<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『二人の夢』

 何度も来たことのある場所なのに、その日は違う場所に見えた。
 客は二人だけ。
 輝くネオンの全ては、二人だけの為に。
「いらっしゃい」
 迎え入れてくれた従業員さんの笑顔も、全て今は二人だけの為にあった。
「ルーチェちゃん、最初は……うーん、メリーゴーランド乗ろうか!」
「うん、夜猫君」
 夜猫は、ルーチェの細くて白い手を引く。
 二人は、ぱたぱたと走り出す。
 誰も並んではいないのに、逸る心を抑えきれなかった。

『可能な限り、貴方の夢の実現をします』
 そう謳われた雑誌の懸賞に応募をしたのはいつだったか。
 二人で考た夢は“遊園地の貸切”だった。
 見事当選を果たし、今日、夢が叶う。
 閉園後の少しの間、この巨大テーマパーク『ホープランド』はニ人だけの貸切となったのだ。
 二人の他に客はいない。
 今晩、この光り輝く空間は二人だけの為に、存在していた。

「はいっ」
 夜猫は先に二人乗りの馬に乗ると、ルーチェに手を差し出した。
「ありがとです☆」
 ルーチェは夜猫の手を掴んで夜猫の前に座り、二人は微笑み合った。
「以前も、こうやってルーチェちゃんと乗ったよね」
「うん。最初は別々だったんだよね。だけど、そのうち一緒に乗るようになって……」
 デートで何度も来た遊園地だ。
 いつの間にか、当然のように、一緒の馬や馬車に乗るようになった。二人、触れ合える距離で。
 二人は思い出話に花を咲かせる。
 メリーゴーランドの後には、コーヒーカップ。
 夜猫はカップをぐるぐる回し、ルーチェは、きゃあきゃあ夜猫にしがみついた。
 その後にはお化け屋敷。
 ルーチェはずっと夜猫の腕に掴まっていた。
 夜猫は、ルーチェを抱き寄せながら、逆にお化けを脅かして楽しんだ。
「はい、可愛いお嬢さんには、チョコレート味。素敵なお兄さんには、フルーツ味だよ」
 店じまいを始めていたクレープ屋さんが、二人の為に、特製スペシャルクレープを作ってくれた。
 他にも、たこ焼きに鯛焼きにフランクフルトにと、お店の前を通るたびに、二人の荷物は増えていった。
「夜猫くん、あれ! あの中で食べよ」
 ルーチェが指差したのは、観覧車だ。
「うん」
 荷物を落とさないように、今度は逸る心を抑えながら、ゆっくりと二人は観覧車へ向った。
 担当のおじさんが微笑ましげな笑顔で迎えてくれる。
 足元に注意しながら、夜猫とルーチェはゴンドラに乗り込んだ。
「ふああ、ふほいね!」
 口に食べ物をほおばりながら、夜猫が遊園地の夜景に感激の声を上げる。
「綺麗だね」
 ルーチェもうっとりと外を眺める。
 煌びやかな光が、次第に遠くなっていく。
 まるで、夜空の中に投げ出されたような感覚だった。
 色とりどりのネオンが、二人の心を弾ませてくれる。
 かぷっ。
 突如、夜猫がルーチェのクレープにかぶりついた。
「あっ」
「えへへ、美味しそうだったから。ルーチェちゃんも、僕の食べて♪」
「うん」
 差し出されたクレープの端をちょこっと食べるルーチェ。
 生クリームの甘い味が、口の中に広がっていく。
 何故か、自分のクレープを食べた時より甘く感じる。
「美味しいね」
「うん」
 観覧車が頂上に着くまでに、二人は食べ合いっこをしながら、持っていた食べ物を全て平らげた。
 二人が再び外を見て、夜景に見惚れていると……。
 ガタン。
 突然、観覧車が停止した。
 同時に、二人の目に映っていた夜景も消えていた。
「て、停電? ど、どうしよう……っ」
 ルーチェが、夜猫の服の裾をきゅっと掴む。
「大丈夫だよ」
 夜猫は、ルーチェの腕をとって、手に手を絡めた。
 風で、ドアがカタカタと音を立てる。
「で、でも……こんな高いところじゃ下りれないです……」
 不安げに揺れる赤い瞳に向かって、夜猫は、もう一度大丈夫だよ、と囁いた。
 優しさが篭ったこげ茶色の瞳に、ルーチェの心が癒されていく。
「ほら」
 夜猫は外を見る。
 今度は上を。
「お空は輝いてる。綺麗だよ」
「あ、うん……そうだね」
 ルーチェの瞳に、満天の星空が映る。
 美しかった。
 地上で見るよりずっと。
「お星様とっても綺麗v」
 夜景は消えてしまったけれど、空に浮かんだ星は、遊園地の夜景以上に綺麗だった。
 冷たい風が、一筋……隙間から入り込み、ルーチェの首筋を撫でた。
 星を眺めながらルーチェは、身を寄せて夜猫に寄りかかった。
「寒いね、夜猫君」
 手をぎゅうっと握り締めながら、頬を肩に当てた。
「でも、夜猫君とくっついてる半分だけ暖かい」
「ルーチェちゃん」
 夜猫は、手を握り返した後、身を起こした。
「それじゃ、全部暖かくしよっか」
 上着を脱いで、ルーチェに前から被せる。
 そして、彼女の隣に座ると、肩を抱き寄せて背後からそおっと抱きしめた。
 頬をルーチェの頬に当てる。
「夜景より、お星様より、綺麗なもの捕まえたっ」
「夜猫君」
 頬を赤らめて、嬉しそうに微笑みながら、ルーチェは自分の前で組まれた夜猫の手を両手で握った。
「ルーチェちゃん、暖かい?」
「うん、暖かい」
 ルーチェはそっと、眼を閉じた。
 身も心も、夜猫の暖かさでいっぱいだった。
「とってもとっても、あったかいよ」
 夜猫は首を傾けて、ルーチェの金糸の髪に頬を当てた。
「僕もあったかい」
 ルーチェの首筋で、夜猫の頬が甘えるように揺れる。
「夜猫君、くすぐったいっ」
「だって、こうしていると、もっと暖かいんだ」
 くすぐったくて、夜猫の腕の中、ルーチェは声を上げて笑っていた。
 しばらくして。
 明りが戻り、ゆっくりと観覧車が動き出す。
 地上へはあっという間に着いた。
 トン、と二人は観覧車から降りる。
 上気して、二人とも少しだけ顔が赤い。
 嬉しそうに微笑み合って、手を繋いで歩き出す。
 手袋は一双。
 右手は夜猫の手に。
 左手はルーチェの手に。
 つながれた手は、夜猫のズボンのポケットに入れて温めた。
「楽しかったね」
「うん、凄く楽しかった」
 主催者にお礼をいって、二人は夢の国から歩き出す。
 色とりどりの光が遠ざかり。
 流れていた音楽も消えた。
 夢の終わりが告げられる。
 夜の街は静かだった。
「ルーチェちゃん、ご飯何食べたい? 家に帰ったら一緒に作って食べよう」
「うん、何がいいかな? 温かいものがいいね」
「そうだね、温かいものにしよう」
 夢はいっぱいあるけれど。
 二人でいることが、一番の幸せなんだね。
「楽しみだね」
 二人、同時に言って微笑みあった。
 柔らかなお互いの笑顔に、互いの心が温まってゆく。
 二人でいれば、きっと、明日もまた最高の夢が叶う――。

end


●ライターより
初めまして、川岸満里亜です。
二人共、とっても可愛らしくて素敵で、書いていた私も暖かい気持ちになりました。
ノミネートありがとうございました!