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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
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かけがえの無い日々に
クリスマス・イルミネーションが、巨大なドームまでの通りを華やかに彩る。
それを眺めながら歩く人々の足が心なしか速いのは、夕暮れと共に冷え込む空気のせいではなく――これから行われる試合への期待からだった。
12月24日、クリスマス・イブ。
今日この場所で行われるプロレスリング・イベントは男女混合タッグで、先頃復活を果たした覆面レスラー、ギルティ・カイザーこと魔皇・神薙猛流の参戦が大きく注目を集めている。
もちろんパートナーは、プライベートでも猛流と深く結ばれた逢魔・リーシェスだ。
白銀のドームは早くも観客の鼓動、熱狂で熱く満たされている。
それが控え室にいる二人まで伝わってくるようだ。
今回のチケットはプレミアが付く程人気で、試合開始までまだ時間があるものの、早くもスタンド後方まで観客で埋め尽くされている。
「ゾクゾクする……」
観客の視線がリング上にいる自分たちに集中する様を思い、リーシェスが恍惚とした表情で呟いた。
黒革のベルトが、両腕と押さえ切れずこぼれる胸との間で軋む。
いっそ全裸よりも扇情的に、腰と胸の際どい部分だけが覆われたリーシェスの姿は、インプの魅了能力を使わずとも男たちの視線を惹き付ける。
が、それだけでは『地獄皇帝』と異名をとる猛流のパートナーは務まらない。
リーシェスの滑らかな肌の下には、鍛えられた筋肉がしなやかに束ねられている。
真紅の舌先で乾いた唇を舐め、リーシェスは椅子に座る猛流に視線を移す。
「貴方もそうでしょう?」
猛流はすでにマスクを付け、その表情まではわからない。
普段より饒舌に言葉を重ねる猛流ではないが、試合前は特に言葉が少なくなる。
しかしリーシェスは猛流が決して不機嫌なのではなく、むしろ喜びに身を浸していると知っていた。
ただひたすらに、純粋に闘う行為へと全てをかけられるリングの上。
そこは天使達との争いが止んだ後、猛流が戻りたかった場所の一つだったのだ。
「……そうだな」
落ち着いた声にリーシェスは微笑み、傷跡の多く残る上半身へ身体を寄せる。
「見せ付けてやりたいの……貴方と私が、どんな相手にも負けないって」
リーシェスが甘く囁くその奥に、うずくような闘争への歓喜を感じ取って猛流は笑った。
「お前以上のパートナーはいないさ」
「本当に?」
瞳の端を興奮で赤く染めたリーシェスが、猛流に軽く後ろ髪を引かれて喉元をさらけ出した。
猛流は顕になった細い喉から顎先までに指を這わせ、低い声で告げる。
「それをこれから証明するんだろ、リーシェス」
猛流の声に身体を震わせたリーシェスの表情が、怜悧な『死天女』のそれへと変化していく。
「そうよ」
ノックの音が響き、スタッフが猛流とリーシェスにリングへ向かうよう指示を出した。
カメラのフラッシュが眩しい通路を抜け、二人が観客の歓声の中姿を見せると、歓声よりも大きなアナウンスが場内に響き渡る。
「かつて聖者が生まれ落ちたクリスマス・イブの今宵、新東京に地獄より殺戮の皇帝が降臨する!
奏でる調べは神々への幕引きに相応しい悲鳴か、それとも砕け散る骨のスタッカートか!?
地獄皇帝、ギルティ・カイザー!!
そして死出の断崖へ微笑みと共に背を押すのは、皇帝の妻にしてファム・ファタール!
死天女・リーシェス!!」
動作は機敏だが確かなウェイトと破壊力を感じさせる猛流と、重力の鎖を断ち切ったように中空を舞い相手を翻弄するリーシェス。
リングに上がる二人の姿と、これから起こるだろうファイトに観客の興奮は更に高まっていった。
対戦相手を対角コーナーで一瞥し、二人は無言で頷き合う。
手加減なんて選択肢は、初めから二人に存在しない――。
明けて翌日、12月25日。
昨夜の試合は相手の実力もほぼ互角の好カードで、猛流とリーシェスの二人も大いに楽しめた。
そんな二人が今日立っているのはリングではなく、競馬場だった。
ややパドックから離れた場所で、スーツ姿の二人が一頭の競走馬を目で追っている。
リーシェスは昨夜のリングコスチュームと一転し、グラマラスな肢体を深い紺のスーツに包み、長い銀髪を首筋でかっちりとまとめて禁欲的な魅力を漂わせている。
「もっと側に寄って声をかけてあげないの? 猛流」
リーシェスが不思議そうに尋ねた。
二人が見守っていたのは、漆黒の毛並みで唯一額に白く星を頂く猛流の愛馬だ。
リーシェスが疑問に思うのも無理は無い。
普段の猛流は愛馬にも人間と同じように声をかけて接してきたからだ。
着慣れないスーツのせいか、どこか居心地の悪そうな猛流がそれに答えた。
「今はあいつにも、走る事だけに集中させてやりたい」
馬は繊細で臆病な生き物だ。
カメラのフラッシュや心無い観客の大声にも怯え、コンディションを崩してしまう。
もしかしたら既に、猛流とリーシェスの存在を愛馬は感じ取っているかもしれない。
しかしそれならば、静かに応援している自分たちの心も通じているのではないか。
そう、猛流は思っていた。
強い踏み込みでターフを回る愛馬に、猛流は安心して踵を返す。
「スタンドに戻ろう」
コースの直線部分が広く見渡せる場所に二人は席を取って座った。
周りの席も競馬新聞や馬券を持つ観客で埋まっている。
「緊張するわね」
「お前が緊張する事ないだろう」
数万人の観客の視線を集めても堂々としていたリーシェスが声を潜めてそう言うので、猛流は苦笑しながらも手を取ってやった。
「仕方ないじゃない、こんな大きなレースなのよ」
年内最後、そして最大のレースがもうすぐ始まる。
優勝に一番近い場所にいるのは猛流の愛馬と、これまで無敗で勝ち進んできた若き駿馬だった。
愛馬の経験が生かされてペース配分良く走れれば勝機は十分にあるが、ライバル馬がスタミナに任せてスタートから走りきってしまうとも考えられる。
難しい所だ。
「始まるわ」
リーシェスが猛流の手を握る。
一瞬場内が静まり、レースの火蓋が落とされた。
大方の予想通り、コーナーを曲がる頃には次々と他の馬が引き離され、数馬身を置いて猛流の愛馬と若きライバル馬の一騎打ちとなった。
ライバル馬は瞬発力だけでなく良い騎手にも恵まれているらしい。
巧みにペースを調整し、先頭を走る猛流の黒馬から離れずに駆け続けている。
一方猛流の愛馬も、すぐ後ろに付くライバル馬にペースを乱される事なく疾走している。
最終コーナーを過ぎ、二頭は直線コースへと駆け抜け――ゴールはほぼ同時だった。
スタンド眼下のコースを疾走しきった二頭に、観客は大きく沸いた。
「今の、どちらが勝ったの!?」
「判定待ちかな。これは……」
少し遅れてゴール間際の画像が備え付けられたスクリーンに映し出される。
今回は鼻先でわずかにライバル馬が抜きん出たようだ。
栄冠は逃したものの、二人は胸を熱くしてくれた愛馬に感謝しながら競馬場を後にした。
その夜、二人は細やかな泡が美しいシャンパンを開けて乾杯した。
グラスを軽く打ち合わせる音が、澄んだ音色を二人のいる家に響く。
「今年もお疲れ様」
「ああ、お疲れ様」
テーブルにはリーシェスが用意したオードブルが並べられている。
クリスマスのドーム・イベントに向けて年末はトレーニングに終始し、ゆったりと二人で過ごす時間は久しぶりだった。
「もうすぐ、また新しい年が始まるな……」
チーズとナッツの載せられたクラッカーを口元に運びながら、猛流はしみじみと呟く。
振り返ってみれば、神魔戦線の頃に比べて随分穏やかに過ごせるようになった。
けれど満たされるものはあの頃よりも深く、大きくなっている。
「来年も……その先もずっと、貴方の側にいさせて」
甘えるようにグラスを傾けて微笑むリーシェスに、猛流は静かに答えた。
「当り前だ。俺のそばにはお前や……こいつがいるから、また戦える」
猛流はフレームに納められた愛馬の写真とリーシェスを見る。
言葉を持たなくとも、愛馬は全力を出し切った走りを猛流に見せてくれた。
リーシェスは全ての行動に信頼を置いて、自分を慕ってくれる。
「来年も一緒に頑張ろう。な?」
自分を支えてくれる大切な存在――リーシェスと愛馬に、猛流はそう語りかけた。
(終)
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