<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


 −CHRISTMAS PRESENT−



 まばゆいイルミネーション。
 色とりどりに飾られたショーウィンドウ。
 あちこちから流れる御馴染みのクリスマスソング。
 華やかなムードに包まれた街は、カップルや家族連れなどの人々で大いに賑わっている。
 しかし、楽しげに行き交う人々とは対照的に、ここぞとばかりに仕事に励む人々もいる。何しろ今日は書き入れ時。猫の手も借りたいほどの忙しさなのだ。
 羽月も友人と一緒に、サンタクロース姿でケーキ販売のバイトに臨んでいた。
 店は大忙し。入れ替わり立ち代り、様々な人たちが訪れる。
 家族へのお土産に買って帰るサラリーマン。どれにしようか真剣に悩む恋人たち。友達と連れ立って来る人や、1人でショートケーキを1個だけ買っていく人。皆それぞれ、今日という日に特別な想いを抱いているのだろう。
 そんな人々の姿を見ていると、羽月の心には否が応でもある1人の少女の姿が浮かんでくる。
 ふわふわの銀髪と澄んだ青い瞳を持つ、綿菓子のような少女。
(今頃は、一番盛り上がっている頃だろうか……)
 自宅でクリスマスパーティーをしているであろう彼女は、羽月の幼馴染み。
 毎年恒例となっているその行事に、いつもなら羽月も顔を出していたのだが、今年は行けなかった。もちろんパーティーが行なわれることは知っていたけれど、友人にどうしてもバイトの人数が足りないのだと頼み込まれ、断り切れなかったのだ。
 彼女は羽月が来ないことを気にしているだろうか? それとも、そんなことも忘れて楽しんでいるだろうか?
 ……そんなことばかり考えてしまっている自分に気付き、羽月は心の中でそっと苦笑する。そして、思う。自分はどちらであって欲しいと願っているのか。
 まったく気にされていないというのも、それはそれで複雑な気分だ。けれども、せっかくの楽しいパーティーなのだから、心から楽しんで欲しいとも思う。
 ゆらゆらと振り子のように揺れる想い。どうにも落ち着かない。
「すみませーん、これお願いします」
「あ、はい」
 客の声が羽月の心を現実へと引き戻す。とりあえず今は余計なことを考えないよう、羽月は目の前の仕事に専念することにした。


 それから約2時間後。
 トナカイの代わりにコアヴィーグルに乗って、サンタ衣装のまま先を急ぐ羽月の姿があった。
 彼が通った後には、道に降り積もるさらさらの粉雪が、まるで星屑のようにきらきらと舞い上がる。
 大切な人にプレゼントを届けるため。さながら、現代のサンタクロース。
 イルミネーションに彩られた地上の銀河の中を、彼はひたすら進んでゆく。


「今年は藤野君、来なかったなあ」
 ぽつんと呟いて、リラは窓辺に佇んだ。
 さっきまでの賑わいがまるで嘘のような、静かな夜。窓の外では音もなく粉雪が舞っている。
 リラの家で開かれたクリスマスパーティに、羽月の姿はなかった。
 とは言っても、リラのほうから招待したわけではない。羽月のほうも、パーティーのこと自体は知っていただろうけれど、特に来るとも来ないとも言っていなかった。だから羽月がいなかったとしても、別段不思議でも何でもないのだ。それなのにこんなに気になってしまうのは身勝手というものだろうか?
(何か、用事があったのかしら……)
 そのことを考えて、急にどきりとする。
 羽月はあまり人付き合いが盛んなほうではないし、口調も今時の高校生にしては硬く、どことなく近寄りがたい雰囲気を纏っている。しかしすらりとした長身や涼やかな顔立ちは、やはり女生徒にとっては魅力的だろう。クリスマスという特別な日をきっかけに、彼に歩み寄ろうとする人がいてもおかしくはない。
(……もしかしたら、お友達と一緒にいるのかもしれないわ)
 ―――不穏な考えを追い払うように、リラは慌てて別の考えを引っ張ってきた。
 あるいは羽月のことだから、1人静かにこの夜を過ごしているということも考えられる。
 ふと机の上を見ると、そこには可愛くラッピングされた小さな包みがちょこんと置いてある。羽月に渡そうと思っていたものだが、このままでは無駄になってしまうかもしれない。
 やはり、勇気を出して誘えば良かっただろうか。そうすれば、こんなにも不安で頼りない気持ちになることもなかっただろうか。
 でも、もし迷惑だったら……そう思うと、怖い。
 それに、もう過ぎてしまったことなのだ。今さら何を言っても遅い。
「せっかく上手くできたのに……」
 机の上の包みを持ち上げて、リラは小さく溜め息を零した。
 彼女はまだ知る由もない。
 自分を差し置いて、階下でこっそりと秘密の企みが進んでいることなど……


「おお、寒かったろう」
 玄関に立つ羽月を見て、リラの祖父は思わず笑みを零した。赤い帽子も衣装も粉雪にまみれ、すっかり白くなってしまっている。タオルを手渡された羽月は、丁寧に雪を払い落として家に上がった。
「パーティーには来られなくて残念だったな」
「はい、どうしても外せない用があって……」
「そうか」
 パーティーそのものには出席できなかったものの、用事が終わった後、雪の中を急いで来てくれたのだろう。そのことを察し、老人は穏やかな眼差しで羽月を見守る。そして彼の手に抱えられた包みを見て、何かを思いついたような表情を浮かべる。その顔はまるでいたずらっ子のようだ。
「ちょっと待っていなさい」
「……?」
 羽月は言われるまま、その場で待っていた。
 そして戻ってきた老人にポンと手渡されたのは、よく見かけるタイプのクラッカー。たぶん、パーティーで使ったものが残っていたのだろう。
「せっかくサンタクロースが訪ねてきてくれたんだ。どうせなら、このくらいの演出をしたほうがきっとリラも喜ぶ」
「そうでしょうか……」
 さすがに照れくさいけれど、師範がとても楽しそうなので、嫌だとも言えない。
 仕方なく、羽月はクラッカーを構えた。
「おーい、リラ。お客さんだぞ」
「はい」
 祖父に呼ばれて、リラが自室から出てくる。
 そして……

 パーンッ

「きゃっ?」
 いきなり派手な音に出迎えられ、リラはびっくりして立ち止まった。さらには、クラッカーを鳴らしたのが羽月であること、その羽月がいつもとは違う格好をしていることに、またまた驚く。
「と、藤野君がどうしてサンタクロースの格好をしてるんですか?」
「いや、私のこれはバイトで……」
 いつもは落ち着き払っている羽月だが、この時ばかりは恥ずかしくてしどろもどろになってしまった。しかしそんな当人をよそに、リラは納得したように頷く。
「ああ、バイトだったんですね……それで……」
 そう呟く彼女の顔には、何故か安堵したような微笑みが浮かんでいる。羽月にはその笑顔の意味はよく分からなかったけれど、とにかく服装について深く突っ込まれなかったのは幸いだった。
「ケーキ売りのバイトをしてきたんだ。パーティには出られなかったが、遅れてしまったお詫びに、一番美味しそうなのを選んできた」
 差し出した箱の中には、可愛らしくデコレーションされた小さめのクリスマスケーキ。粉砂糖の雪原の上に、チョコレートでできた花と雪の結晶が美しく咲き誇っている。
「うわあ……食べるのがもったいないみたい」
 嬉しそうに感嘆するリラに、羽月はほんの少し躊躇ってから、もうひとつの包みを手渡す。
「……それと、これを」
「え、2つもプレゼントがあるんですか……?」
「ケーキは師範たちと一緒に食べてもらおうと思って。……それは、リラさんへのプレゼント」
 羽月の言葉に、リラの胸は高鳴った。
 その心遣いがとても嬉しい。プレゼントももちろん嬉しいけれど、羽月がそんなふうに自分のことを気に掛けてくれているという事実が、何よりも幸せだった。
「開けてみてもいいですか?」
「ああ。気に入ってもらえるといいんだが……」
 そっとリボンを解いて封を開けてみると、中から出てきたのは手袋だった。
 ほんのりと優しい薄紫色は、リラの花の色。手の甲の端のほうには白い花がちょこんと刺繍されている。柔らかな色合いと、シンプルながらも可愛らしいデザインは、なかなか品の良さを感じさせる。そして、羽月が本当にリラのことを考えて選んでくれたのだということが、一目見ただけで伝わってくる。そんな心のこもった贈り物に、リラは思わず涙ぐんでしまいそうになっていた。
「メリークリスマス」
 優しく声を掛けられて、リラは顔を上げて微笑みを浮かべる。その笑顔に出会えただけで、羽月はすべての想いが報われた気分になった。
「私からも……メリークリスマス」
 リラもまた、クッキーの入った包みを羽月に差し出した。
 ちょうど包みを手に取っていたところを祖父に呼ばれ、思わず持ってきてしまったのだが……渡そうと思っていた相手が訪ねてきてくれたなんて、偶然にしてはできすぎている。これもまた何かの導きというものなのだろうか? そう考えると、なんだか心が弾む気がする。
「いい香りがする」
「砂糖とお塩間違えずに作れた自信作なんです」
 ふんわりと微笑みながらリラが言うと、羽月もつられたように笑った。
 雪の舞う寒い夜。
 けれども、暖かな暖かなクリスマスの夜。
 優しく穏やかな気持ちに満たされながら、2人はしばらくそのまま幸せそうに微笑み合っていた。



 Merry Christmas!








 fin.