|
|
|
|
<東京怪談ノベル(シングル)>
|
〜炎ノ海〜
北海道の海は、最近になって降り始めた雪風に見舞われ、空を覆う雲に陽射しを遮られて、まだ夕方と言える時間だというのに暗闇に覆われていた。
そんな暗闇の海を航行するのは、パトモス軍ノア級輸送船‥‥‥‥貴重な戦力を輸送しているだけあって、輸送船の周りでは数機の殲騎、そしてネフィリムが飛行している。
その護衛が放っている小さな光を窓から眺め、天剣・神紅鵺(w3d788)はトントンと襟元を叩いた。
作戦決行まで、後二十分。
そう伝える合図であるが、それが見えていたのかどうかは、実のところは神紅鵺にも分からなかった。しかし今まで神紅鵺が見ていた殲騎は、まるでその合図に答えるように高度を上げ、乱れなく飛んでいた編隊から抜けれるように準備をする。
(さて、私も準備をしなければな‥‥)
神紅鵺は仮眠室の扉を開けて廊下に出た。既に出向から五〜六時間か‥‥‥
現在地を知らされているわけではなかったが、出航した基地の港の位置と目的地、そして船が掻き分ける波の大きさから航行速度を割り出して、適当に頭の中で計算する。
(かなり本州からは離れたか‥‥だが北海道、そして近隣国にいる海賊の類を警戒して、大分進みが遅い。これなら、今を置いてチャンスはないな)
神紅鵺は歩を進めて、自分の仕事に入った。
既に最低限、計画に邪魔な分の人員は始末してある。だが擦れ違う海兵達は、みんなして神紅鵺に軽い挨拶だけをして、特に話しかけることもなく通り過ぎていく。見慣れない者が勝手に輸送艦の中を歩いていることを誰も咎めようとしなかった。
予め、この船の数人を買収しておいた御陰だった。この船の襲撃から逃がす代わりに、船の情報と船員への仲介を済ませておいたのだ。
もっとも、襲撃前にその船員から情報を漏らされると危険なため、早めに始末を付けておいたが‥‥‥まぁ、連絡を密に取るような任務に就いている者達ではないため、問題ないだろう。
数人の海兵をパスして、輸送船の艦橋まで後少し‥‥艦橋前に立っている警備兵をサッサと倒してしまいたいが、その騒ぎで失敗してはかなわない。
そもそも時間前に入り込むわけにも行かず、神紅鵺は前もって調べておいた部屋へと入っていった。本来は鍵が掛かっているのだが‥‥‥まぁ、部屋の主は、今頃魚と戯れている真っ最中だろうから問題ない。元の利用者の代わりに、今は自分がくつろがせて貰おう。
(計画まで後数分‥‥やり忘れた仕事はないな)
しばらくの間、確認作業で時間を潰す。神紅鵺が立てた計画とは、この数分後に北海道政府側の軍がこの輸送艦を襲って一時的に護衛を引き剥がし、そしてその間に神紅鵺が輸送船を奪うというものだ。
勿論、北海道側からの陽動だけでは不十分だ。護衛が居なくなるとは言え、それは艦外でのこと。この輸送艦の中には、自分と同じように艦内で休んでいる傭兵や警備兵達が、十数人は居る。
例え艦が襲われたとしても、まさか艦橋が乗っ取られたりすれば、すぐに誰かが駆けつけてくるだろう。そうなれば、余計な戦闘をすることになる。
それを回避するために、船の中には様々な仕掛けを張っておいた。輸送船の耐久力を考慮して、あちこちの道を塞ぐようになるよう爆薬を仕掛けたりしている。更に休んでいた傭兵を、何人か仕留めても置いた。
順調ならば、邪魔は誰も来ない。イレギュラーな事態が発生すればまた違ってくるが、ここまでは計画通りである。
腕時計を確認し、外で飛んでいる仲間に合図を出し、「GO」と指し示す。
「さてと‥‥では、行くか」
神紅鵺は部屋から出て、艦橋に向かった。と言っても、部屋から出ればほとんど目前である。
艦橋前の廊下に立っている警備兵に歩み寄ると、神紅鵺は声を掛けた。
「お疲れ。艦長に報告があるんだが‥‥」
神紅鵺の言葉は、そこで途切れた。神紅鵺の言葉に反応していた警備兵は怪訝な顔をしていたが、その顔は一瞬で恐怖に染まった。無造作に近付いた神紅鵺の背後から突如として13対の触手が現れ、声を上げようとする警備兵の喉に殺到する。
「!……!!……!?!?!」
「五月蝿いぞ」
声にならない声‥‥‥それすらも鬱陶しかったのか、不死性でいまいち死に切れていない警備兵(魔皇だった)に向かって、神紅鵺は大型の槍を叩き込み、更に振るうことで口から上を吹き飛ばしてやった。
ここまでで約五秒弱。まだ艦橋の者達には気が付かれていない。
倒れ込む警備兵などに目も向けず、神紅鵺は周りを見渡して耳を澄ませ、誰も来ないことを確認した。それから腕時計を見て、秒読みを始める。
10‥‥9‥‥8‥‥‥
懐から銃を抜く。いつでも飛び込めるように体勢を整える。
これから艦橋で行うことをイメージでシミュレートする。警備兵を倒したときと違い、こちらには五秒などとゆっくりしたことはしていられない。
味方に連絡されず、かつ艦橋に居るであろう傭兵達との交戦を避けるためには、最短・最速での奇襲が必要である。
5‥‥4‥‥3‥‥‥
まだ艦には異変がない。神紅鵺は逸る気持ちと焦る気持ちを抑えつけ、ジッと作戦開始を待つ。
2‥‥1‥‥‥
ガァァン!!
神紅鵺が0とカウントするよりも一瞬早く、艦の外で大きな爆発音がした。その衝撃で艦が揺れ、同時にけたたましく警報が鳴り響く。
ユラユラと揺れる輸送艦‥‥神紅鵺は艦橋の中が騒然となるのを感じ、それと同時に扉を開けた。扉を開いた音は、外から響いてきた爆音の余韻で掻き消され、誰にも聞こえていない。
自分が入ってきたことに誰も気付いていないことを一目で判断し、神紅鵺は手にしていたマウザーM712を素早く通信士に標準し、引き金を引いた。
パシュ
たった一発。だが弾丸は狙いから外れることなく、通信機を慌てて操作している通信士の後頭部に突き立った。
神紅鵺はその生死の確認もせず、次に艦橋に待機していた傭兵へと銃を向けた。まだ事態を飲み込めていないらしい傭兵は、揺れる艦の中で、武器を構えることすら出来ていない。
「三流」
ポツリと、そう零しながら発砲する。パシュパシュと頭部に一発、心臓に一発撃ち込んでやる。傭兵は通信士と違って魔皇だったのだが、対神魔弾を持っている者にとっては大したことではない。何せ、相手は無抵抗で突っ立っているのだ。問題になるはずがない。
これで二人目。ここまで来てやっと事態が飲み込めてきたらしく、艦橋にいた者の何人かが、腰のホルスターや懐に仕舞っていた拳銃を取り出す仕草をしていた。
だが遅い。これから拳銃を抜こうとしている者と、既に拳銃を抜き、次々に標準をしている者とではいくら何でも差がありすぎた。加えて、艦橋にいた者達は皆椅子に座っていたため、こちらの標準から抜け出るタイミングが明らかに遅い。
(3‥4‥5‥‥)
カウントを重ねる。艦橋から見える外の景色は、遠くで行われている北海道軍と護衛達の戦闘を、赤く映し出している。だがその赤よりも、今では艦橋内の方が鮮やかな朱で彩られようとしていた。
………………………
………………
…………
……
それから数分もせずに戦闘は終わった。神紅鵺は一人もいなくなった艦橋で、ゆっくりと北海道軍が起こしている戦闘を眺め、しばらく経ってから通信機を操作した。連絡先は北海道軍と、雇った傭兵達である。
北海道軍は向かってきた護衛達を、陽動するどころか完全に殲滅し、神紅鵺が買収した傭兵達と共に輸送艦へと向かってきた。このまま直接基地へと向かわせる気のようだ。
艦に残っていた兵士達は、神紅鵺が起こした爆破を消火するために奔走していた。だが、そこに北海道軍が乗り込んで来ると言うダメ押しを喰らい、一人残らず降参し、そして北海道軍に連行されたらしい。
‥‥‥“らしい”というのは、そこまでは神紅鵺は見ていないからだ。神紅鵺は北海道軍が艦に到着するよりも早く格納庫へと入り、積んでおいた自分の戦機へと乗り込んだ(改造を施してあるため、殲騎の出し入れが出来ないのだ)。そしてそこにあったゼカリアの予備部品や、武器・弾薬類が入っているコンテナを必要最低限だけ確保し、艦の外に出る。
何せ、相手は軍である。傭兵との契約など、何処まで守られるか、分かったものではない。ちゃんと自分の分は、確保しておかなければ‥‥‥
殲騎の備え付けである通信機で北海道軍と交信し、残った物品を北海道軍に譲渡した。まぁ、輸送艦ごとであるが、艦橋での戦闘時に航行システムを壊さないようにしてあるため、航行するのに支障はないだろう。
通信機を開いたまま殲騎を翻し、背中から生やしている多数の羽を広げ、魔力を送り込んだ。
「では、私はここで失礼させて貰うぞ。これでも忙しい身なんでな‥‥‥この物品は、貰っておくぞ」
『待て、持っていく物の確認作業をしてから……』
北海道軍の通信士が声を上げるが、そこまでは知ったことではない。
神紅鵺は周りの空間を軋ませている13枚の羽を羽ばたかせ、誰にも追いつけない領域へと飛び込んだ…………
空に流れる一条の星。それに沿うようにして海上から駆け上がった異端機構は、すぐにその姿を星の中に紛れ込ませ、見えなくなる。
駆け上がる星が居た場所は炎ノ海。戦場跡に残ったのは、ただ、彼に着いた者だけだった‥‥‥
★★参加PL★★
天剣・神紅鵺 (w3d788maoh)
★★WT通信★★
こんにちは、メビオス零です。またのご発注、誠にありがとうございます。
え〜〜…………短いッス。たったの三千文字弱しかありませんな‥‥もうちょっとひねれなかったのか、私は‥‥
一回のみならず二回目まで依頼して頂いて誠にありがとうございます。こうして同じ方から依頼が来るのは、結構嬉しいんで‥‥
また、ご指摘・感想などがありましたら、遠慮無く言ってきて下さい。ご意見を言って貰えれば、筆者のレベルアップに繋がります。(多分‥‥‥)
では改めまして、今回のご依頼、誠にありがとうございました。
|
|
|
|
|
|
|
|