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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
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〜凶者達の夜〜
‥‥‥雲の切れ目から、妖しく光る満月が顔を覗かせている。
見事なまでの満月だ。だが、その不自然なまでに眩しい光に照らし出されている都市には、人のいる気配が存在していない。
そこは廃墟。神魔戦線から数年経った今でも、未だに復興に手が着けられていない、瓦礫の山である。
かつては大きなビル群が建ち並び、大勢の人々で賑わっていたであろう。そんな面影は未だに残っており、元の姿を知っている者としては、少々感慨深い物がある。
そしてそんな感慨など欠片も抱かない者が、現在廃墟の奥にいた。
「やれやれ。これで終いかね」
一人呟き、ノートパソコンのからコードを引き抜く。
黒いスーツに紺のシャツ。ネクタイも黒と紺の中間色だ。しかも月明かりに照らされているとは言え、何とサングラスまで掛けている。
植松・宗撰(w3a161)。裏の者にならば広く知られているプロであり、そして「楽しいから」と言う理由でどんな犯罪行為でもやってのける、決して気を許してはならないテロリストである。
‥‥‥もっとも、現在彼が行っていることは、彼からしてみれば「どうでも良い」事に大別されるのだが‥‥‥
「良し。中身も確認。このデータは‥‥‥壊しておくか」
宗撰は眼下にあるパソコンを見下ろし、踏み砕いた。奇跡的に生きていた非常電源からの電気供給もなくなった今では、これを調べようとする者も居ないだろう。
特にハードディスクの部分を執拗に砕いてから、宗撰は小さく息を吐いた。
(やれやれ。退屈な仕事だな‥‥)
心の中で一人ごち、ほんの数日前のことを思い出す。
良いことなのかは知らないが、だんだんと名前が売れてきた宗撰に、裏ルートから依頼が入ってきた。内容は旧神帝軍極秘実験施設からの機密資料の回収である。
そんなことぐらいは誰でも出来ることだとも思えたが‥‥だからこそ、宗撰は雇用主達の裏事情を考慮し、依頼を受けた。具体的なことは解らないが、それでもこの場所に『行くことが出来ない』理由があったのだろうと予想出来たのだ。
そこにあるのが一体何なのか‥‥‥期待しながら向かった宗撰であったが、結果的にはつまらないものであった。
(別に手強いサーバントが野良ってたり、マフィアが巣くってたり俺を潰そうと刺客がいたりもしないのか‥‥‥いや)
宗撰は、機密資料の入った毒蛙(中に鉄板の入っている特製の鞄。敵を殴ったりも出来る)にデータを移し替えたノートパソコンを仕舞い込み、そして振り返ることなく、部屋の隅へと押しやった。そして静かに、自然に懐から殺人蜂(投擲用アイスピック)を取り出し、袖の中に放り込む。
その宗撰の背後で揺れる‥‥影。
「良い夜だな。おっと、この場所からじゃ夜空は見えないか‥‥だが、来る途中で見たんだろ?」
その影に向かってか、振り返りもせずに宗撰は話しかける。そこに誰もいなければ随分と怪しい一コマだが、“同種”の殺気を読み間違える程、彼は未熟者ではなかった。
影が宗撰に何かを突きつける。あからさまに金属的な感触‥‥しかし宗撰は、顔色一つ変えることなく言葉を続ける。
「こんな夜に、いちいち殺し合うってのはどうかと思わないか?あんたがどういう理由でここに居るのかは知らないが、余計な労力なんて、無いに越したことはないんだからな。どうだ?俺の予想なら、あんたの目的の物はコピーとか出来るんだが」
チャキッ
背後で小さな金属音。小石を蹴飛ばす程の物音であったのだが、静まり返っている闇の中で、その音は確かに宗撰の耳に届いた。
それが回答‥‥‥本来ならば舌打ちの一つでもする所なのだが、宗撰の口元には、明らかに笑みが浮かんでいた。
「ま、そう来るわな‥‥でもな、そう言うのも‥」
相手を見てからの方が良いぜ?
宗撰が動く。背中に感じている金属の感触を、体を回転させながら後ろに踏み込むことでずらし、勢いよく右腕ではね除ける。その時に自身に突きつけられていた得物を見てゾッとし、そして自分の優位を確信した。
それはパイルバンカー‥‥大型で威力があり、一撃必殺の絶対的な破壊力がある武器である。しかし、他の武器に比べて重量が破格にあるため、再び宗撰に向けるのにコンマ数秒の時間が掛かるだろう。
宗撰が軽く手を振るった。袖から飛び出した毒蜂は影の眼光目掛けて放たれ、真っ直ぐにその頭部を串刺さんと真っ直ぐにその芯を向けている。
フォンッ‥‥‥
耳に届く風切り音。それは空を切る毒蜂の音でも、宗撰が腕を振るった音でもない。
それは影が立てた音。宗撰が動くと同時に行動を予測していたのか、上体を仰け反らせ、見事に宗撰の攻撃を避けきった。
数本、前髪が断ち切られて宙を舞う。
(へぇ、こりゃ)
ガカッ
足を滑らせ、体勢を整える暇など与えずに追撃する。二回、三回。さすがに懐に仕込んである毒蜂を使える距離ではないが、宗撰の繰り出す左右の拳は上体を反らせている影の急所に向け、幾つもの残像を残して鋭く奔る。
躱し様のないタイミング。まして、この暗闇と上体を反らしているという最悪な体勢だ。この影に、宗撰の攻撃は見えることなど無く、見ていたとしても躱す事など出来ない速度のと距離‥‥‥
宗撰でさえ、そう思っていた。
しかし確実に捉えていたと思っていた影は、拳が届くよりも速く宙に舞っていた。ただし宗撰の頭上に跳ぶような大きな行動でも、サマーソルトキックを放つように一回転しているわけでもない。
それはまるで、サーカスの一場面のようだった。恐らく影自身の体重と同等かそれ以上の重量があるであろう、右腕に持っていたパイルバンカーを軸にし、自身の体重を絶妙に移動させて跳んでいる。宗撰の放った拳はその動きの速さについていけず、既にいない標的へと殺到してしまった。
ガシッ
跳び、宙を舞っている最中の影が、空振りした宗撰の両手を掴む。そして影の両足は折り畳まれ‥‥‥
「ハッ!」
ガッ!
宗撰の無防備な胸元に両足が入る。全力で放たれた蹴りの威力で、宗撰は壁に叩き付けられた。肺から瞬時に口内まで上がってくる息を、宗撰は魔皇殻を召還しながら整えた。
(強いな)
口元にあった笑みは、未だにそのままだ。しかし宗撰の精神には、微塵の油断も躊躇もない。目の前の影を、お互いに殺し合うことが出来る“強敵”と認めたのである‥‥‥
(ま、強敵と言えば強敵なんだが‥‥まさかこいつと闘うことになるとはね)
敵は蹴りの勢いで離れた所に跳んでいた。手にしているパイルバンカーの釘を引き戻し、次弾を装填している。
元々、今の一撃は全力だが殺すためのものではない。ただこうして、次の激突に備えるための時間稼ぎだ。
そして、二人が離れてからおおよそ二秒‥‥‥
準備時間としては十分だった。
「まぁ良いかな。偶にはこういうのも!」
宗撰の体が弾ける。それと同時に、宗撰が背にしていた壁が粉砕され、それを成し遂げたパイルバンカーが獲物を求めて翻った。
頭上へと飛び上がった宗撰は、壁を蹴って間合いを離す。懐から毒蜂を数本同時に抜き、指の合間に挟んだそれを全て投擲した。
先程の雑魚相手を想定した投擲とは違う。それは殺すためのものであり、狭い室内であることを考えると、明らかに全身を貫く事を狙っている。
ブォッ!ガガガガガガッ‥‥‥‥
全投擲で十五本。同時に放たれたその全ての蜂が落とされた。常人が聞いたら卒倒しそうな程に重いはずのパイルバンカーを軽々と振るい、目の前まで一瞬で到達した蜂を一匹残らず弾き、叩き折る。
反転。宗撰は追撃しようと駆け出す影から間合いを離し、無駄だと悟りながらも毒蜂を再び抜いた。
牽制に数発ずつ放ちながら、対策を立てる。
(一発喰らったら終わりか‥‥あんな超重武器を持っててあそこまで身軽に動けるとは、さすがだぜ)
笑いは決して止めず、毒蜂の牽制を潜り抜けてきた敵の攻撃を紙一重で躱し、真デストレイルクロースを持ってそれを追い払う。
間合いは縮まり、広がり、両者の立ち位置は次から次へと秒単位で変化する。しかし双方に深刻なダメージは一切無く、それぞれ全力で敵を排除しようと疾駆する。
夜の闇の中、月明かりの届かない廃墟の中で死闘は続く‥‥‥
ゴッ!
真ランスブレイカーで宗撰を殴りつけたキリカ・アサナギ(w3b902)は、壁を壊して隣のビル(廃墟)に転がり込む宗撰を追撃しようと駆け出した。しかし宗撰は、ランスブレイカーで殴られてもまだしっかりと意識を残しており、体を転がすと同時にその反動を使って勢いよく起き上がって、瓦礫の山へと姿を消す。
(簡単には殺られてくれないと思ったけど‥‥)
ここまで保つとは‥‥‥さすがに、日頃相手にしているようなアマチュア連中とは訳が違う。
キリカはランスブレイカーを右手に持ち替え、左手にスレッジハンマー(歩兵用のグレネードランチャー。流弾・煙幕弾・ネット弾など様々な弾種に対応。連射も出来る)を用意する。
瓦礫の山に向かってまず一発。それからすぐにその場を跳び、決して止まらないように回り込んで牽制する。
屋外は兎も角、屋内は本当になにも見えない闇の中だった。そんな中、微かな物音と時折動く影、そして自身に向けられる殺気を頼りに互いに攻撃を放つ。舞い散る瓦礫に隠れて姿を、音を紛れさせて必死に自分を隠し、一秒でも速く敵を捕捉して攻防を繰り広げる。
そんなことを繰り返すうちに、辛うじて原形を残していた数少ない廃墟でさえ、ただのコンクリートと鉄屑の山となっていった。戦場は最初の場所から段々と離れていっていたが、代わりに周りの都市部が崩壊していく‥‥‥
(情報が壊れたら、元も子もないからね‥‥)
宗撰が情報の入った鞄を置いたビルには、二人とも近付いていない。うっかり近付いてそこで戦闘が行われたら、あの鞄を破壊してしまう可能性があるからだ。
もっとも、その方が二人にしてみれば、殺し合いの理由がなくなって良かったのかも知れないが‥‥
ザッ
足を止める。すぐ近くのビルが、派手な轟音を立てて倒壊する。
舞い上がる埃、砂、石に硝子の破片‥‥‥‥風に乗って、血と硝煙の香りが混じり、漂っていく‥‥‥
キリカはそんな中、顔色一つ変えずに、静かに手元の端末へと視線を移した。端末には周辺に設置されている監視装置からジャックした映像が幾つも映し出され、そこで即席の“ビル倒壊トラップ”から逃れた宗撰を確認する。
唇を噛む。ここで気絶でもしてくれたら苦しませることもなかったろうに‥‥
端末を仕舞い込み、魔皇殻・真フォビドゥンテールを召還する。
もう、あまり時間もない。微かにでもあった躊躇などは一切捨て、彼を殺さなければ‥‥
―――自分は、掛け替えのない者を失うことになる―――
(それだけは‥‥いやなんだ!!)
キリカがDFを発動させる。瓦礫の山の合間を縫うようにして伸ばされていたフォビドゥンテールの先から【真幻魔影】の白霧が放たれ、辺りの闇に紛れていく。ただでさえ視界の悪い闇の中だ。加えて先程までの戦闘の所為で、あちこちに二人の魔力が残留している。白かろうが何だろうが、この霧を感じ取ることは至難であろう。
霧がキリカの幻影に変化する。キリカはその幻影に、真スライミーゴーントを入り込ませ、瓦礫の山から移動させた。幻影とはいえ、キリカ自身の動きを簡易的に模しているのだ。先程までの戦闘を考えれば、見つけた瞬間に喰らい付いてくるだろう。
(早く、早く‥‥‥‥)
気が逸る。今にも走り出し、何処かに隠れている宗撰を したい。
だがダメだ。ここで出ては、先程の膠着状態とも言える状態に戻ってしまう。それでは、朝までこのようなことを繰り返さなければならなくなる可能性もある‥‥
なかなか宗撰は出てこない。幻影に気が付いているのか?恐らくはNO。先に情報を取り戻しに行ったのか?それはもっとNOだ。殺し合いですら楽しむあの宗撰が、まさかキリカとの殺し合いを放棄するはずがない。
カッ‥‥
音がした。そして同時に、視認していた幻影のキリカに変化が訪れた。
(来たッ!)
キリカ(幻影)の背後から現れる宗撰。距離は一メートル。明らかにキリカを捕縛するか、必殺するかという絶対的な距離である。
だが、その距離はキリカにとって致命的なものではない。むしろ、それは宗撰にとって致命的すぎる間合いだった。
ゴッ!
キリカの幻影が弾ける。それは宗撰がキリカに行った攻撃の所為なのか、それともキリカのフォビドゥンテールが宗撰に襲いかかったためなのか‥‥‥当人達にとっては考えるような間はなかった。宗撰は自分が殺ったと思ったキリカが偽物だったのだと知り、間合いを離そうと後ろに跳ぼうとしている。そしてキリカ自身は、その宗撰をフォビドゥンテールの触手の中に叩き込むため、体のバネを利用し、一足で十数bも離れていた距離を零にする。
「!? ッち!」
幻影の中から現れた触手に意識を向けていたからだろう。背後から飛び掛かってきたキリカに気が付き、体を反転させるが、遅い。本当に瞬き程の一瞬で目前にまで迫るキリカに向け、宗撰は苦し紛れに真バッドトリップシガーから闇のエネルギーを乱射する。
「こんなもので!」
止まりはしない。
キリカは自分に向かってくるエネルギーをランスブレイカーで左右に弾き飛ばし、間近にまで迫った宗撰に向かって、二回目の蹴りを放つ。
ドゴッ!
伸ばされた足は二人のものだった。キリカの蹴りは宗撰の胸元に、宗撰が放った蹴りは、キリカの肩に命中する。
キリカが弾き飛ばされる。しかしキリカに反撃をした宗撰には、自分の背後から絡みつくフォビドゥンテールの拘束から逃れるだけの間合いも時間も、残されてはいなかった。
(捕った!)
弾き飛ばされ、瓦礫の山へと着地したキリカが走る。魔皇殻の拘束とはいえ、相手は宗撰だ。放っておけば、それこそ数十秒で解除されてしまいかねない。
数秒掛けずに走り寄る。藻掻き、何とか触手を解除しようとする宗撰を触手越しに数回殴打し、ひっつかんで壁に叩き付ける。こうなれば、もはやただのサンドバッグだ。何一つとして抵抗出来ない宗撰を、キリカは微塵の手加減もなく、攻撃し続ける。
「あああああああああああ!!!!」
熱に浮かされているように顔は紅潮している。気が昂揚し、自分自身でも押さえられない。
数十回の殴打を繰り返したあと、キリカはもはや動かなくなっている宗撰を掴み、壁を壊しながら屋上へと疾走する。勿論、壁に宗撰を叩き付けるのも忘れていない。
こうなれば、もはや魔皇だろうが何だろうが関係あるまい。フォビドゥンテールの触手に隠れて見えないが、既に宗撰はピクリとも動いていない。
ゴッ!
最後の壁を突き破り、キリカは屋上へと飛び出した。いつの間にか月は雲に隠れてしまい、辺りは完全な闇に染まっている。
‥‥‥‥そんな闇の中、キリカは宗撰を床に叩き付けた。もはや意識も残っていないのか、宗撰は不自然なまでに動かない。
その無抵抗な体を前に、キリカはランスブレイカーを構えていた。持ち手から魔力を注ぎ込み、臨界まで一気に引き上げる。
それでもまだ足りない。臨界を越えているにも関わらず、さらに魔力を注ぎ込む。ランスブレイカーから漏れ出た魔力は帯電し、外に出ようと迸る。
魔力は既にDEX三回分に到達している。これ程までの魔力‥‥‥本来ならば、思いついても出来ない程の限界行使。
焼ける右腕。ランスブレイカーを持っているだけで、キリカの体力は削られていく。
その激痛に耐え、キリカは、手に持っている鉄槌を、眼下の宗撰に向けて叩き込んだ。
――ッ!―――
崩壊する。たった一歩先にあった床は、無くなっていた。
それどころではない。キリカが上ったこのビルは、優に十数階はある大きな物である。だと言うのに、ビルは‥‥半分が綺麗なまでに消滅していた。
いや、消滅とは僅かに違う。そのビルは、まるで隕石の直撃を受けたかのように押し潰され、半身を抉り取られたのだ。それが地面にまで続き、その到達点から亀裂が走り、コンクリートで舗装されている地面が盛り上がっている。
音はあった。しかし、それが耳に届いたのは、ゆうに数分という時間が経過してからである。それは、破れた鼓膜が再生されるまでの時間であり、その間、キリカは息を荒げ、焼け焦げた右腕の痛みを堪えていた。
「うっく‥‥‥‥うう‥‥」
ジリジリとやってくる痛み‥‥‥その痛みの元である右腕を、キリカはグッと抱きしめた。この痛みは当然の事。これだけの威力、これだけの過負荷という表現すら超越した攻撃だ。何の代償もない方がおかしい。
「はぁ‥‥はぁ‥‥‥‥」
荒くなった息は、そう簡単には整ってくれない。たとえどんな理由があれど、彼女と宗撰は義兄弟同然に気心の知れた仲だったのだ。たとえ自分の仲で必死に正当化しようとしても、体は震え、噴き出す汗が、決してそれを許そうとしない‥‥‥
「‥‥‥‥動か‥‥なきゃ」
震える膝を叱咤する。これで彼女の第一の目的は達成した。次は、宗撰が置いていたあの鞄のところにまで戻り、それを持って雇用主のところにまで戻らなければ‥‥‥
最後に、キリカは宗撰が最期にいた場所に目を向けた。屋上から見下ろしてみても、もはや血の跡すら残ってはいない‥‥‥
「ごめんね、アニキ‥‥‥相棒が人質になってるんだ‥」
今にも泣きそうな声。この場に来る時には、既に済ませたはずの覚悟が揺らいでいる。
役目を果たしたランスブレイカーを取り落とす。その瞬間‥‥
「じゃあ、仕方ないな。だが、こんな搦め手が得意な奴が、俺以外にもいたなんてね?」
「えっ!?」
驚いている暇などない。あっという間に胴体に回された腕は、キリカの体をまさぐりながらその体を拘束する。
キリカは混乱していた。体をまさぐられている事よりも、今、それを実行している人物の登場で、だ。
「アニキ!?」
「うん。実に良い抱き心地だ。‥‥本当に良い女だよキリカちゃんは。いつまでもこうしていたんだが‥‥」
キリカの言葉など聞いていない。突然現れ、キリカに抱きついてきた宗撰の体が、言葉を発している内にも帯電を開始し、DFを行使するための姿勢に入っている。
キリカがそのことに気が付いた時には、既に逃れられない時になっていた。
パリパリ‥‥バギャアーー!!
帯電、そして【真衝雷撃】の放電が開始される。
眩い閃光。ようやく顔を出した月明かりをも上回る光はビルの屋上を焦がし、瞬時にキリカの意識を刈り取った。
倒れ込むキリカ‥‥‥その体を抱き留めた宗撰は、ジッとその横顔を見つめ‥‥‥
屋上から蹴り落とした。
「悪いなキリカちゃん。俺も、これ以上は勘弁して欲しいし」
痛む胸部を撫で下ろす。キリカの蹴りを受けた時、その衝撃で胸骨が完全に折れていた。幾らか回復はしているが、戦闘状態ではそう簡単に回復はしてくれない。
(【真幻魔影】で俺の幻を出してなけりゃ‥‥死んでたな)
バッドトリップシガーでキリカの気を反らした宗撰は、闇のエネルギーに紛れて【真幻魔影】の偽物を作り出し、それと自分を重ね合わせていたのだ。そしてキリカを蹴りつけ、幻とは違う方向へと飛び出していたのだ。
キリカの蹴りを躱し切れずに胸部に攻撃を受けてしまったが、まぁ、深刻なダメージにはなっていない。まだ動けるし、良しとしよう。
「悪いな。生憎、こんな茶番に付き合ってやる程酔狂じゃないんでね。先に行かせて貰うわ」
唇に笑みを浮かべ、屋上から落ちていったキリカに向けて言う。
そして、キリカが宗撰の幻影に攻撃している内に回収してきた毒蛙を持ち上げ、月明かりを浴びながら、ビルの屋上から跳躍した‥‥‥
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