<東京怪談ノベル(シングル)>


アノ夏ノ日ノ思イ出

「和弥(カズヤ)何してるの、早くしなさい。」
「解ってるって、今行くよ。」
 ベッドの上にぶちまけた諸々のモノを鞄に詰めてる時、階下から声がした。
 今日は夏休み。何時も仕事にかまけて家に寄り付かない親父が珍しくも長期休暇を取って沿いのリゾート地へ家族旅行に連れて行ってくれる事になってるのだが、
(それにしても張り切り過ぎだよな、父さんも母さんも)
 今も急かす母さんの声を聞きながら、俺は苦笑いを浮かべた。まぁ嬉しいのは解るし、俺も嬉しいんだが。
 着替えやら何やらまとめ、下に降りる。父さんと母さんの姿はあったが姉さんの姿は無い。
 まだ準備が整っていないらしい。全く早くしてもらいたいものだ、と自分の事は棚上げして待つ事暫し。
「ごめんごめん、荷物整理するのに手間取っちゃって。」
 そう言いながら、ようやく姉さんの準備が完了した。
 やれやれ、とばかりに首をすくめつつも俺と姉さん、母さんは既に外に出ていた父さんの所に行った。
「遅いぞお前達、置いてくぞ。」
 そんな事を言いつつもよほど嬉しいのか、何時も仕事命の父さんは顔が緩みっぱなしだ。
 それがおかしくて嬉しくて、自然と俺の顔にも笑みがこぼれる。
「さて、それじゃ行こうか。」
 父さんの言葉に皆がうんと頷く。車の後ろに荷物を乗せ、俺も中に入ろうとドアに手を掛けた時、

――ウーー、ウーー

 耳を劈く様な、荒々しい警報が鳴り響いたと共に機械的な声で、

――現在魔皇同士の大規模な戦闘が行われています。市民の皆様は至急最寄の避難所まで避難してください。繰り返します、

 避難を告げる声が辺り一面に鳴り響いた。
 魔皇、それは神に逆らう邪な者達だ。だが同士討ち?一体何があったのだろうか。
 そんな事が何故か気になったけれど、そんなのがいては休暇も糞も無い。
 あんなに張り切ってたからだろう、愚痴をこぼす父さんのなだめながら俺達は避難所へ向かった。
 最中、一瞬何かの影が頭上を通り過ぎ、
――ヒョォゥン
「うわっ!!??」
「きゃぁぁ!?」
 凄まじい突風が吹き荒れ、思わず俺は壁に手を突いた。
 何が起こったのか、と上を見上げて間も無くその影を追い掛ける様に無数の弾頭が頭上を通り過ぎた。
――ドグォドグォドグォォン
 刹那、爆音が耳を劈き、振動と衝撃が地面を揺さ振った。
「くそ、何なんだ一体っ!?」
 その時、さっと俺の頭上を何かが覆って、
「和弥危ないっ!!」
「ぇ、ぁう!!」
 何が起こったのか解らないまま、姉の声と共に俺の体は吹っ飛ばされた。
――ドガァァン
「っっ…痛いな、何するんだよっ、」
 姉さん、と言おうとして俺は絶句した。
「く……。」
「か、和弥…うぅ…。」
 振り向いた先はさっきと全然違う光景になっていた。
 倒れたビルが、ガラスを、コンクリートをぶちまけた姿でそこにあった。
 その下に父さんと母さんが、そして直ぐ傍に姉さんが倒れていた。
 瞬時に、俺は姉さんが助けてくれた事を悟った。
「和弥………っ…。」
「姉さっ、くそ、待ってろ直ぐに人を呼んでくるからなっ。」
 どかそうとしたが中学生の力ではどうにも出来ない。
 俺は助けを呼んでくる為に、振り返って走り出した。
(なんでこんな……くそ、待ってろ直ぐ人を連れてきて、)

――ドカカァァン

「っ!!!!!!」
 しばらく言った頃に、再び爆音が辺りに響き渡った。
 方角は後ろ。さっき走ってきた丁度その方向だ。
「…まさか…っ!!」
 ゾワゾワと嫌な予感が心を覆い始めた。
 それを拭う様に首を振って、完全に払拭する為に俺は元来た道を走り出した。
 走って、走って、走って、そしてあの場所にやってきた俺が見たのは、
「…なんだよ、これ…。」
 さっきよりも酷く、粉々になった瓦礫の山。
 先程まではまだ見る影があったが今は本当に何も無い。
 そして両親は何処にもいない。あるのは地面にこびり付いた様な真っ赤な肉片。
「ぐっ……っ。」
 訳が解らない。何が、どうなったのか、さっぱり理解出来ない。
 沸き起こる吐き気を必死で抑えながら俺はよろよろと後ろに下がった。

――ゴトッ

 と、何かが俺の足元に当たって、俺はそっちの方を向いた。
 それは姉さんの首だった。嫌に成る程綺麗なそれは首から先が消えていた。
「ぁ……。」
 ガクン、と体中から力が抜けるのが解った。
 脚は体を支える事が出来ずに折れて、その膝を地面につけた。
 その時、

――フォォゥンフォゥン

 旋風が巻き起こって俺の頬を、髪を撫ぜた。
 振り向いて見上げれば、そこにあったのは巨大で歪な紅蓮のヒトガタ。
 歪な武具を身に纏い何者も省みずにただ己が為に戦う者どもの醜い鎧。
「……殲、騎……。」
 フツフツとマグマの様に俺の脳裏にイメージが沸いて来た。
 虚ろな瞳を俺に向ける、物言わぬ奇妙な果実が廃墟に一つ。
 弾けて飛んで、砕けて散った、真っ赤な果肉が地面に無数。
 それをついばむどす黒い翼の、血に飢えた鴉が大空に二羽。
 そして最後に、たった一つ残った種が、俺の中で四散して、

「ウァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

――哀シイッ、悔シイッ、憎イッ、許セナイッ

 パンドラの箱が厳かに開けられ、全ての悪が、世界に這い出て行くかの如く。
 種から芽吹いた感情が、俺の心に根を撃ち付け、鋭くその先を伸ばして行く。
 言葉にするには余りに痛々しく、しかし留めて置くにも苦し過ぎて。
 俺はただ力の限り絶叫を上げていた。喉が裂け、血が滲み出るのも関わらず。

 その上で、俺から全てを奪った二騎の悪魔は未だ戦い続けていた……