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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
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Riot Night
バックミラーに映る男の顔は不機嫌に、窓の外を流れるテールランプの連なりに向けられている。
黒のタキシードに身を包み、長めの前髪を後ろに流した鋼の主・高嶺眞人は端正な顔に憂鬱な表情を浮かべ、乗車したきり黙ったままだ。
眞人殿はいつにもまして機嫌が悪いでござるな。
そう思いつつも、鋼はバックシートの眞人が気にかかって仕方ない。
「早めに出てきて正解だったでござるな。この時間は道が混んでいるゆえ」
「そうだな」
何かにつけて話しかけても、先程から返ってくるのは曖昧な返事ばかりで、鋼は小さくため息をついた。
やはり拙者は残った方が良かったのでござろうか……。
二人は神魔人の名士が集まるパーティー会場に向かっているところだった。
今夜のパーティーは、魔皇やグレゴールとなる前からそれなりに名声を得ていた者達の集いで、パートナーとなる逢魔やファンタズマを同伴する事になっている。
鋼もタキシードをあつらえ、颯爽と眞人を乗せ車を出したまでは良かったのだが。
マンションから会場になるホテルまではそう距離がないのだが、夕方の渋滞が二人を乗せた車をなかなか進ませない。
せめてこれ以上眞人の不評を買わないよう、鋼は信号待ちで停まった車を静かに走り出させた。
ホテルの広間は着飾った客人で溢れていた。
ビルシャスでは神魔に属するものは人化を解けないと規定されている為、一見人間と変わらない姿の者たちが和やかに談笑している。
しかし、グレゴールの神々しさや魔皇の鋭い雰囲気は人には無いものだ。
これだけ集まると、人化を解かずとも神魔の違いはわかるものでござるなぁ。
その場の雰囲気に気おされている鋼を置き去りにし、受付を済ませて広間に入った途端、眞人は一人で先を行ってしまう。
「眞人殿?」
どんどん自分を置いて歩き出す眞人に鋼は面食らってしまった。
一応、これでも拙者はボディガードの役に尽いているというのに。
振り返った眞人は冷ややかな灰色の瞳を向け、鋼に言い渡した。
「お前は離れて見てろ。俺は挨拶に忙しい」
「そ、そんな、折角」
眞人殿のパートナーとしてここに来たはずではなかったか?
「後ろがつかえる。お前は壁の側で待っていろ」
受付を済ませた客人がドアの後ろでつかえているのに気付き、鋼は慌てて避けた。
にこやかな笑みを浮かべた客たちが眞人に挨拶をし、眞人も営業用の微笑を浮かべている。
いたたまれなくなった鋼は眞人に言われた通り壁際に寄り、離れた場所から眞人を見守る事にした。
大きな身体を所在なさげに壁にもたれさせた鋼を視線の端で見ながら、眞人は顔見知りの客と言葉を交わす。
そのうちの一人、眞人よりもやや年配のグレゴールが声をかけてきた。
お互い神魔に属する以前からの知り合いだったが、最近は近況を語る程の時間も無かった。
「今夜は逢魔を連れて来なかったのかね? 私も君の逢魔がどんな人物か興味があったのだが」
グレゴールは人間であった頃から法廷でよく顔を会わせた同業者で、こちらも眞人に劣らずなかなかのやり手だった。
彼の側に寄り添った少女のような容貌のファンタズマも、男に続いて控えめに微笑みながら眞人に会釈した。
「うちのも来てますよ」
シャンパンを持ったグラスで指された方向を見た男が、眉を寄せて眞人をたしなめた。
「壁の花は可哀想じゃないか」
「花なんて柄じゃない。あんなデカイ図体で付きまとわれちゃ落ち着かなくてね」
あくまで冷ややかに言い放つ眞人に、グレゴールは苦笑した。
「それは手厳しいな」
二人の会話に割り込むように、眞人たちの背後から女性客の高い声が響いた。
「そうねぇ、高嶺様にはもっとお美しい方がお似合いだわ!」
「スマートな高嶺様に、あの逢魔では不釣合いよ! あんなゴツゴツした男じゃねぇ?」
氷河期も乗り切れそうな皮下脂肪をドレスの下に蓄えた、文字通り厚顔の女性たちに、それでも二人は丁寧に言葉を返しあくまで和やかに別れた。
その後、グレゴールは壁の前に立っている鋼を見ながら眞人に言った。
「ご婦人方は見た目に目を奪われがちだ。君もそうかな?」
「……俺が?」
眞人がグレゴールに言葉を返そうとした瞬間、広間の一角で爆発音が上がった。
その音に広間が騒然となる中、テーブルクロスの下からサブマシンガン等を出して威嚇する者たちが現われる。
客になりすましたテロリストのようだ。
「動くな! お前たちは天使どもの支配を東京から外す人質になってもらう!」
神魔戦線を生き抜いたとはいえ、ここに集まっているのはほとんどが前線に出なかった者たちばかりだ。
それに加えルチルの力によって人化を解けない為、なす術のない客たちは怯えながら広間の隅に逃げていく。
その中でたった一人広間の中央、武装グループの方を目指す逢魔がいた。
「鋼! 下がってろ!!」
パニックになりかけた客たちの中、眞人が叫んだが鋼には聞こえていないようだ。
普段の鋼は決して自ら進んで戦いを仕掛けたりはしない。
しかし今は唯一の例外だった。
眞人殿を守らなくては!
「人化など解かずとも……ッ!」
駆け出した鋼が銃を構えた男の顔を蹴り上げ、返す踵を首筋に落とす。
不意を突かれた男たちが鋼に銃を向けるが、手近なテーブルを盾に間合いを詰め、捻るような動きを加えた掌底を顔面に叩き込んだ。
銃を発砲する隙も与えず、鋼は次々とテロリストを倒していく。
その場に立っているのが最後の一人になった時、GDHPの手帳を掲げた男を先頭に武装した警官たちが広間の中に入ってきた。
「そこまでだ!」
ほとんど弱っていたテロリストたちは拍子抜けする程簡単に警官に取り押さえられ、彼らが引き上げた後は趣味の悪い余興だったかのような錯覚さえ覚える。
手帳を出した刑事が鋼の側に歩み寄って言った。
「殺さなかったのは上出来だな。ご協力感謝する」
GDHPの信条は犯人の逮捕で抹消ではない。
いくら鋼が単身自らの魔皇や他の客たちを守るためとはいえ、テロリストたちを殺害しては問題になってしまう。
「ああ、あんた逢魔か。人化も解けない中、随分無茶するな」
刑事はそう言って、鋼の傍らに来た眞人にも笑いかける。
「いい逢魔だな」
テロリストに襲われた時、思わず前に出てしまったが、鋼は実は後悔していた。
まずは眞人殿や他の客人を逃すのが先でござった。
流れ弾に誰かが当たっては、取り返しのつかないところだった。
眞人は褒められた鋼が神妙にしているのも構わず、刑事に言葉を返す。
「危険だとか言わないんだな」
刑事は片頬でにやりと笑った。
「助かったのは事実だよ。無茶でも結果は上々。問題ないだろう?」
刑事はそう言うが、鋼は危うい戦闘の結果に今更ながら胸の奥が冷えるような気がした。
もしかしたら、拙者は眞人殿を守り切れず撃たれていたのかも知れぬ。
「更迭、終了しました」
刑事の側にGDHPの制服に身を包んだ女性刑事が駆け寄った。
この女人も逢魔でござるな。
刑事が眞人と鋼を一目で魔皇と逢魔だと気が付いたように、鋼もこの刑事たち二人が魔皇と逢魔なのだとわかった。
魔皇と逢魔に繋がれた絆。それは直感のように与えられる事実だ。
「ご苦労。お前も怪我はないな?」
「はい」
女性刑事の生真面目な表情が、労わりの言葉一つでとても柔らかに変わる。
それを眩しく見ながら、鋼は眞人の表情をうかがった。
眞人殿は拙者の振る舞いを怒ってるのでござろうか?
「眞人殿、あの」
鋼が声をかけようとすると、眞人はふいと広間を出て行ってしまった。
困惑した鋼がその場に立ち尽くしていると、眞人の知り合いのグレゴールが声を掛けてきた。
「君が高嶺君の逢魔かね? 先程は君のおかげで私たちも助かった。ありがとう」
「礼には及ばぬでござる。拙者は眞人殿をお守りしたいだけで」
グレゴールは畏まった鋼に笑みを漏らした。
「高嶺君が魔皇に覚醒したと聞いた時は驚いたけれど、君のような逢魔がいるなら幸いだ。
魔皇と逢魔は互いを補う対存在だと聞くからね」
グレゴールの意外な言葉に、鋼は頬の辺りが熱くなるのを感じた。
喜んでもいいのでござろうか。
「私はまだ魔皇になる前の高嶺君も知っているけれど、今の方が好ましい気がするよ。それは少なからず君の影響だろう」
拙者が少しでも、眞人殿にそんな風に関われているのなら嬉しいでござるが。
「貴方はグレゴールでござろう?」
「まあ、たまたまそう選ばれたけどね。グレゴールの前に、私は私だから」
グレゴールはファンタズマと共に「高嶺君に宜しく」と言って去った。
拙者も逢魔である以前に、鋼であると言えるのでござろうか。
遠くで聞こえた女性客が言った言葉が鋼の耳に残っていた。
無骨な自分を眞人には不釣合いだと言う声が、鋼の中に滓のようにわだかまっている。
鋼から離れた所で事情徴集を受けていた眞人が戻ってきた。
「鋼、俺たちも帰るぞ。その前にこれで顔を拭け」
「は?」
眞人は今日この場所に来てから初めて笑った。
「気が付いていなかったのか」
頬に濡れたハンカチを押し当てられ、ようやく鋼も自分の頬が切れていた事に気付いた。
テロリストとの乱闘の際に切れたようだ。
「もう傷はふさがっているでござるよ」
「いいから」
少し背を屈めておとなしく眞人に顔を拭かれていると、それだけで報われたような気がしてくる。
帰りの車の中、心なしか眞人の機嫌も良くなっているので思い切って鋼は言った。
「拙者、てっきり眞人殿に嫌われたかと」
鋼の言葉に、眞人はバックシートに深く身体を沈ませて面白くなさそうに答えた。
「お前はああいう場所が苦手だろう」
「え、その通りでござるが」
細かなテーブルマナーが求められ、他人の噂話がメインディッシュの集いは確かにあまり得意ではない。
更に眞人の声が一段階低くなる。
「だから連れて来たくなかったんだ……気になって困る」
バックミラーに映った眞人の顔は、一瞬赤かったように鋼には見えた。
「お前が何かしでかさないか、気が気じゃない」
はあ、と大きく息を吐いて、眞人は目を閉じた。
直接耳に響く言葉はなくても、拙者は眞人殿に思われていると、そう自惚れてもいいでござるか?
眞人殿を守れるのは拙者だけでござる。評価してくれるのは眞人殿だけでいい。
そう思うと鋼は、パーティーで耳にした客の言葉もどうでも良くなってくる。
束の間眠りにつく主に聞こえないように笑い、鋼はマンションへの道を急いだ。
(終)
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