<PCあけましておめでとうノベル・2006>


新年の良き日に

 先の、見えない世界だから。

 例えば、気付かぬ内に庭の花が枯れ冬の寒々しい季節を見せていたり。
 例えば、気づかぬ内に近所のお婆さん犬が居なくなっていたり。
 例えば、
 例えば――……、

 ……数多くある思いもよらぬ結果。
 時は自分の時と同じくして待ってはくれない。

 優しい手が何時しかなくなって居たように、全ては流れ流れて、結果を提示する。
 動かなければ動かないだけの結果を、
 動けば動いただけの結果を目の前に示してくれるのだ。

 先の、解らない世界だから。

 動くのは恐ろしいかもしれない。
 厭な結果が待っているかもしれない。

 でも。

 解らないからこそ希望も持てるから。
 絶望しかない場合、期待がない場合、往々にして人は恐怖を抱かない。
 恐怖を抱くのは希望をもちえたい場合だ。

 だから。

「たまには、お前から誘ってみたらどうだ? 儂からばかりじゃ、奴も気の毒だ」
「お、おじいちゃん…っ!! だから藤野君とはそう言うのじゃなくて!」
「良い良い、皆まで言わんでも」
 とにかく誘ってみない事には解らんぞ?
 そう、おじいちゃんも言うし、何よりクリスマスのお礼もまだだったし、来年は忙しくなるかもしれないし――、
 それに、それに。

 火照る頬を必死で抑え、心の奥底にある密かな思いからは目を逸らし、リラ・サファトは覚えこんでしまった番号へかけるべく受話器を取りボタンを押した。

"一緒に初詣へ行きませんか?"

 そう、誘う為に。




 カチャッ……
 かかった!?
 と思うも次に響くのは空しいモールス音。
 何度かけても変わらない。

(まさか……、)

 リラはふと、嫌な方向へと思いを馳せる。

(同じ事を考えてる女の子が沢山居るんじゃ……?)
 目立つ方でないし騒がれる方でもないが自分のような女の子が居るかもしれない、そんな不安がリラを浸す。
(ううん、もしかしたら家族総出で何処かに出かけているのかも)
(それとも……)

 受話器を置いて、しょんぼりと肩を落とし、リラが電話を見つめた、その時。

 RRRRRRRRRRR………

 まるでリラの心を読み取ったように、電話が鳴った。

「は……はいっ」
 急ぎ、リラは電話を取る。聞こえてきたのは耳に心地よい声。かけようとしていた人の声だ。
『藤野ですが……リラさん、だろうか?』
「そ、そうです、私です」
『ああ、良かった。実は先ほどから電話をかけていたのだが中々繋がらなくて。師範達とお出かけされたかと思っていた』
「え……あの、藤野君も家に電話していたんですか?」
『も?』
「はい、私も電話していて……繋がらなかったから」
 けれど、これで繋がらない理由も納得した。
 二人同時に掛け合っていれば、電話は繋がらない。
 響くのはモールス音のみになると言う訳だ。

(……良かった)

 くすくすと笑いたいのを堪えながらも、リラは、穏やかに電話の向こうへと問い掛ける。

「じゃあ、繋がりませんね。ええと……何か、用件があったのではないですか? おじいちゃんに伝言なら代わりますけど……」
『ああ、いや。師範ではなく、リラさんで良いんだが』
「はい?」
『明日、もし時間があれば初詣へ行かないか?』

(嘘みたい)

 誘われると思ってなかっただけに、口をパクパクさせると、台所へ向かう祖母と目があった。
 にっこり頷かれ、ええと、うんと、と言う言葉も言えないまま、
「は、はい…っ。神社で待ち合わせでいいですか?」
『ああ、表口は混むだろうから裏手の方の……公民館が近くにあったな、其処で待ち合わせにしようか』
 時間は…と聞きながら、リラは懸命に心の中へと時間や待ち合わせを刻んでいく。
 そうして、電話を切ると。

「お、おばあちゃん…っ!! 新年用に仕立ててくれた振袖、何処だっけ……?」
 と、台所へ駆け込んでいった。

 ――明日を楽しみに思う心を映した様に、リラの部屋の中、飾られたリボンが揺れる。




 少しだけ、いつもと違う自分になりたい。
 服を変えたら少しは違って見えるかな?
 ほんの僅かでも良い。目を留めてくれますよう願いをこめて。





 そして、当日。
 その日は朝から大忙し。祖母に着付けてもらうため、いつもより早起きで、御飯もあまり食べずに襦袢や小物などを用意して、一通り見てもらって。
 賑やかな部屋の様子に、驚きを隠しながらも、祖母は姿見に掛けられたリボンを見やり、
「髪はそのリボンでいいの?」
「うん、いいの」
 大きく頷くリラに、微笑を向けながら、祖母の手は一つ一つ丁寧に着付けを初めて行く。
 時折、きつくはないか、息が出来るかどうかも問われ、リラはその度に「うん」と頷いた。
 少しずつ、色を重ねられていくのが見ていて嬉しく、気持ちも華やいだものに変わって行くのが解る。

 新年用に仕立てられた着物はピンクの生地に薔薇の柄を格子で組み合わせた一風変わったもの。
 呉服屋で生地を見た祖母が、いたく惚れこみリラの為に、仕立ててくれたのだ。

 思ったとおり良く似合うと言うのを、くすぐったく聞きながら出来上がった姿を見る。

(これで後は)

 藤野君から貰ったリボンを結って、小物入れに鈴蘭香を入れれば準備は終了。
 そんな風に思いながらリラは時計を見る。
 大丈夫、待ち合わせの時間までには歩いていって充分に間に合う時間。

 が、髪を結う為に座ろうとすると、其処で思いがけない事が起こった。

「あ、あれ……っ?」

 上手く、歩けないのだ。
 何と言うか、足先で歩くような感じで、膝を使い歩くと言う形では上手く歩けないと言おうか……、いつもと同じ歩きが出来ないのが酷く、もどかしい。

「歩くの大変かもしれないけれど…ゆっくり歩けば大丈夫」
「う、うん……」
 祖母の何気ない一言に、もっと早起きすれば良かった、と思いながらも祖母が髪を結う手に静かに目を伏せた。

(待ってて、くれるといいな……)





 慣れない着物。
 慣れない下駄。

 結われた髪型に自らの首筋を意識し背を伸ばし。
 巾着が揺れる度、鈴蘭香の淡い香りも揺れる。

 慣れない、着物。

 けれど不思議と背を伸ばす力があって。
 さらさら、さらさらと。
 波の音のよう、着物の裾が音を奏でる。

 時間よりも僅かに遅れてしまっての到着に、彼は何と言うだろう?
 あの蒼の瞳がきつい光を宿し、呆れた表情を浮かべ怒りの言葉を言うのか。
 逆に何も言わずに帰っていると言う事もありえる。

 どちらの事も、仮定として考えるとリラの心に冷たい風が吹き抜けていくようで、続きを考える事など出来ない。
 結った髪の形が崩れるのも忘れ、頭を振り、そして。

(あ……)

 リラの、その考えはどちらも当てはまらないのだと言う事を知るのは、視界の隅に、彼の姿を捉える事が出来た時。
 公民館の手前、長身の姿が見えた。

 小走りで駆け寄ろうとして駆け寄れないもどかしさに急ぎながら、リラは、
「ごめんなさいっ!」
 と、叫び。
 自然、その声に待っていた人物がこちらを向いた。
 そうして、こちらへ向けた瞳が、あることを気付いたのだろうか柔らかな色を浮かべた。
 ふわり、柔らかく漂う鈴蘭香。
 髪に飾られた、リボン。
 全て嬉しい気持ちで貰ったものばかり。
(藤野君が気付いてくれて、良かった)
 リラは遅れた事に一瞬感謝しながら、息を整える。
「ああ、良かった。どうしたのかと思っていた」
「慣れない着物で来たものですから……、歩くのにいつもより時間が掛かって」
「転ばないようにしなければいけないものな」
「そうなんですっ!! 折角のお着物、汚しちゃったら可哀想だから」
 くす、と笑い声。
 彼のこうした笑い方を見るのは初めてのような気がすると思いながら「本当にお待たせしてすみません」と言うと小さく頭を下げた。
「いや、そう言う事なら仕方ないものだし。女性の仕度は手間取るものだと家族に言われた」
 羽月の言葉に、今度はリラが小さく微笑う。
 それを言っただろう人物の顔を思い出しながら「行こうか」、そう言いながら歩く、彼の近くへと歩を寄せた。
「…藤野君は、お着物で歩くの慣れてますね?」
「家では着物だから慣れてしまった……こう言うのは慣れだと思う」
「そう言うものでしょうか……」
「……多分」
「ゑ?」
「……申し訳ない、実は私にも慣れかどうかは良く解っていない」
「あ、いえ……っ、参考になりました」
「なら良かったんだが。ああ、リラさん、其処は段になってるから気をつけて」
「はい」
 カラコロ、カラコロ。
 着物の裾同様、下駄も参道の上では音を鳴らす。
 耳に心地いい音が、何処までも二人の間に鳴り続けている。




 ほんの、少し。
 願う事が出来たらで良いの。
 本当にほんの少しで良いから。
 どうか―――……、




「お賽銭をあげるだけでも、今日は大変ですね」
「三が日を過ぎればそうでもないのだろうが……本当に」
 拍手を打ち、鈴が振られた音を聞きながらリラは、心の中にあった願い事を告げる。
 どうか叶いますように、と祈りに祈りを重ね、自然とあわせた掌に力が篭った。

(家族の健康と、藤野君との良い関係が崩れません様に)

 いつまでも皆が元気に健康に。
 そうして。
 今のこの心地いい関係が崩れないように。

 祈りが終わり、ちらと隣の人を見るとやはり何かを熱心に祈っていて。
 一体彼の中にはどんな願い事があるんだろうとリラは考え、ふと思い当たった。

(お祖父ちゃんから一本、かな……?)

 何故か、未だ一本を取った事がないのだと言うことを誰かから聞いた覚えがある。
 それは、祖父が強いという事なのか、彼の腕が未熟であるのかを考えると、どちらであるか解らないままなのだけれど。

 見られている事に気付いたのか、それとも祈りが終わったのか、音もなく開いた羽月の瞳と目が合う。
 珍しく困ったような、笑いを誤魔化したような曖昧な笑みを浮かべ、
「……申し訳ない、熱心に祈りすぎたようだ」
 と、謝罪の言葉を言う事に対して、リラは首を緩く振った。
 次にお賽銭を出す人の為に場所を空けると二人は同時に歩き、会話を続けた。
「いえ、そんな真剣なお願いなんですもの。叶うと良いですね」
「ああ。今年こそは叶うと良いんだが……リラさん、おみくじは?」
「あ、毎年此処の神社で引いてるんです。藤野君は?」
「私も此処で引いている。…結構当たる気がするゆえ」
「ですよね、私も去年、失せ物が出てくるって書いてあったんですけど本当に出てきて」
 おみくじが置いてある場所まで二人は歩くと「初穂料百円」と言う文字を見て小銭入れを探す。
 此処の神社は番号が入った札で出されるものではなく、お賽銭箱のような所へ初穂料を入れ、沢山入れられた御神籤箱の中に手を入れ、一つの御神籤を取る、と言うもので。
 まるで当たり籤を探すような気持ちで、リラは籤を大きくかき混ぜ、ひとつだけを取り出すと、羽月がそれに続く。
 一箇所留められた糊を剥がし、折りたたまれた籤を解くと。
"大吉"
 そんな文字が瞳に飛び込んできて。
 リラは驚きながらも、一文字も漏らすことのないように書かれた文章を追って行く。

―今年は順風満帆な滑り出しで、始める事が出来るでしょう。
 周囲との関係も良好なので貴方自身も色々な情報を得ることが出来る筈。
 タイミングを間違えず、情報を上手く整理していきましょう―

 そうして。
 健康面や恋愛面など特定の場所でも良い事が書かれており。
 特に恋愛面では「近くに兆しあり、待つべし」と言う言葉があったのを見て、更にリラは驚きを隠せず瞳を瞬かせる。

(新年早々、夢でも見てるのかもしれない)

 起きたら布団の中だとか――、考えて、あまりの可笑しさに声を出して笑いそうになり、見上げると穏やかな顔で、こちらを見ている羽月がいる。

「いい結果だったようだ」
「はい、えっと、藤野君は?」
「中吉。可もなく不可もなくというところか……健康面に少々油断あり、だそうだが」
「あら……じゃあ、風邪をひかないように注意と言う事かもしれませんよ?」
 今、インフルエンザが流行ってるから…と言うと、「気をつけてくださいね」そう締めくくり微笑を浮かべて。
 羽月の顔もつられて、穏やかな笑顔になる。
「冬休みだからと言って、夜更かしして身体を冷やさないよう気をつけよう」
「はい」

 どうか、と願ったのは、本当に小さな願い事。
 けれど、もし、この御神籤に書いてある事が訪れるとするならば。

 それは、貴方の事でしょうか。
 それとも、違う人の事?

 先の見えない世界だから、夢を見る。
 現実でも見れる夢、夢の世界でも見れる夢――……、夢を身近に感じる為、現実へと変える為に。

 新年の柔らかな、空気とともに。
 枝へと結ばれる御籤が仲良く二つ、並んだ。







―End―

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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2006★┗━┛

【w3K421maoh / リラ・サファト / 女 / 17 / 学生】
【w3a101maoh / 藤野・羽月 / 男 / 17 / 学生】


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■         ライター通信          ■
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 リラ・サファト様、こんにちは。 お久しぶりです^^
 今回、こちらのノベルにご参加頂き本当に有り難うございました!

 個別はちょこちょこと……最初の場面が個別に近いかもしれません。
 携帯がある中で、家の電話を使うという可愛いシチュエーションに、とても
幸せな気持ちにさせて頂きました♪
 家にある電話の方が、話している時どこか楽しい気持ちになるなあ、なんて考えながら(^^)
 僅かな部分でも楽しんでいただけたら幸いに思います(^^)

 リラさんにとって、今年と言う年が少しでも良い年でありますように。
 また何処かでお会いできる事を祈りつつ、本年もどうぞ宜しくお願い致します。