<東京怪談ノベル(シングル)>


〜降臨する異端者〜


 カッカッカッカッ………
 深夜にもなると、非常時以外は廊下も薄暗い。こんな時間にもなると、基地でも宿直の極一部の者しか起きておらず、長い廊下は薄気味悪い雰囲気を醸し出していた。
 そんな廊下を歩く。決して足音を大きくしているわけではないのだが、それでも誰もいない廊下というのは、日常の歩調でも十分音を響かせるのに足りていた。
 そんな廊下の壁により掛かり、一人の警備兵がウトウトと微睡んでいる。

「おい、起きろ。任務中に寝るんじゃない」
「!? は、は!申しわ……け…………?」

 突然声を掛けられ、警備兵が驚きに目を覚ます。まだ兵になってそう経っていない新兵は、必要以上に驚き、目の前に立っている者が、既に軍服を着ていないのに気が付かなかった。
 その無防備な胸に、天剣・神紅鵺(w3d788)は静かに手を差し入れる。

「ひっ……あ、あああ―――」
「ダメだ。任務中の怠慢……許すことは出来ないな。罰は与えねば」

 新兵の体から“何か”を取りだし、神紅鵺はそれを背後に放り投げた。新兵は苦悶の表情を浮かべたまま倒れ込み、そのまま血を流して動かなくなった。

「くく……教育がなっていないな」

 微笑しながら新兵が立っていた横を通り、神紅鵺は目的地………格納庫への扉を開く。この時間のこの扉は特に厳重な監視がしてあるはずなのだが、扉のロックは、神紅鵺が取り出したカードキーで、あっさりと外された。
 格納庫の中も、やはり廊下と同じで薄暗い。だが、まだ一区画だけ明かりが付けられ、そこに一人の整備員が居るのが見えた。
 廊下を歩いてきたように靴音を隠しもせず、黙ってタラップの階段を上がって、コックピットから無数のコードを外している整備員に近付いた。足音を隠さなかったこともあり、整備員も神紅鵺の接近に気が付き、油まみれの顔をコックピットから引っ張り出す。

「あ、大佐殿。どうか、なさいましたか?」
「私の機体がどうなったのか、気になって眠れなくてな。どうだ?」
「それが………書類通りのカスタムは出来ませんでした」
「………どれくらい完成している」
「ええっと、現時点での完成度は、おおよそ80%ですね……魔獣殻との合体、及び機体の変形機構は生きています。頭部にゼカリアのレーダーを備え、コックピットにFCSも。ゼカリア用のビーム砲を改造し、背部に装着しました。両足の装甲内にミサイルポッドも付けていますので、かなり重くなってしまいましたが、出力の方が元々高いので、問題のない範囲です。後は………そうですね。手持ちの装備の方は、あちらのコンテナの方に用意してあります。ですが、予備の弾薬は用意出来ませんでしたし、23mm二連装機関砲GSh-23と三十口径90mm無反動砲はこの基地にはありませんでしたので、取り寄せの手続きをする必要があります」
「そうか」
「ですが、本当に良かったのでしょうか?機体を改造した以上、もう殲騎を自由に出し入れすることが出来なくなるのですが………」
「お前が気にすることではない。それより、マントの方は?」
「? あ、ああ!あれですね。いつでも付けられるよう、機体の横に畳んでありますよ」
「ふむ。そうか。ならば、もう使えると言うことかな?」
「ええ。たった今、コックピット内の調整を終えました。あとは、大佐にあわせた微調整だけで……」

 機体を眺めていた神紅鵺は、整備員の話が終わると腕を組んで頷いていた。その仕草を見て寒気を覚え、整備員は口を開く。

「あ、あの………大佐?」
「いやご苦労だった。今日はゆっくり眠っておけ」

ドッ

 言い終わると同時に、整備員に手刀を入れる神紅鵺。整備員は神紅鵺に言われた通りに昏倒し、動かなくなった。
 その体をタラップの端にまで退けると、神紅鵺はすっかりと風貌の変わった愛機に乗り込んだ。コックピットの扉を閉め、機体に魔力を通して起動させる。

「流石に操作の仕方までは変わってないな……火器管制システムの接続は……これか」
「おい!一体何があったんだ!?」

 開け放たれたままになっていた扉の外から、大声が聞こえてくる。外で殺した新兵の死体が見つかったことは、すぐに察することが出来た。
 警報が鳴り響いた。数人の兵士達が、この格納庫に踏み込んでくる。
 彼等の怒鳴り声と足音が神紅鵺に近付いてくるが、神紅鵺は気にした風もなく、新たに接続された火器がちゃんとしよう出来るかを確認していた。
 機体の外で、何人もの兵士達が扉を叩き、扉を破ろうと対殲騎用のロケットを構える。

「仕方ないな。後は、体で覚えるとしよう」

 呟く神紅鵺。神紅鵺は機体を突然起き上がらせ、目の前にあったタラップを押し倒した。何人もの兵士達が巻き込まれて吹き飛ぶが、まるでそんなことなど目に映っていないかのように振る舞い、神紅鵺は魔皇殻を召還する。

「作業ご苦労。ではこの機体は我が理想の為に活用させて頂こう」
『なんだと?うおっ!?』

 兵士達が、神紅鵺の召還した魔皇殻、『真機界統ベシ虚構ノ蝕翼』の重力波によって吹き飛んだ。改造された機体の背部から13枚の機翼が出現し、広い格納庫の中に重力波の暴風を巻き起こす。
 その重力波の中、吹き飛びそうになった黄金のマントを掴み、機体に羽織らせる。

「さぁ、行こうかフィンスタニストリューグビルト。お前の新たな力、魅せ付けてやろうじゃないか」

ゴッ

 次の瞬間、瞬く間に格納庫は崩壊した。






〜狂気為す異端者〜

 空中へと舞い上がった機体を反転させる。飛び上がるときに持ってきた重いコンテナを素早くこじ開け、中から武装を取りだした。手に取った瞬間、それは使用可能となる。
 炎を上げる格納庫にグレネードとアサルトライフルの弾丸を撃ち込み、未だに原形を留めている数機のゼカリアを爆発させた。
 外からの音を取り入れると、警報が鳴り響いているのが分かる。カメラが映し出した風景は、広い基地の全貌を映し出していた。

「流石に優秀だな。この基地を選んで正解だった。…………クックックックックッ」

 呟き、そして口を歪ませて笑いを上げた。
 神紅鵺はこの基地の人間どころか、軍人ですらない。神紅鵺は裏ルートから入手した偽造の戸籍と身分で内部に入り込み、まんまと自分の殲騎を改造させたのだ。本来ならばそう簡単には行われない改造も、あちこちに手を伸ばしていた御陰で、予定通りに機体を手に入れたのだった。
 基地のあちこちからは悲鳴と怒号が飛び、まだ“こと”が発覚してから数分しか経っていないのに、早速数機の殲騎やネフィリムが飛び出してきた。その対応の早さに感嘆しつつも、神紅鵺は無慈悲にミサイルポッドを展開した。

「さて、貴様等が使っている兵器がどれほどの物か、試させて貰おう」

ドドドドドドッ!!

 白煙を上げながら、機体の両足から計六発のミサイルが発射される。それぞれ竜巻のように渦巻きながら眼下に向かって突進したそれは、こちらに向かって来ていた殲騎を一機、今にも飛び立とうとした機体を一機飲み込んで爆発、四散させる。
 数機の敵機を残してしまったが、外れたミサイルは地上に突き立ち、基地のあちこちを炎上させた。
 ミサイルを回避して迫ってきた殲騎を、『真ファナティックピアス』で迎え撃つ。相手も近接戦闘用のソードで斬りつけてくるが、間合いに違いからか、神紅鵺の槍の方が早く相手に到達した。
 貫かれて片腕を落とす殲騎。だがそれを喜んでいる暇もなく、間髪入れずに別方向から来たネフィリムが、まるで楽器のような物から光弾を飛ばしてきた。

「おっと」

 機体を急速後退させ、光弾を回避する。そのまま向きを変えてから加速させ、追っ手を振り切るように下降した。
 弾薬庫に引火したのか、爆炎を上げ続けている基地。その煙と炎に隠れながら再度反転した神紅鵺は、炎の中で、畳んでいたビーム砲を持ち上げた。
 そのまま数秒だけチャージ。神紅鵺を追って、炎を切り裂きながら突き進んできたネフィリムが見えた瞬間、ほとんど零距離に近い距離で躊躇うことなく引き金を引いた。

ゴッ!

 凄まじい衝撃が機体を揺らし、神紅鵺の体に震動を伝えてきた。機体はビームの威力に押されて数メートルは後退したが、13枚の翼が、それ以上の後退を許さなず、踏み止まらせた。
 発射されたビームは、目の前まで来ていたネフィリムの胴体を直撃し、爆発させる間もなく、触れた部分を消滅させる。
 そのまま貫通したビームは基地の倉庫を幾つも薙ぎ払い、とうとう地上に激突して閃光を上げた。

「これはこれは……凄まじいな」

 ほくそ笑む神紅鵺。周りを炎に囲まれているためか、たった一発でオーバーヒートを起こしているビーム砲を再び畳んで背負い、炎の中から抜け出した。
 そこで、自分に様々な銃火器を向けている殲騎やネフィリム……ゼカリアの姿が視界に入る。
 もはや『投降しろ』などとは言わないのか、敵機達は一斉に攻撃を開始した。

「これはまた………頃合いか」

 翼の能力で攻撃を若干弾いていた神紅鵺だが、数秒も保たないと判断し、素早く、全力で空中に飛び立った。その気になれば超音速巡航で突き放すことも出来たのだが、あえて上空で止まり、眼下で小さくなっている基地に向かって、槍を振り上げた。

「まぁ、形はどうあれ、礼はしなければならないな?」

 槍に魔力を通す。基地から飛び立ってくる敵機の影が見えても急ぐことはなく、地上から一斉掃射が来るのとほぼ同時に、『真ファナティックピアス』の真の力を解放して投擲した。
 光を帯びて突き進む一条の槍。それはまるで空中分解するかのように無数の鏃に別れ、地上に到達する頃には、刃の豪雨となって自らの敵を殲滅した。

「うむ。テスト結果は上々。消すには少々惜しかったか……? クク……フハハハハハハハ!!!」

 高笑を上げながら燃え盛る基地を見下ろしていた神紅鵺は、やがて、空を流星のように加速し、その姿を消した。基地には調査が入ったが、結局犯人の手掛かりは炎の中に消え、その片鱗を掴むことさえ出来なかったという……





 止まることを知らない狂気の代弁者は、今も、何処かで笑っている………