私の口から絞り出された声は、憎しみに染められていた。
 自分でも気がつかないうちに、姉への思慕がそのまま憎悪へと姿を変えてしまっていた。

 姉さんが大切に想っている相手なら。
 その相手も姉さんを大切にしていると思っていた。それが普通であって、だから私はその男に全てを任せようと思っていたのに。
 
 なぜ、姉さんを護ってくれなかった…?

 ――護りきれなかったのなら、どうして姉さんを私に…譲ってくれなかったの?

「…………許せ、ない…」

 捻じ曲がった感情だと、わかっていた。
 だけど止められなかった。
 ただ、『姉さんの死』と言うのを、簡単に受け入れたくなかっただけなのかもしれない。
 
 男を憎むことで…私は悲しみを削ろうとしている。

 私を止めるものは誰もいない。
 だから私は一歩を踏み出す。
 男を探し出すために。

 そして、全てを聞き出すために。

 きつく握り締めたのは、ブレスレットだった。
 私はそれを手にしたまま、ふらりと立ち上がり、姿を消した男を探すために歩みだした。

 空全体を真っ赤に染め上げている、夕焼けに向かって。





 -了-



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アキラさま

ライターの朱園です。この度はご指名ありがとうございました。
アキラさんの過去の話…切なく悲しい情景をと言う事で今回は書かせていただきました。
色々と脚色させていただいた部分もありましたが、如何でしたでしょうか。
少しでも楽しんでいただけましたら、幸いに思います。

ご感想など、よろしければお聞かせください。今後の参考にさせていただきます。
今回は本当にありがとうございました。

※誤字脱字が有りました場合は、申し訳ありません。

朱園 ハルヒ